第7話 シーウルフと戦っちゃいました

「すごいな~」


 目の前で繰り広げられる先輩たちとシーウルフとの激しい攻防、それに陽佑は瞬きも忘れて見入る。

 空と海面を縦横無尽に駆け抜けることによって、常に自分達に優位な戦局にもっていける俊敏さ。

 物質投影機マテリアルプロジェクターによって投影されている武器から繰り出される、体格的に圧倒的な差がある相手へダメージを与える攻撃力。

 そして、意識を強化しているからこそできる仲間との連携、攻撃の受け流し、急所への精密攻撃。

 そのどれもがテレビで見たものと同じだった。


「かっこいいな~!!」


 分析している間にもシーウルフの傷がどんどん多く深くなっていき、あがる咆哮が悲壮なものに変わっていく。

 陽佑は今の調子ならそう時間がかからずに勝利できそうだと感じた。


「敵襲!!」

「えっ?」


 そんな根拠のない安心感を砕くように、スピーカーから船長の切羽詰まった声が放たれる。


「右舷後方から新たな同シーウルフが接近中、面舵一杯、機関銃射撃用意」


 オドオドと何もできない間にも、状況は変わっていく。

 船は進行方向をおおきく右に変え、船首機関銃の射線にシーウルフを捉えようとしている。

 そして陽佑の耳に後ろから別のシーウルフの咆哮が届く。


「ええと、ぼっぼくは、どうすれば?」


 陽佑は誰に向けて話しているかもわからない、答えが返ってくるはずのない問いを口からだした。

 そんな問いに対して、焦った声でイヤホンが応える。


「相川君すぐに船に下がれ! 君一人ではシーウルフをどうこうできない。今援軍を呼んでいるから、それまでならこの船の装備で何とかなる」


 だから逃げろと、そう言われ陽佑は先ほどの海保の人の言葉を思い出す。


『君たちの心を懸けさせるわけにはいかない。だから代りに我々が命を懸ける』


 ハンターは危険のない安全な場所から好きな時間にログインし、襲われた恐怖がトラウマになったりしないように何時でもログアウトできる。

 そうだ、僕たちハンターは怖いから逃げても問題ない。

 けど海保の人たちは違う。

 先輩たちが安心して戦い続けられるようサポートし、そして危なくなったらログアウトさせられるように、海保の人たちはこの場に命を懸けてとどまらなくてはいけないのだ。

 もし何もせず逃げてしまったら、そのせいで海保の人たちが死んでしまうかもしれない。

 陽佑はそんなことになって欲しくないと強く思った。


「何とかしないと」


 先輩たちなら何とかできるはずだと気づき、助けを求めようとする。

 だがすでに前方の一体と戦闘中な先輩たちに、新たなシーウルフへ対処できる余裕はない。

 誰か助けてくれる人はいないかと、何もない海原を必死になって見渡す。


「大丈夫だ、我々だけで何とかなる。だから君が戦う必要はない」

「そうだった!」


 海保の人の言葉から戦える力を持っているのだと、今も両手で持っている剣のことを陽佑は思いだす。

 力なく下げていた切っ先をシーウルフへと慌てて構えなおす。

 イヤホンからの必死な声を聞き流しつつ、シーウルフに向けてなにも考えずにとにかく加速した。


「うわああああぁぁぁぁっ」


 剣を体の前に突き出すように構え、海上を一気に駆け抜ける。

 そのままシーウルフの頭に狙いを定め突撃し、


「GYAAAAAAAAAAA!!」

「えっ?」


 シーウルフが振り抜いた右手に、為すすべもなく左肩から右脇までを引き裂かれた。

 自分の体の中に異物の塊が無理やり押し込められる感触。

 その強烈な違和感から陽佑はその場で倒れ込みそうになる。

 だが突然視界が真っ黒に塗りつぶされ、次の瞬間には何事もなかったかのように船尾の上に立っていた。

 先程まで確かに体の中にあった嫌な感触もなくなっている。

 陽佑が訳も分からず立ち尽くしていると、海保の人が心配そうに声をかけてくれた。


「相川君、大丈夫か!?」

「ええとっ、はい大丈夫です」


 そこでリジェクトされ船の上に戻されたのだと陽佑は気づく。

 まず気持ちを落ち着かせながら、先程までに起きたことを分析しはじめる。

 シーウルフに倒されたことによって起きる不快感は一回で耐えられなくなるようなものではなかった。

 他の魔獣でもできるかはわからないが、少なくともシーウルフ相手なら何度もリジェクトされつつ倒すという戦い方はできそうだ。

 だがシーウルフの攻撃、鋭い爪による切り裂く攻撃をどうにかしなければこちらの攻撃は届かない。

 陽佑がどうやって防ぐかを考えていると、無線から緊張した声が発せられる。


「正当防衛射撃開始」


 船首にある機関銃から重い音とともに銃弾が発射される。

 陽佑は自然に意識を強化して命中する瞬間を凝視する。


(強化開始)


 すると遠くにいるシーウルフの急所近くに命中する様子がわかった。

 そしてそれだけでなく銃弾がシーウルフの体内にめり込んでいく様子まで、陽佑には見て取れた。


「あっ、そうか」


 意識を強化してシーウルフの攻撃を受け流す。


「これならシーウルフの攻撃を防げるかも」


 陽佑は先輩たちもやっていたのだから自分にもできるはずだと思った。

 剣を、今度は上段に振りかぶってから海上に飛び立つ。


「はああああああ!」

「ああ! 待ちたまえ、陽佑君」


 海保の人が陽佑を急いで呼び止めるが、陽佑はその声を聞き流す。

 そして陽佑はシーウルフの一挙手一投足に意識を集中させ、相手が攻撃をするそぶりを見せたらすぐに意識を強化できるように構える。

 注意しながらシーウルフをあらためて観察する。

 シーウルフは機関銃の銃弾を受け体中から血を流していたが、その勢いは全く変わっていない。

 陽佑が見た限りでは致命傷を負ったように見えなかった。

 そこでシーウルフが動きを見せた。


「GYAAAAAAAAAAA!!」


 シーウルフが右腕を大きく振り上げこちらを切り裂こうとする。

 このまま陽佑が何もしなければ同じ事を繰り返すだろう。


「っ!」


 だが今回は違う。


(強化開始)


 陽佑は意識の強化を発動させる。

 シーウルフの動きが遅く、一挙手一投足が読み取れるくらいまでゆっくりしたものになる。

 だが、同時に陽佑は自分の体の異変にも気づく。


「体が、重い、くそっ!」


 水中で手足を全力で動かしているような、思ったことが実際の体の動きに反映されるまで間がある。

 おそらく意識の強化に体がついていけていないのだと、陽佑は今になって理解する。

 思考は意識の強化により早くなり、おかげで思考してから行動開始までの時間は短くなった。

 だが体はそんなに早く動けるまで強化されておらず、思った行動が実際に体の動きとして反映されるまでにいつも以上に時間がかかっているように感じるのだろう。

 陽佑が体の異変に戸惑っているうちに、シーウルフが右腕を振り下ろしてくる。


「っあああああああぁぁぁぁ」


 陽佑は思うように動かない体に四苦八苦しながら振り下ろされるシーウルフの右腕へ剣を全力でぶつける。


「GYAAAAAAAAAAA!?」


 シーウルフが思わず悲鳴をあげてしまうほどに右手が勢いよく下に弾かれる。

 にもかかわらず陽佑は腕への反動をほとんど感じなかった。

 まるで中が空洞なパイプをはじき返しているようだと感じる。

 予想以上に体が強化されていることが分かったが、よいことばかりではなかった。


「とっ止まらないぃぃ!!」


 陽佑は剣の勢いを打ち消そうと腕に力を込めるがなかなか止まってくれなかった。

 止まったと思ったら今度は振り下ろす方向とは逆側に、振り上げる方向に剣が勝手に進み始める。

 思考が早くなり体感時間と現実時間の差による弊害がここにも出ていたのだ。

 気付いた時にはシーウルフは体勢を立て直し、こちらに左腕を振り下ろしていた。

 また陽佑の中に異物を押し込まれるような感覚が、今度は左肩からずぶずぶと、体の中に侵入してくる様子がわかるほど、ゆっくりと広がっていく。


「があっっっ」


 次の瞬間には陽佑の眼前に先ほどの船上の景色が広がっていた。

 陽佑は急いで体の状態を確認する。


「あっ、体が軽い」


 体の中の異物感だけでなく体の重さも、意識の強化が解除されたらしく、感じなくなっていた。


「よし、もう一回」

「待つんだ、相川君!!」


 陽佑が体に異常がないことを確認し飛びたとうとした瞬間、後ろから肩がつかまれる。

 相手の方に顔を向けると眉間にしわを寄せた海保の人の顔が目に入ってきた。

 どうやら自分に対して怒っているようだと陽佑は理解する。


「えっと、どうかしましたか」

「やっとこっちらに気づいてくれたな」


 陽佑は海保の人の言葉から何度もこちらを呼びかけていたらしいことを察する。


「今ハンターの援軍を召喚し始めた。すぐに終わるから、それを待ってから彼らと一緒に戦うべきだ」

「そうなんですか? でもシーウルフに船が捕まってしまいそうですけど」

「大丈夫だ、シーウルフがこの船を捉える前に召喚できる」


 君が戦ってくれたおかげだと怒りつつも褒めるという器用なことをしてくれる。

 だが陽佑はどこか納得できなかった。


「あの、やっぱり……」

「なにかな、何でも言ってごらん」

「もう一回でいいので、一人で戦ってはダメですか」

「ええ!!」


 船首から聞こえ始めた機関銃の発射音を聞きながら、陽佑は目をそらさずに海保の人へ訴える。


「まだ何も準備ができていない状態で始めてしまった討伐戦だったので、RPGを遊ぶだけでボランティアにもなるんだと、戦闘に対して甘い考えでした」


 陽佑はおかげで怒られてしまったことを思い出しつつ話を進める。


「でも今の日本の環境と、僕たちに期待して命を懸けてサポートしてくれる人たちの存在を教えてもらってからは違います。ハンターの討伐戦は遊びではなくれっきとした責任をともなう仕事なんだって、何が何でも成し遂げなくてはならないんだと気づけました」

「だったら援軍を待とう。わざわざ一人で戦い傷つく必要はないはずだよ」


 そのことは陽佑も頭では理解できた、だが。


「そうですね、それが正しい選択だって分かります。でもそんな重要な仕事だからこそまずは一回、自分一人の力だけで成し遂げてみたいです」


 陽佑はわがままを言ってすみませんと謝りながらも、目はそらさずにじっと見つめる。

 そんな中、海保の人が口を開く。


「どうしても一人で戦いたいんだね」

「はい」

「確かに君が相川君ならできるのかもしれないな」

「はい?」


 海保の人はただの独り言だから気にしないでくれと答える。

 陽佑は言われた通り深くは考えず次の言葉を待った。


「わかった、もう止めないよ」

「本当ですか!」

「ああ、それで自分がどれくらいのことしか出来ないかを学んでくるといい」

「わかりました。ありがとうございます」


 いやお礼をいわれるようなことではないのだがと、苦虫を嚙み潰したような顔で海保の人に言わる。

 しかし陽祐は気にせずにシーウルフに向けて空を駆ける。


「GYAAAAAAAAAAA!」


 シーウルフが先程と同じようにこちらを右腕で引き裂こうとしてくる。

 陽佑はすかさず意識の強化を発動し、先程と同じように全力で剣を振り下ろす。


「GYAAAAAAAAAAA!?」


 また、シーウルフから悲鳴が上がるのを聞きながら、今度は剣を無理に止めようとせず勢いのままに流した。

 すぐにシーウルフは体勢を立て直し、左腕をこちらに振りぬいてくる。

 陽佑は意識の強化した状態を保ちながら対処する。


「はああああああぁぁぁぁ!!」


 シーウルフの左腕に向けて、体勢を崩した状態のまま全力で剣を振り上げる。

 本当は最低限の力加減でシーウルフの攻撃を受け流し続けられれば良いのだが、初めての戦闘でそんなことができるはずがなかった。

 だから、一撃一撃をその体勢で出せる全力で迎撃することにしたのだ。


「GYAAAAAAAAAAA!?」


 幸い身体の強化のおかげで体勢を崩した状態でも、シーウルフの左腕を易く弾き飛ばせた。

 陽佑はそのまま無理やり押し出すように剣を前方に突き出し、シーウルフの頭に突進する。

 そんな陽佑へシーウルフが叫び声をあげる。


「GYAAAAAAAAAAA!」


 シーウルフは一直線に向かってくる陽佑へ大きく口を開けてくる。

 あんな大きく鋭い歯に噛みつかれたら一撃でリジェクトされるだろう。


「ええ!?」


 陽佑は切り裂き以外に攻撃手段があったことに驚き、対処を急いで考え始める。

 シーウルフにすでに近づきすぎて避けきれない。

 歯を弾こうにも今から剣を構え直す時間もない。

 つまり前に進むしかない、と決心したところで陽佑はチュートリアルを思い出す。

 たしか前に素早く動けるだけのスキルがあったはずだと。


「クイックムーブ!」


 すかさず陽佑の体が前に加速しシーウルフの口の中へと、噛みつかれる前に突入する。

 そこで突進の向きを少し上へと変えシーウルフの頭がある方向に突っ込む。


「このおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 そのまま後頭部から陽佑は飛び出し、シーウルフの頭の中身を海面にまき散らす。

 しばらく飛翔した後に意識の強化を解除し飛んできた方向を向く。

 そこには後頭部に大きな穴が開いたシーウルフが仰向けに海面を漂っていた。


「やったー!」

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