第8話 仲間に助けられちゃいました

「やったー!!」


 陽佑は晴れ渡っている空の下、波立つ海面の上空を浮遊しながら、飛び跳ねるように全身で喜びを表現する。

 陽佑の後ろでは、後頭部に大穴を開けたシーウルフだったものが海面を漂っていた。

 1人で魔獣を倒せたという達成感にしばらくひたっていると、無線から海保の人の焦った声が流れていることに気がつく。


「陽佑君! 陽佑君! お願いだからこちらの話を聞いてくれ!」

「はい?」


 どうやらまた海保の人たちの話を無視していたらしいことを知る。

 陽佑は海保の人たちに申し訳なさそうに、はい何でしょうか、と返事をしてから話の続きを待った。


「もう1匹のシーウルフがそちらに向かっている! すぐに後退するんだ」

「GYAAAAAAAAAAA!!」


 海保の人の話が終わらないうちに、陽佑の耳に至近距離から、先程倒したシーウルフと同じ鳴き声が届く。

 驚いてそちらを振り向くと、もう1匹のシーウルフがこちらに猛然と突進してきていた。

 余りにも突然の展開に一瞬陽佑の対応が遅れてしまう。

 その間にシーウルフが距離を詰め、陽佑に向け右腕を振り下ろす。


「うわぁぁ!」


 陽佑の思考はまだ混乱から抜け出せず、丸まる様に腕で体を隠すのがやっとだった。

 そんな陽佑の横を青い烈風が駆け抜ける。

 陽佑は纏まらない頭の中で、それが右手に白、左手に赤の片手剣をそれぞれ携え、青い外套を着た同い年ぐらいの少年だと、おぼろげながら理解した。

 疾風のように空をかける青いハンターはその勢いのまま、シーウルフの右腕に突進する。

 青いハンターはシーウルフの腕と激突する瞬間、右腕の白い剣をあて最低限の力をかけ、体勢を崩さず受け流す。

 続けざまに放たれるシーウルフの左腕も同じ白い剣で逸らす。

  陽佑は今の自分ではどうやってもできない高度な技量に驚嘆する。


「すごい!」


 シーウルフは両腕の攻撃を防がれたことには構わず、今度は噛みつこうと鋭い犬歯が並ぶ口を大きく開けた。

 その瞬間陽佑の横を桜色の風が突き抜けた。

 桜色の風の正体は、ピンク色の細身の剣を携え、桜色の外套を着た同い年ぐらいの少女だった。

 桜色のハンターはそのまま青いハンターをも追い抜き、シーウルフに正対する。

 シーウルフは青色と桜色のハンターどちらに噛みつくべきか一瞬迷い、その迷いによって致命的な隙をさらす。

 桜色のハンターはその一瞬でシーウルフの喉元に潜り込み、スキルを発動させる。


「フラッシュインパクト!」


 細身の剣を目で追えない速度で振るい喉元を刺突、喉の右半分を抉りそのままシーウルフの後方に突き抜ける。

 とどめに青色のハンターがシーウルフの頭に突進する。


「ダブルスラッシュ!」


 青色のハンターは両腕の剣を束ねシーウルフの眉間にぶつけ、そのまま頭を縦に切り裂く。

 シーウルフは悲鳴を上げるひまもなく海面へうつぶせに倒れた。

 陽佑はその呆気ない終わり方を見つめる。

 先程2回もリジェクトしながら苦労して倒したシーウルフ。

 それが大して苦労した様子もなく一瞬で倒されてしまった。

 その圧倒的な技量の差に頭は驚きを通り越して混乱する。


「えええぇぇぇ?」


 陽佑は思う。

 凄腕のハンターはあんなに強そうな魔獣でも一瞬で倒してしまうのだ。

 そして自分はそんな技量を身に付けられるのだろうか?

 陽佑は急に不安になりその場で考え込んでしまう。

 桜色のハンターがそんな陽佑を心配し、話しかけてきた。


「大丈夫ですか? どこか痛いところでもあるんですか」

「……っ、いえ大丈夫です」


 陽佑は慌てて意識を現実に戻し、桜色のハンターに返事をする。

 そんな陽佑を心配して青色のハンターも近づいて話に加わる。


「何度もリジェクトされたんだろ。気分が悪いんだったら遠慮なくいってくれ」

「本当に大丈夫です」


 陽佑はそこで二人の名前を知らないことに気づいた。

 そこでまずは自分の名前を、海保の人に教えてもらった自分のランクのことも含めて自己紹介する。


「僕の名前は相川陽佑です。今日初めて討伐戦に参加した、ランクD-の見習ハンターです。さっきは助けていただいてありがとうございます」


 二人はランクD-のところに驚きつつも返事をしてくれる。


「俺は勇海直家(ハヤミナオヤ)。ランクAだ」

「私は癒陽春奈(ユヨウハルナ)。同じくランクAよ」


 今度は陽佑が驚くばんだった。

 技量に圧倒的な差があることは、先程の戦闘からわかっていたが、二人ともがランクA(最高ランク)だとは思っていなかったのだ。

 陽佑は素直に称賛の言葉を2人に贈る。


「勇海も癒陽も最高ランクなんだね。どおりでシーウルフをあっさり倒せるわけだ」


 勇海は謙遜しながら陽佑のランクについて尋ね返してくる


「ランクAなんてそれほど凄いことでもないさ、それよりもランクD-って本当に?」

「ランクD-って、まだ討伐戦には参加できないはずだよね。どうやって参加できたの?」

「システムのバグで参加できたらしいけど。海保の人たちがそう言ってたよ」


 陽佑が素直に答えると、二人はそろって唖然とする。

 陽佑はたしかにシステムのバグで討伐戦に参加なんて前代未聞だろうなーと思いながら、二人の次の反応を待った。

 すると二人が驚愕から復帰する前に、海保の人から船に戻ってくるように指示される。

 先輩たちもあちらのシーウルフを無事討伐できたので、それぞれの評価を発表してくれるそうだ。

 3人は指示に従い海保の船に戻ることにした。




 3人が船に戻った時には先輩たちはすでに船尾甲板に整列していた。

 陽佑たちも急いで先輩たちの左に並び背筋を伸ばす。

 陽佑たちが並び終わったタイミングで、海保の人がはっきりとした声で話し始めた。


「全員よくやってくれた。予期できなかった敵の増援がありながらも、こうして誰1人かけることなく再度集まれたのは、君たちの頑張りがあってこそだ。皆あらためてよくやってくれた」


 そこで海保の人は言葉を一旦区切り、陽佑が一番気になっていることを話し始める。


「ではこれより今回の討伐戦での個人評価を発表する」


 陽佑は内心期待に満ち溢れさせながらその言葉を聞いた。

 評価とはその戦闘での個人での貢献度をA、B、C、D、Eの5段階で評価するものだ。

 Aが最高評価でCが普通、DEはマイナス評価になっている。

 そしてその評価によってランクが上下するのだ。


(先輩たちは3人で、勇海たちは2人で、そして僕は単身1人でシーウルフを倒したということは……!!)


 そして評価が始まり先輩たち3人はC評価、勇海達2人はB評価をもらっていた。

 陽佑はその評価を聞いてさらに期待に胸を高鳴らせる。


(これならいきなり最高評価ってことがありかも。そしたら僕のランクは……!!)


 自分以外の全員が同情の視線を陽佑に向けていることに気づかないままに。

 そして海保の人が陽佑の評価を発表する。


「相川陽佑君」

「はいっ!!」

「君の評価はEだ」

「はいっ、……えぇ!!」


 陽佑は反射的に元気よく答えた後に気づく。

 評価Eということはマイナス評価であるということに。

 そのことに慌てて抗議の声を上げる。


「E評価!? ちょっと待ってください、何でマイナスのしかも最低評価なんですか。僕1人でシーウルフを倒したんですよ?」

「だが君は2回もリジェクトされている」

「たしかにそうですけど。でも何で」


 そこで見かねた勇海と癒陽から補足が入る。


「リジェクトを1回でもやると、確実にマイナス評価になるぐらい減点されるんだ」

「そんなリジェクトを2回もやっちゃたんだから、最低評価なのも仕方ないよ」


 陽佑は膝から崩れ落ちそうになるぐらいの脱力感を感じる。

 つまり自分の頑張りは無駄だったのだろうか、そう陽佑は思った。

 そんな陽佑に更に追い打ちをかける事実が、海保の人からさらに告げられる。


「Eなんて評価がつくのはこれが初めてだろう。少なくとも私は他の事例を聞いたことがない」

「えっ」

「またこの評価によって君のランクはD-からEに下がることが決定した。そしてこのランクEも他に付けられた者がいない、ハンター制度が始まって以来の珍事だ」

「ええっ」

「あと君には補習を受けてもらう。これはD以下のマイナス評価がつけられたもの全員に、必ず課せられるものだ。この補習を受けない限りは、次の討伐戦に参加できない規則にもなっている」

「うわーん!!」


 陽佑は頭を抱えてその場でうずくまってしまった。


(シーウルフにリジェクトされながら頑張ったのに、こんな評価はあんまりだ!)


 そんな陽佑に海保の人が励ましの声を送る。


「とはいえシーウルフに対し1人で立ち向かった勇気は、素直にすごいと思うぞ」

「じゃあ評価も!?」

「残念だがそれとは話が別だ。今回の失敗を糧にこれからも頑張りたまえ」


 陽佑はどう頑張っても評価が覆らないことを理解し、その場で泣き崩れてしまった。

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