第3話 鉄を切れるようになっちゃいました

 陽佑はロビーの中央に敷かれている大きな道を真っすぐに、早歩きで道の終わりにあるチュートリアルの受付へと向かっていた。

 周りには露店や小型の飲食店がいくつもあり、そこから美味しそうな匂いが陽佑を誘ってくる。

 特に左前方にあるタコ焼き屋から上がるソースの匂いが、鼻をくすぐってきていた。

 その誘惑から逃げるように必死に足を動かす。


「今日はチュートリアルをする。今日はチュートリアルをする。今日は……」


 ブツブツと呪文のように今日の目標をつぶやきながら進む。

 昨日は周りの飲食店の無料商品を食べ歩いているうちに、チュートリアル受付時間を過ぎてしまっていた。

 その反省を活かし今日は周りの飲食店を目に入れないように進む。

 だがいくら目をそらしても他の感覚まではごまかせず、食べ物の匂いが陽佑を誘惑してきた。

 そんな甘い誘いに乗らないためにも、奥歯をかみしめながら受付へと突き進む。

 そうやって我慢を強いることは思いのほかストレスになり、陽佑の神経をすり減らしていった。

 このままだと誘惑に負け昨日と同じ間違いをまた犯してしまうだろう。

 そのことを陽佑は自覚した。


(何か、何か我慢する以外に方法はないのか)


 必死に考えている陽佑の思考の中、雷光のようにある解決策が浮かんだ。


「そうだ! ブックマークしてチュートリアルが終わった後によればいいんだ」


 気になったお店をブックマークして記録しておき、その後でチュートリアルを受ける。

 チュートリアルが終わったら、気になったお店を今日中に回る。

 そして、明日からハンターとしての活動を本格的に始めればよい。


 そう決めた彼は急いでロビー内ガイドを立ち上げた。

 そして先程から気になっていたタコ焼き屋さんを、アイトラッキングで選択しブックマークする。

 それだけでは終わらず目に見える範囲の飲食店も、さらに向かう先にあった店も次々にブックマークしていった。


「終わった後が楽しみだな」


 チュートリアルが終わった後に食べ歩く、その夢のような時間を思い浮かべる。

 先程とはうって変わって軽い足取りで、陽佑は受付へと向かった。

 明らかに1日では回り切れない、いや1カ月かけても回り切れない数の店舗をブックマークしながら。



 雲一つない快晴の下、大きな陸上競技場が陽佑の前に広がっていた。

 あの後陽佑は飲食店を目についたものからブックマークしつつ進み、チュートリアルの受付に無事にたどり着いた。

 そして、受付をすました後すぐにこの場所へ、ハンターに与えられた能力を説明するための場所へと転送される。

 そして転移された先である、初めて見る大きさの競技場に驚いていた。

 直線が200mはある異常に大きなトラック、そのトラックに囲まれた広大な競技用エリア。

 そして柵がトラックを囲むように設置されており、柵の向こう側は斜面に芝生が生えていた。

 陽佑が一通り見まわすとその時を待っていたように、横の空中に半透明のディスプレイが現れた。


「それではチュートリアルを開始いたします」


 そのディスプレイから機械的な音声で、チュートリアルが開始されたことを告げられる。

 事前の説明では3つの能力があるということしか聞かされていなかった陽佑は、どんな凄い能力なのかが気になって仕方がなった。

 陽佑は一字一句聞き逃さないように集中しながら説明に耳を傾けた。


「ハンターには身体の強化、意識の強化、スキルの3つの能力が与えられます。なおこれらの能力は、ハンターとしてログインしている間だけ与えられるものであって、ログアウト後には使えません」


 つまりこの投影されたハンターの体に付加される能力ということだ。

 そもそも人体改造とかを受けたわけではないので当たり前である。

 しかし陽佑は便利な能力だったら日常でも使いたかったので、少し残念に思った。


「まず身体の強化について説明します。身体の強化は魔獣を倒すための力をハンターに与える能力です。身体の強化によってハンターは通常人では発揮できないほどの力で、武器を振るえます」


 その言葉と同時にガシャリと、重たいものが腰に引っかかる感触が伝わってくる。

 見るといつの間にか両手剣が腰に差さっていた。


「何だこれ?」


 突然のことに驚きつつその両手剣を観察する。

 その剣は刃の幅が両手程で長さが身の丈ほどもある、大きな両刃の剣だった。

 なぜこんなものが腰に転移してきたのか困惑していると、ディスプレイからその理由が告げられる。


「ではその腰の剣を使用して目の前の鉄骨を切ってください」


 あらためて前を見てみると、いつの間にか太いI字型の鉄骨が直立していた。

 陽佑はいきなりのことに戸惑う。

 ディスプレイに対して弱気な疑問を投げかけた。


「いくら何でもいきなりは無理じゃない? こんな太くて頑丈そうな鉄骨を切るなんて」


 ディスプレイはそんな陽佑の疑問を無視して、催促の声を返す。


「剣を構えて鉄骨を切ってください」


 言われるがままに剣を鞘から抜いてみる。

 そこで両手に伝わってくる剣の感触からあることに気づいた。


「思ったより軽い?」


 陽佑は腰に下げていた時の感触から、剣を持ち上げるのにも苦労しそうなほどの重さだと予想していた。

 だが実際には剣を軽々と振り回せるぐらい両手に余裕があったのだ。

 自分の身体が強化されている確かな実感から陽佑は、これなら鉄骨も切れるのではとそう思えた。

 そして陽佑は勢いよく両手剣を振りかぶる。


「やあっ!」


 鉄と鉄が激しくぶつかる音とともに鉄骨が上下に分かれて倒れていく。

 陽佑はその様子を、振り下ろした姿勢で呆然と見ていた。

 自分でやったことなのにまだ信じられないという感じだった。

 剣で鉄骨を切る瞬間もまるでバターにナイフを入れるような感覚しかなかった。

 そのため鉄を切ったという実感がわかなかったのだ。

 そんな陽佑の困惑を分かっているかのように、ディスプレイから補足説明がされた。


「身体が強化された結果です。ハンターは人ではありえないほどのパワーを発揮できます。この力で武器を振るうことによって魔獣達を倒すことが可能です」


 その説明を聞いてようやく陽佑は自鉄を切れたのだと実感し始めた。

 それと同時にまた一歩自分の好きなヒーローに近づけたとことへの喜びが、心の底から湧いてくる。

 いける!! このままヒーローに僕はなれる、そう信じることができた。

 感動に打ち震えているとディスプレイから説明の続きが聞こえてくる。


「また、腕力だけではなく全身がパワーアップしています。そのため走る速度もアップしています」


 そういって今度はトラックを走るように促された。

 陽佑は剣を腰の鞘に戻した後、ためらわずに全力でトラックの直線を駆け始める。

 すると信じられない速度で背景が後ろに流れはじめた。

 風が流れる音も激しく耳に入ってくる。

 だが不思議と空気の抵抗を感じず、その音はむしろ心地よく感じた。

 すぐに200mはある直線を走り切りカーブへと入り、そしてまた直線をはしる。

 そうやって初めての速度で感じる世界を堪能した後、元の場所に戻ってきた。


「楽しいね、この身体の強化って!!」


 感想をディスプレイに告げるが、システムはその言葉には取り合わずあくまで淡々とチュートリアルを進めた。


「そして、身体の強化は体のパワーアップだけでなく。飛翔能力もハンターに与えます」

「飛べるようになるの!」

「まずは地面の上に見えない氷の道が張ってあるようなイメージをしてください」


 言われたとおりに頭の中でイメージをすると、透明な緑色の格子線でできた道が地面より少し上に表示された。


「おお、面白いねこの線」

「そしてその上を滑って進むようなイメージをしつつ足を動かしてください」


 すぐにその格子線の道を前に進むイメージを思い描きつつ、両足をヒョイっとのせた。

 すると思わぬ速さで格子線に沿って前に進み始めてしまう。

 そのことに驚き思わず悲鳴を上げる。

 すぐにゆっくりしたスピードで進むようにイメージすると、進むスピードが徐々に遅くなっていった。


「ふうっ、ああでもこれも面白いなぁ」


 陽佑がカーブをイメージすると格子線もカーブし、その上を陽佑は進んでいく。

 格子線の幅を広くしその上をジグザグに進むようにイメージすると、その通りに勝手に足が滑っていった。

 そして格子線を上空に上るよう坂道上に展開すると、まったくスピードを落とさずにその坂道を空へと進めた


「おお、なるほどこうやって空を飛べるんだね」

「また、次の方法でも空を飛べます」

「他にも方法かあるんだ!」

「まず、空に浮かび足場としてつかえるブロックをイメージしてください」


 すぐに格子線の先にブロックがあるイメージを浮かべると、その通りに格子線でできたブロックが表示される。


「そのブロックに乗ってみてください」

「よいしょっ」


 格子線の道からジャンプしてブロックの上へと乗る。

 身体が強化されていたため思っていたよりも高く跳んでしまう。

 なんとか空中でバランスを取り、ブロックの上に足を乗せ空中に立つことができた。

 そこでディスプレイからさらに上るための説明が入る。


「ブロックは複数出せますのでそれを足場にして高く上っていってください」


 さらにブロックを少しずつ高い位置に複数だし、ヒョイっとジャンプして上っていく。


「なんか空を飛んでいるというよりも、足場を作って登っている感じだな」


 そんな微妙な違和感に首をかしげながら、マイペースに上っていく。

 しばらくのんびり上っていると、ディスプレイから最後の飛び方の説明がはじまった。


「最後の飛び方は足にジェットを噴射できる装置があるイメージをしてください」

「おおっ、なんかいきなりカッコよさそうな感じだ」


 さっそく足の両側面にジェット推進機があるイメージを浮かべる。

 すると格子線がイメージ通り筒状に形作られ、あたかもジェット推進機のような見た目になった。

 イメージ通りの推進器が自分の足についた、そのことに彼は興奮する。


「すごい凄い!」

「その装置からジェットが噴射され徐々に自分の体が浮く姿をイメージしてください」

「よっしゃあ、まかせてよ!」


 両足を見つめながらジェットが噴射されるイメージを浮かべる。

 すると両足から空気の流れる音が聞こえてくる。

 徐々に出力が強くなっていくようにイメージすると、先程の音もだんだんと力強くなっていった。

 そして、ジェットの噴射によってふわりと浮くイメージを浮かべると、足がブロックから離れ宙に浮いた状態になった。


「おお、浮いた!?」


 思わず嬉しくなりガッツポーズをとりながら足を観察する。

 見た目には足に変化はない。

 かげろうのような揺らぎもなく本当にジェットが噴射されているのかわからなかった。

 だが足は完全に浮いていた。

 そのことは足裏がどこにもついていない感触からも陽佑にはわかった。

 ジェット噴射が強くなり徐々に高く上るようにイメージすると、足首から押し上げられるようにどんどん空に上っていった。

 そして体を傾けつつ横に動くイメージを浮かべると、足首から進行方向に押されるようにイメージした方向へ進んだ。

 自分の思い通りに飛べるということが嬉しく、ほかにも方向転換や宙返りなど思いつく飛び方を試していった。

 しばらくそうしているとディスプレイから次の説明のために地面に降りてくるように求められる。

 そこで初めて下を見て気付いた。あんなに大きかった運動場がコメ粒ほどの小ささに見えることに。


「ひぃぃ、結構高いところに来てたんだ」


 今更ながらに自分が高いところで遊んでいたことに気づき怖くなる。

 そのため落ちないよう慎重にゆっくりと時間をかけて降りて行った。

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