第2話 ハンターになっちゃいました
「まったく、いきなりだったから驚いたぞ」
元の個室に戻ってきてからのお兄さんの第一声がそれだった。
彼が記憶喪失であることを告白した後、担当医に頼んですぐに検査を行い脳や体に目だった異常がないことを確認してから、部屋に戻った後のすぐのことだ。
俺も確認しなかった点はまずかったがと、お兄さんがそう言ってから彼を心配そうに黙って見つめてくる。
「心配してくれてありがとうございます」
「お礼を言うようなことじゃないだろ」
とお兄さんの顔がさらに不機嫌そうに歪む。
言い返された本人である彼はその理由がわからず首をかしげていた。
お兄さんがため息をついた後に、彼に言い聞かせるように語る。
「先生の話だと脳に異常は見られないからそこは安心だな」
担当医から事故の影響で一時的に記憶が思い出せないだけだろうと判断された。
そこでしばらく様子を見ることになったのだ。
お兄さんが心配そうな声音で続けてたずねてくる。
「だが自分の名前まで思い出せないのか」
「すみません」
彼は名前すら思い出せない事実が恥ずかしくなり思わず謝ってしまった。
「謝る必要はないさ、それよりもお前の名前は検査中に呼んだがそれで覚えたか」
「はい、僕の名前は相川陽佑(アイカワヨウスケ)なんですよね」
「そうだ、そして俺の名は森蘭児(モリランジ)だ」
「はい、森お兄さんこれからよろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいさ」
口調も敬語ではなくて楽なのでいいと彼に、陽佑にそう気さくに笑いながら続ける。
「そうだな、以前から兄貴と呼んでいたからそれでいいさ」
「はいそれじゃアニーキーて呼びますね」
彼の間延びした呼び方にお兄さんことアニーキーが、思わず吹き出しながらそれでいいと笑いながら許した。
「さて話を変えるが、陽佑には悪いがしばらく病院で生活してもらうぞ」
「まあ寝ていた間になくなった筋力をリハビリして取り戻さないとね」
「ああ、あとは記憶のこともしばらく様子を見なければならないしな」
「そういえば、まだ思い出せないんだけどアニーキー以外の家族はどんな人なの」
「家族か……」
そこでアニーキーが一旦話すのをためらう様に視線を逸らしたが、すぐに陽佑へ向き直り告げる。
「お前に俺以外の家族はいない。そもそも俺もお前と血がつながっているわけじゃない」
「どういうことですか?」
アニーキーによると陽佑の両親は物心つくまえに事故で死んでしまったそうだ。
そのため陽佑は児童養護施設に預けられそこで育ったらしい。
またアニーキーも同じ施設で育ち、社会人になってから施設へ時々戻った時に、陽佑と親しくなったと説明してくれた。
「そうだったんですか。それでその児童養護施設の人は」
「残念だが、その児童養護施設も潰れてしまったんだ。お前が眠る原因になった事故のせいでな」
事故のときシートベルトの着用などの安全対策が、徹底されていなかったらしい。
そしてマスコミにそれが原因で被害が拡大したと報道されてしまい、児童養護施設に非難が殺到。
そのせいで運営が続けられなくなってしまったのだと教えてくれた。
「あれ、じゃあ僕は退院後どこに行けば?」
「そこは心配しなくていい。同じ施設で育ったよしみだ俺が面倒見てやるさ」
「アニーキーに頼っていいんですか、よかった」
陽佑の言葉に頷きかえしながら、アニーキーは脇に置いてあった紙袋を取り出した。
「しばらく入院するのは暇だろうと思って買ってきたものがある」
そういってアニーキーが紙袋の中にある大きな箱を、正面には黒くて大きなヘッドマウントディスプレイが描かれたそれを取り出した。
「AR兼VR用ヘッドマウントディスプレイのナラティブレンズだ。これでハンターになれるぞ」
「ほんとっ!!」
すぐに陽佑は箱を受け取り書かれている説明を読む。
確かに本機器を使用してハンターに登録可能、と書かれていた。
急いでアニーキーにお礼を言いながら箱を開けて、中にあったナラティブレンズを取り出す。
そんな彼を嬉しそうに見つめながら、アニーキーが話しかける。
「なるべく顔を出すつもりだが、寂しかったら遠慮せずに連絡してくれ」
「うん、わかったよ」
「スマフォも用意しておいたから何かあったらこれを使かえ」
「うん、わかったよ」
「俺はいま尾田総理の秘書をやっているから、何時でも駆け付けられるわけじゃない。けどなるべく連絡がとれるようにはしておくから、気兼ねなくかけてくれ」
「うん、わかったよ」
陽佑はアニーキーの言葉を話半分に聞き流しながら箱の説明を読み進める。
どうやらナラティブレンズは脳内の電気信号を直接入出力することで高精度な五感の入力としなやかな操作が可能なようだ。
しかもハンターに登録できるように身体を正確に測定できるセンサーも搭載されているらしい。
まさにハンターになるための必需品、そのように箱には書かれていた。
そこで陽佑はドアの開く音が聞こえたてきたので、その方向に顔を向ける
そしてアニーキーが部屋から出ていこうとしていることに今更気付いた。
「あれ、もう帰っちゃうんですか」
「ああ、お前は俺の話よりもそのおもちゃの説明の方が重要みたいだからな」
陽佑が話をいい加減に聞いていたことを怒っているらしい。
すぐに陽佑がそのことに気づきごめんなさいと謝る。
そんな陽佑に対しアニーキーは気にしなくていいと若干諦め気味に答えた。
「お前が好きなものにのめり込んで、人の話を聞かなくなるのは何時ものことだしな。それに俺もそろそろ、仕事に戻らないとならないからちょうどいい」
「そっか、それじゃあまた今度」
「ああ、またな」
「あっ!! ちょっと待った」
陽佑は大事なことを告げるのを忘れていたことに気づき、扉を閉めかけているアニーキーを急いで呼び止める。
「ナラティブレンズ買ってきてくれてありがとう、アニーキー」
アニーキーはほほ笑みながら、あんまり遊ぶのに熱中しすぎるなよと、一言残して部屋を出て行った。
そこは陽佑が見たことがない日本の街だった。
中央には幅が広い道が奥まで続いており途中には噴水やベンチ、小型の飲食店や屋台に露店が配置されており、そこでハンター達が思いおもいに過ごしている。そして両側には20階程の高さの建物が、道を挟むように奥までそびえ立っている。建物は道側に手すりと通路があり、そこでは多くのハンターたちが行きかっている。さらにその建物の間にはいくつもの大きな空中回廊が渡されており、その上にも噴水や小型の飲食店などが配置されているのが見て取れた。
施設というにはあまりにも全体が大きすぎる、小さな街ではないかと思えるほどの規模を持った光景が、目の前に広がっていた。
「ここがロビーなんだ」
余りにも想像以上の規模に思わず感想が、陽佑の口から出てしまう。
アニーキーが帰った後、陽佑はすぐにナラティブレンズを起動させ、ハンターの登録をし、ロビーにログインする。
そしてロビーの余りに大きな規模に圧倒されてしまっていた。
しばらくロビーを観察した後にはっとする。
ここに来た目的、ハンターになってかっこよく魔獣を倒す、という目標を思い出す。
そこでまずはどんな施設があるかを調べようと、近くにあった案内板を覗き込んだ。
その案内板は金属製で表面が奇麗に磨かれており、文字以外の部分は鏡のように反射していた。
その金属の部分に陽佑の姿が写っているのだが、ふとその姿に違和感がある。
「あれ、こんなに健康そうだったけ?」
写っている陽佑の姿はとても5年間寝ていたとは思えないほど健康的だった。肌は色白ではなく血が通った薄いオレンジ色になっている。顔も丸みを帯びており表情が豊かだ。筋肉も体全体についており体の線をしっかりしたものにしていた。
一通り自分の体を確認した後にあることを思い出す。
それはナラティブレンズを使って身体を計測したときのことだ。
ナラティブレンズのシステムから、身体の補正を受けるかどうか問いかけがあった。
身体の補正にはいろいろな方向性があり、そこで陽佑は『健康的に』という方向性で受けられるように選択する。
これがその結果であると思い当たり、もう一度自分の体の変化を確認した。
「いい感じだね」
納得の声を小さくあげながらその結果に満足し、改めて案内板の説明を読み始める。
しばらくして気付く、案内板にはどこにどんな施設があるかは詳しく書いてある。
だが、初心者がどこに行けばよいかは書かれていなかった。
「どうすればいいだろう?」
そこで周りを見渡し、インフォメーションセンターがあったのでそちらに向かうことにした。
「すみません。聞きたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょうか」
優しそうな案内の人が笑顔でこたえてくれた。
そこでハンターに登録したばかりで初めてロビーにログインしたこと。
そしてこの後にどうすればよいかわからないことを説明した。
「わかりました。それならまずはチュートリアルを受けてください」
チュートリアルではハンターとしての戦い方の基礎を教えてくれるそうだ。
案内の人がより詳しく説明をしてくれる。
「具体的にはチュートリアルではまず魔獣と戦うための能力を。そして討伐戦に参加するにあたっての心得を学べます」
「戦うための能力?」
「そうです。ハンターは魔獣と戦うために能力を付加されています。能力は身体の強化、意識の強化、スキルの3つに分けられます」
そこで気が付いた、ただの一般人がどうやって魔獣と戦う力を得ているのだろうという疑問に。
たしかにマテリアルプロジェクターによって命の危険と移動時間という問題は解決できる。
しかしそれでもハンターはただの一般人であることには変わらず、戦うための訓練を受けているわけではないはずだ。
暇な時間に自主練はしていたとしても、それだけでテレビに映っていたような力を得られるなんて、陽佑には思えなかった。
「その3つの能力を使えば魔獣を倒せるということですか?」
「はいそうです。詳しくはチュートリアルで説明がありますので、そちらでお聞きになって下さい。またチュートリアルは1日の受付時間が決まっており、その時間を過ぎると受けられないのでご注意してください」
どうやらハンターとは、ただマテリアルプロジェクターで投影された体を操るだけ、ではないようだ。
3つの能力が与えられそれを上手く使かい魔獣を倒す、それがハンターだと理解する。
「どんな能力なんだろうな」
そうワクワクしながら踵を返し、教えられたチュートリアルの受付へと向かおうとする。
すると案内の人に呼び止められた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
「はい、何ですか?」
「メニューのロビー内項目についてはご存知でしょうか」
「ロビー内項目ですか」
メニューとは普通のMMORPGみたいに武器を変えたり、服装を変えたりできるシステムのことだ。
そこで陽佑は、メニューにはその場所でしか選択できない限定項目もある、とロビーにログインする前のハンター登録時に説明されたことを思い出す。
ロビー内で選択できる限定項目について案内の人が説明してくれた。
「ロビー内の限定項目はロビー内ガイドです。ロビー内ガイドではこのロビー内での地図とナビゲーションに加え、各種店舗の説明、イベントの日程、クーポンの紹介など。ロビー内でより快適に過ごすための各種機能がそろえられています」
たしかにこれだけ大きいと、どこに何があるのか把握するのは難しい。
そういった案内のためのアプリがあると便利だと感じた。
「また、直接インフォメーションセンターにお問い合わせができる音声通話機能もありますので、何かお困りのことがあったらお申し付けください」
その説明でこうやって直接話しかけることのほうがまれなのだと、陽佑は気づいた。
周りをよく見れば空中にディスプレイ、おそらくメニューウィンドウだろう、を展開して歩いている人が多かった。
陽佑は説明してくれた案内の人にお礼を言いつつその場を離れる。
そしてロビーの中央にある大きな道を歩き、その先にあるチュートリアルの受付へと向かった。
その途中で自分もメニューを開き、さっき説明されたロビー内ガイドを見る。
「こんなに食べ物屋さんがあるんだ」
ロビー内ガイドの中にはたくさんのお店のことが書いてあり、販売している武器や食べ物のことが詳しく書かれていた。
ふとソースの香ばしい匂いがしたので、そちらに顔を向ける。
そこにはお好み焼きを焼いている屋台があった。
「美味しそうだな」
そこで展開していたメニューウィンドウから呼び出し音が聞こえてきた。
陽佑が確認すると、そこにはあの屋台の情報が、自動的にピックアップされていた。
「目線(アイトラ)解析(ッキング)システムもあるんだ」
陽佑が屋台に目線を向けたため、屋台の情報をピックアップしてくれたようだ。
そこでピックアップされていた屋台のサービスを見て驚く。
「極小サイズが1人1個限定で0円!?」
つまり商品を極小サイズだがタダでくれるということなのだろうか。
さらに他の飲食店もよく調べてみると0円の商品がたくさんあった。
「いや、これは全ての店に必ず1つはあるじゃないかな」
そしてもう一度ロビー全体を見まわした。
両側の建物はかなり大きくお店もかなりの数が入っている。
これ全てが飲食店ではないとしても、その数はかなりの大きくなるはずだ。
それに中央の道や空中回廊には、屋台や露店などの小さなお店がたくさん出ていた。
「まだ時間はあるし、ちょっとだけなら…… いいよね」
そう言い訳してふらふらと誘い込まれるように屋台へと向かった
そして陽佑はこの後もロビーの散策と食べ歩きで時間をついやし、結果この日のチュートリアル受付時間を大幅に過ぎることになってしまった。
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