異世界に日本人が召喚されすぎたせいで日本が異世界に召喚されちゃいました
@suika_akai
第1話 異世界に召喚された日本に目覚めちゃいました
画面の中でヒーローたちが、町を怪物たちから守るために戦っていた。
怪物たち、不自然なまでに大きな体で額に一本角をはやした熊型怪獣。
それは昼間にもかかわらず何十匹もの群れで山から道路へと降りてくる。
そして町を目指して道路を駆け抜けていた。
そんな怪物たちの行く手を阻むように、十数名の学生たちが立ちはだかっていた。
紺色の制服に赤いネクタイ、真っ白なワイシャツを着た高校生ぐらいの学生たち。
彼らは手に両手剣やハルバートなどの格闘武器を構え並んでいた。
一見すると戦力比は怪物たちが圧倒的有利に見えた。
学生たちは明らかに普通の体格であり、怪物たちと比べ質的に劣っているように見える。
さらに数も怪物たちより負けており、すぐに群れに飲み込まれてしまいそうだった。
だが、そんな心配は学生たちが怪物たちと戦い始めるとともに、霧散することになる。
怪物の群れが学生たちを飲み込もうと襲いかかった瞬間、学生たちは手に持った武器で怪物たちを次々に倒していく。
それもただ近い敵を倒しているわけでなく、戦線を維持するように戦っていた。
「おお~」
そんなヒーローものとは少し違う特撮をベッドの上で、平日のお昼過ぎというこれまた変わった時間に彼は見ていた。
彼、年が高校生くらいに見えるが同年代と比べて異常に体の線が細く、見る人に儚い印象を与える。
着ている服装も入院患者が着る白い色のパジャマ服なため、より儚い印象が強くなっていた。
そんな彼が最低限度の調度品しか置かれていない病院の個室内で。
その中で唯一の娯楽品であるテレビをつけ、大好きな特撮を熱心に見ていた。
ちょうどボスであろう、さらに一回りくらい大きい3本角を生やした熊の怪物が出てきたところで、CMに入ってしまう。
彼は仕方なく、テレビに向かって前のめりになっていた姿勢を楽なものに戻した。
そんな彼の背中に声がかけられた。
「変わらず特撮が好きみたいだな」
「……、はい」
「事故で5年間寝ている間にお前が変わってしまったんじゃないか、と心配したんだがその必要はなかったみたいだな」
いつの間にか部屋に入ってきて、彼にほほ笑みを向けるお兄さん。
スーツ姿で眼鏡をかけた30代ぐらいだが、健康的で若々しく見える。
そんなお兄さんの登場に、彼は驚きつつも返事をする。
お兄さんは笑みをくずさないまま続けた。
「でもそれは特撮じゃなんだ」
「ええっ、特撮じゃない?」
「そう、それはライブ映像さ」
「ええぇ!」
確かに撮影場所が一般道だったり、主人公が全べて高校生ぐらいだったりと、特撮としておかしいなと感じた点はあった。
だが、あの大きな熊の怪物なんて日本にはいない。
そして、その怪物を一刀のもと切り伏せた技にしても、現実ではありえないはずだ。
彼の数少ない記憶である常識がそう訴えてきていた。
信じられないだろうがと前置きしつつ、先程のお兄さんがどういうことなのかを説明してくれる。
「お前が交通事故で寝ている間に日本は異世界に召喚されてしまったのさ」
「異世界??」
曰く一般人がなんの前触れもなく突然失踪する。
そんな事件が多発するようになった時期があったらしい。
足取りすら残っておらず、急激に増加し始めたことから国会でも取り上げられようになった。
そこでようやく政府も本腰を入れて捜査をしようとしたとき、それは起こったとお兄さんは続けた。
「インターネットや無線、海底ケーブルなどの外国との通信が全て急に途絶えたんだ」
そして日本を観測していた静止衛星から、驚くべき画像が送信されてきた。
なんと、日本以外の陸地が、ユーラシア大陸やオーストラリア大陸が全て画像から消えていたのだ。
さらに先程のテレビに映っていたような、魔獣という呼称がつけられた怪物達。
それらが日本の領海や領土に突然現れ始め、漁船や一般人を襲撃し始めた。
「以上のことから政府は日本が全く違う星に島ごと転移したと断定。以後非常事態宣言を出してこの前代未聞の事態に全力で対応しているんだ」
彼は思わず絶句してしまう。覚えている常識が確かなら島ごと転移なんて、アニメや漫画の中だけでの話のはずだ。
さらには魔獣という怪物だって日本にはいないはず。
少なくとも角を生やした熊など彼には覚えがなかった。
お兄さんが説明を続ける。
「転移の原因は失踪事件が関係しているらしい」
「失踪事件が?」
「ああ、あれは日本人が異世界に召喚されていたらしい」
「異世界召喚!!」
「そうだ、日本人が異世界召喚されたときに、その場に空間の歪みが残されていたらしい。十分な時間をかければ歪みは自然に治るはずだったそうだ。だが、間を置かずに日本人が異世界召喚されたために歪みは治らず、蓄積されていった。それでその歪みが一定数以上になったために、島ごと別の星に転移する事態になってしまったらしい」
大量失踪の原因は異世界召喚だった。
それでその大量の異世界召喚のせいで、日本に空間の歪みが蓄積されてしまった。
そしてその歪みが日本を島ごと異世界に飛ばしてしまった。
「もう訳が分からないよ」
「まあ、そこらへんの詳しい理屈は学者や研究者達が知っていれば良いことだからな、あまり気にしないほうがいい」
それよりも話をさっきの人たちの説明に戻すぞと、お兄さんが椅子をベッドの横に置きながら告げてくる。
「さっきも言った通り異世界に転移した直後から、魔獣が日本国内に発生し始めた。当初政府は魔獣対策を警察と自衛隊に任せていた。だが魔獣の出現は予測ができず、日に何件もさまざまな場所で発生した」
酷い時には地下鉄の車内で発生したことがあるとお兄さんは語った。
「二つの組織が総力を合わせても、対応できないほどの発生件数だった。将来に予測される食料不足や工業製品の原料不足も合わさって、民衆の不安と不満は高まっていった。そしていよいよ内乱になりかけた時だ。ある魔導士が異世界から日本に戻ってきた」
「異世界から!?」
「ああ、その魔導士は食糧と原料の不足という民衆の不安のもとになっている問題。この二つの問題を魔法と科学技術をうまく組み合わせて解決したんだ」
「魔法と科学技術で?」
「そうだ、そして魔獣の発生原因を突き止め、一定範囲の予防策を作り上げた」
この予防策のおかげで住居がある地域には、魔獣を発生させないようにできた。
そして魔獣の発生場所も予測が可能になったらしい。
「さらに、二つの組織だけでは人手不足だった魔獣対策のために、警察自衛隊に次ぐ第三の対魔獣組織を作り上げた」
警察と自衛隊に並ぶほどの、魔獣という脅威に立ち向かえる武力をもった組織。
日本を救ったといっても過言ではない、スーパー魔導士が結成した武装組織。
その武装組織とはどんなカッコいい名前なのだろうかと彼は気になった。
しらず唾を飲み込み次の言葉を待つ。
「その組織の名前はハンター、名前の通り魔獣を狩るための人たちだ。そしてさっきテレビで映っていた学生服の子供たちがそのハンターさ」
「んんっ?」
「今名前が安直すぎると思っただろ」
「いや、まあ」
彼は期待していた対魔獣特務任務部隊とか、自衛警察統合軍とか、第一零一番課とかのカッコいい名前でないことに落胆した。
「そもそも組織なら軍とかソルジャーズとか、組織名ぽい言葉が名前に付くはずじゃない」
「まあ、ハンターは組織というよりかは制度だからな」
「制度?」
曰くハンターとは中学生以上なら誰でも登録できるらしい。
組織に登録したらあとは何時でも都合がつく時間にロビーに行く。
ロビーで準備を整えてから魔獣との戦闘、討伐戦に参加する。
どの討伐戦に誰と参加できるかは、システムがマッチメイキングしてくれる。
マッチメイキングは現在参加できるハンターたちの中から選ばれるらしい。
「それってオンラインゲームじゃない?」
凄腕魔導士によって率いられる、対魔獣のために作られたエリート部隊。
そのイメージが彼の中でガラガラと崩れていった。
お兄さんもあまり納得していないのか苦笑しながら、似ている理由を説明してくれる。
「本人もオンラインゲームを参考にして制度を作った、って言っていたぞ」
「そんな緩い組織というか制度でうまくいっているの?」
問題は彼が思いつくだけでもたくさんあった。
魔獣との戦いは命がけのはずだ。
それなのに討伐戦に参加してくれる一般人が、そんなにいるとは思えない。
それにやる気がある程度の一般人でどうこうできるはずがなかった。
また、討伐戦が行われる場所と時間に都合よく、ハンターの参加人数がそろうのは難しいはずだ。
彼は思いついた問題点の中で一番解決が困難だと思ったものを、質問してみることにした。
「一旦ロビーっていう待合スペースに集まって、そこから移動するって考えると、すごい手間と時間がかかるはずだけど」
「その問題を解決した秘策があるのさ」
「秘策?」
「そう、それは3Dに質量をもたせて投影できる装置、マテリアルプロジェクターさ」
マテリアルプロジェクターとは質量をもった立体映像を投影できる。
しかもその映像は他の物質に物理的な影響を与えられるらしい。
その装置をどう使うかを、お兄さんが続けて説明してくれる。
「その装置を利用してハンターたちを討伐戦の現場に投影するんだ」
ハンターは登録時に自分の正確な身体情報を一緒に組織に提出する。
そのデータをもとにマテリアルプロジェクターで、ハンター達の身体を現場に投影する。
ハンター達はインターネットを介して投影された身体を操り、魔獣を討伐する。
確かにこれならハンター自身は現場にいなくても、討伐戦に参加できるので移動の手間はなくなるなと彼は納得した。
しかもマテリアルプロジェクターに投影されたハンターが致命的な攻撃を受けても、それはあくまで投影されたハンター。
参加している本人の体は現場とは、遠いところにあるので物理的な影響はないはずだ。
お兄さんはロビーのことについても説明してくれた。
「そもそもロビーは仮想空間内の施設であって、現実には存在しないんだ」
ロビーとは仮想空間に存在している、ハンター達のためにある施設だそうだ。
そこでハンターたちは討伐戦の準備をする。
準備が終わったらシステムに参加する討伐戦を、マッチメイキングしてもらう。
マッチメイキングが終わったら、討伐戦が始まるまで時間をつぶす、そのための空間らしい。
「待合スペースが仮想空間にあるなんて、ますますMMORPGみたいですね」
「実際に国営ARMMORPGなんて、揶揄されることもあるな」
彼はARという聞いたことのある言葉を記憶の中からさがしだす。
たしかARとは拡張現実の略で、具体的にはカメラ越しの現実世界の映像に、画像加工を施すなどしてデジタルな宣伝映像や口コミ情報を、あたかも現実世界に存在するように映す技術のはずだ。
今回は逆に現実世界に質量をもった立体映像を投影し、テレビに映っていたような凄い魔(モン)獣(スター)を倒す。
彼がテレビに意識を戻すとCMがいつの間にか終わっていた。
先程の魔獣とハンターたちが戦う特撮、いやライブ映像がすでに流れ始めていた。
その中では自分とそう年が変わらないように感じる青年たちが、魔獣達を薙ぎ払っている。
そしてボスと思わしき、一回り大きな個体を倒していた。
「なんか面白そうですね」
「まあ、実際そういった面白半分でやってくれる人も含めて、一般人を戦力にするための制度だからな」
俺としてはもう少し真面目に戦って欲しいと愚痴が彼の耳に届いた。
だがそれよりもテレビの中でこちらにガッツポーズを決める、ヒーロー達の方に意識が向く。
僕もああいう風になりたい。
台地を埋め尽くさんばかりの魔獣をばっさばっさとなぎ倒し。天を突かんばかりに巨大な敵を打倒する。
そんな自身の姿を彼は夢想し、どうやったらハンターになれるのかをお兄さんに聞こうとする。
そこでふと大事なことを伝え忘れていたことに気づいた。
「あのその話とは別に、お兄さんにお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか」
「そんなに改まって。どうしたんだ」
彼の口調に違和感があるのだろう。
お兄さんが怪訝な顔つきでこちらを注視してきた。
その視線に彼はもっと早く打ち明けるべきだったと後悔しながら、遠慮がちに尋ねる
「僕って記憶喪失みたいで、だからここがどこで自分が誰なのか教えていただけたらなー、なんて」
「……。はあっ!?」
彼はやっぱり早く打ち合けるべきだったなーと反省しつつ、目を大きく開いて驚愕したという顔を作っているお兄さんの次の言葉を待った。
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