対決
こんな全力疾走はいつ以来だろうか?体力には自信があるつもりだったけど、もう少し体力つけておけば良かった。
もうすぐ10時20分という時に俺は廃マンションへたどり着いた。
俺は階段を駆け上がり504号室へ飛び込んだ。
そこで俺は殺人犯との対決の準備をしなくちゃいけなかった。自分の部屋には何もない。ここの方がゴチャゴチャといろんな物があるのだ。が、使えそうな物は以前に持って来たビニール傘と雑誌とガムテープしかなかったので、即席の防刃チョッキを作り、胴体に巻き付け、ガムテープで固定した。日向さんの死因が刺殺だったので犯人が刃物を持っている可能性が高かったからだ。
準備を済ませた後であった。外で足音が聞こえる。
足音が503号室の前で止まった。
時計を見る、11時過ぎだ。供述通りの殺害の時刻だ。
504号室のドアを小さく開け確認する。
間違いない大家が日向さんの部屋のインターホンを押している。
俺はプリペイド携帯から日向さんの携帯に電話をかける。
日向さんは電話に出て「ごめんね、今お客さんが来たからちょっと待っててね」と言った。
「絶対出るな!チェーンロックを外すな!そいつがストーカーで殺人犯だ!」と俺は大きな声で叫んだ。
廊下に飛び出して目と鼻の先で叫んだのだ。目の前に集中していた大家は俺が505号室から飛び出して来たと思っているようだ。
「失礼な事を言うな!誰が殺人犯だ!」大家が怒鳴る。
「あなたが504号室の住人をどうしたかなんてわからないのに殺人犯呼ばわりは失礼でしたかね?あなた確か『夜逃げだ』なんて言ってたけど、504号室見たら夜逃げに必要なもんまで置いていなくなってますね。これって普通失踪って言って警察に届けるんですよ。あなた、家賃踏み倒しの被害にあってるのに警察に届けてないですね、何でですか?あと何であなたは刃物持って日向さんを訪ねて来たんですか?リンゴでもむくつもりですか?」
ハッタリである。「俺はお前について調べているんだぞ」という態度である。「何で生活必需品を置いて夜逃げしたんだろ?売れば金になるのに。金には困ってなかったのかな?」とは思った事はあるけど、警察に届け出ていないのは「俺が犯人なら届け出ない」という予測だ。刃物は今朝ネットで読んだ記事に刺殺と書かれていたから予測しただけだ。
「あと『俺の彼女』の部屋にマスターキーで忍び込んで、盗聴器を仕掛けた理由を聞かせてもらいましょうか?今も持ってるんでしょ?マスターキー」これもハッタリである。供述の中で「盗聴していた」と言っていたから見ていたように言っているだけである。あと『俺の彼女』と強調して言う理由はヘイトを集めて襲い掛かる対象を自分に変えようとしているだけである。
しかし武器はビニール傘一本だ。相手の武器は「刃物」という事しかわからない。
果物ナイフかもしれないし、出刃包丁かもしれない。
コイツを挑発しているのは「罪を全部自白させよう」としているからだ。
コイツは今のところ大した犯罪者ではない。警察に突き出したところで罪状は「ストーカー規制法違反」だ。いや、この時代法整備がまだされていなかったかもしれない。もしかしたら「迷惑防止条例違反」で厳重注意で終わりかもしれない。
コイツを法で裁いて塀の中に永遠にぶち込まなくては意味がない。
「なんで504号室の人を殺したんですか?」俺は言った。
「アイツは俺の日向に色目を使ってたんだ。それを指摘したら『頭おかしいんじゃないか?』なんて言いやがった!だからカッとして灰皿で殴ったら動かなくなりやがったんだ!」大家はヘラヘラ笑いながら言った。多分殺す気はなかったのだろう。しかしそこで救命措置もせず、罪も償わず隠ぺいし、あまつさえ罪を重ねようとした事に情状酌量の余地はない。
「彼氏の前で『俺の日向』ね。まあそれは良いや。何で盗聴してたんですか?『俺の日向』に「嫌われる」とか「気持ち悪がられる」とか思わなかったんですか?」俺が欲しいのは言質だ。勝手な言い分は腹が立っても我慢しなきゃいけない。俺の更なる質問に大家は答えた。
「お前は好きになった女の事を知りたくならないのか?」
俺はビックリした。盗聴するのが当たり前で「何でお前はそんな質問をするのか」という態度だ。
「イヤな顔とか泣き顔とか苦しそうな顔とかは見たくない、日向さんが喜ぶと俺も嬉しい、それが『好き『』って事じゃないのか?」
ハッ!俺は何でサイコパスに質問されて真面目に答えてるんだ?しかも聞いてないし。人の意見を聞かず、人にどう思われてるか考えないからこそのサイコパスか。
ここまでチェーンロックをかけたドアの隙間から様子をうかがっていた日向さんが「なんか気持ち悪い…」と言った。コラ!こちらに怒りを向けようとしてるんだから、黙りなさい!好きな女に「気持ち悪い」なんて言われたら犯罪者は何するかわかんないんだから。
「φΔδЁЙε!!!!!」ホラ言わんこっちゃない、訳わからん事を発狂したように叫びながら503号室のドアに大家が縋り付いた。
…今しかない。大家は全くこっちをみていない。背中を向けている。今コイツを倒さないとコイツはまた人を殺す。
問題はどこに刃物を隠しているかだが隠す場所は上着のポケットしかない。
後を向いている今、上着を脱がして下の階へ投げよう、そうすればヤツに武器はなくなる!
後に音もなく近付き、チェーンロックを外せずドアが開けられない大屋の上着であるMA-1を後に引っ張り脱がせようとした。
上着は両手首で引っ掛かり、大屋は後手に拘束された状態になった。
しばらくは上着を脱がせようとしたが暴れるし 、何かが引っ掛かり脱がせない。
足を引っ掛けて大屋を倒し、大屋をガムテープでグルグル巻きにした。
ある程度大屋の手足の自由を奪い、安全を確保したところで「何が引っ掛かって脱がせられないのだろう?この棒のような物は何だろう?」と確かめてみた。
バタフライナイフ!?凶器って言っても出刃包丁くらいしか考えてなかったぞ!?
こんなモンで刺されたら、俺が腹の周りに巻いてる雑誌なんて意味ないじゃん!
マンションの柵からバタフライナイフを下に投げ捨てる。よく考えたら、下に歩いてる人がいて、俺が投げ捨てたバタフライナイフに刺さったら俺が殺人犯じゃん。
ガムテープで大屋をグルグル巻きにしていた時日向さんが「何かミイラみたいね」と言いながらチェーンロックを外し、部屋から出てきた。
「危ないから出てきちゃダメだよ!」と俺は言おうとしたが、その前に日向さんは「ガムテープなくなりそうだね、買ってこようか?」と言った。
「買ってきて!あ、紙テープは重ねて貼れないから買うのは布テープね」
大屋に目隠し代りのガムテープを貼りながら日向さんにキスをした。
気が緩んでたのだろう。買い物に行く日向さんを見送った後、504号室に「どこかにガムテープなかったかな?」と探しに入っていた時だった。
開きっぱなしの504号室のドアが風で閉まった。
ドアの開け閉めがタイムスリップになっているから、閉まった途端に2017年に戻っている…それは毎度の事だ。
しかし、もう一度504号室に入ろうとした時、部屋には鍵がかかっていた。
マンションは廃虚ではない、というか504号室は空き部屋ではない。
もう二度とタイムスリップは出来なくなったのだ。
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