帰還

日向さんの両親は一週間ほど滞在したが3月16日に福島に帰る事になった。

しばらく東京にいた二人だったが、親戚が心配であることや、震災で無茶苦茶になった家も片付けなくてはならないからである。

本当ならすぐにでも福島へ戻らなくてはいけないはずであったが、「3月23日に日向さんが死ぬ」なんて俺が言ったせいで、心配で戻れなくなっていたのだ。「日向さんを福島に連れて帰るわけにはいきませんか?」俺は父親に聞いた。

「余震なんかの危険がなくなりゃ、福島に連れて帰るんだけど…」父親は歯痒そうに言った。

「人が介入する事で、未来は変化します。変化で日向さんの死はなくなったかもしれないですが、それは俺にはわかりません。一度未来に戻り、過去がどんなふうに変化したのか確認してきます」俺は日向さんの父親にそう告げた。


「娘が危険だとわかればここにいるが、地元が今大変な事になっていて、あの子の祖母…私の母の面倒を見るためにも一度は福島へ帰らなきゃいけない。何かわかったらすぐに連絡してくれ。殺される予定の日には東京に戻ってくるし、何か危険があったら、大屋さんを頼るように娘には言っておく」父親としては苦渋の選択だろう。ギリギリまで母親を東京へ残して帰れないか調整していたようだが、福島も人手不足だし、母親にも身内がいて、一度戻らない事にはどうにもならなかったのだ。それに日向さんが「私は大丈夫だから二人は福島に帰って。そのうち私も手伝いに帰るから」と二人を帰らせた。「お前は今からストーカーに襲われる、だから近くで守ってるんだ」そうは言えない父親は帰らざるを得なかったのだ。


俺は震災以来2017年には戻っていない。

俺は、マンションが廃虚になった大きな原因に「日向さんの殺人事件」があって、殺人事件さえなかったら、ここのマンションは廃虚になっていない、と思っている。

このマンションが廃虚じゃなくなったら、504号室が空き部屋じゃなくなったら、二度とタイムスリップは出来ない。二度と日向さんとは会えないのだ。

俺は悩みぬいた上で「たとえ日向さんに会えなくなったとしても、日向さんが助かる方法を優先させよう。」と決めたのだ。


今回2017年に帰って、二度と2011年には戻って来れないかもしれない。「戻って来れない」という事は日向さんが助かったって言う事だ。それはめでたい事なんだ。

頭では理解しても中々「恋人と二度と会えないかもしれない」と思うと覚悟は決まらなかった。

でも日向さんの父親を見た時「こんなにも日向さんの事を心配してるんだ、俺に『日向さんが助かる事が最優先』なんて考え方が出来るだろうか?自分の感情を最優先させるんじゃないか?」と考え直した。考え直した結果、俺は日向さんの父親に告げ未来に戻る事にした。

「未来が変わってしまえば、私はここに戻って来る事が出来なくなるかも知れません。しかし過去を観測し、日向さんを助けるためには、一度未来へ戻らなくてはなりません。もしもの時、日向さんをお願いします」すると父親は

「かならず23日には戻って来る。君も君のやるべき事をやるように。くれぐれも娘の事をよろしく頼みます!」と深々と頭を垂れた。


3月16日両親を見送った後、俺も未来へ帰るつもりだった。

本当であれば、日向さんを一人残して未来へ帰れない、だが「両親が福島へ帰る」という大誤算があった以上、両親が戻って来る23日までに自分も過去に戻って来ないといけない。帰るタイミングは今しかないのである。


俺は日向さんに「実家にどうしても戻らなくてはならなくなった」と伝えてある。

「鍵は必ずかけるように。鍵をかける時はチェーンロックも必ずかけるんだよ」

「わかったってば」

「俺がいるのは電話の電波が通じないくらいの田舎だから、大事な連絡はバイトの店長にするんだよ!店長には俺から頼んでおくから。それか警察ね!」

「何にもないよ、心配性だなー」

「何かがあったらあきらめないで必ず生き残ってね!生きてれば、後は俺がどうにかするから!」

「何があるって言うのよー!大袈裟だなー」

「じゃあ、行ってくる、くれぐれも気を付けてね!…最後に聞きたいんだけど、ストーカーにあった事ある?」

「何よ突然。ストーカーは…ないよ、電車の中でしつこい痴漢にあった事ならあるけど…って何でそんな心配そうな顔するのよ!何年も前の福島での話よ!」

「やっぱりあんな事があった後、一人で残していけない…」

「あー!もうっ!さっさと行って、さっさと帰ってくる!…じぁあね、愛してるからね…」

日向さんは軽いキスをした後、ドアを閉じた。

こうして俺は何日間もいた過去に別れを告げ、現代に戻ってきたのだ。





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