地震

3月11日朝、緊張でほとんど寝れなかった。

処分保留中は日向さんに会うのは自粛しようと思ってたんだけど、日向さんから俺の部屋に来た。

「昨日お父さんが親戚とか同僚とか友達とかに電話かけてたみたいだけど、何か言ったの?今も『忘れてる人はいないか』って言いながら携帯電話とにらめっこしてるみたい」

誰でもそうなのだ。救える命は救いたい。それが無理なら自分に関わっている人を何とか救いたいのだ。

その情報が半信半疑だとしても「もしそれが本当だったら」と思ったら行動を起こさずにはいられない。

俺は日向さんに「午後三時前に大地震と津波が起こる可能性があるから知り合いに高台に避難するように言って」と告げた。

それを信じない人もいるだろう。場合によっては「アイツ頭がおかしくなったんじゃないか?」と言われるだろう。

結局「アイツの言う事だから信じなきゃ」と思われるのも「またアイツが何か言ってるよ」と思われるのも日頃の行いなんだな、と思う。親子に「高台に避難して!」って言われた人は「わかったけど、後で事情を聞かせてよ」って人ばっかりみたいだ。「この人の言う通りにしておけば間違いはない」って俺思われてるのかな?


震災の時間だ。当時俺はまだ東京に来ていなかった。名古屋で独特の横揺れを高校の授業中に感じたんだ。アナウンサーが使う「壊滅」って言葉に、事の重大さと非現実を感じたんだっけ。…地震だ、デカいなんてモンじゃないぞ!東京ってこんなに揺れたんだ、大地震じゃねーか!

日向さんのお父さんは「君が私と家内の命の恩人って事なのかな?」と言ったが、「まだです。最大の被害は津波と余震と原発事故です、これから被害は始まるんです」と俺は答えた。


救えた命はごく一部だったかもしれない。

ただ、大事な人とその家族の命は救えたかもしれない。

これからも余震は続き、避難生活は続く。

何一つ終わった訳ではないが、とりあえず日向さんの家族は生き残ったのだ。


「これで終わりではないんだ、やり忘れた事はないのか?」俺は何度も考えた。

怒涛のような展開で、細かいミスは限りなく起こした。日向さんの父親に本当の事を言うべきだったかもわからない。

しかし決定的なミスをこの時点で俺は2つしていた。

一つは「日向さんの父親がくれたストーカーの手掛かりをそのままにした事」

もう一つは「『人の介入によって、事件・事故は予測不能に変化する』という大原則を忘れ、『3月23日に事件が起こる』と思い込んでいた」事だ。

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