父親
3月10日、日向さんが実家から帰ってきた。
中々帰って来なかったし、震災前日という事でハラハラさせられた。
日向さんの顔を見て安心する気持ちと彼女の両親を見て、引き締まる気持ちが入り混じった。
正直彼女の両親を騙すつもりはなくなっていた。
最初は騙そうとしていたのだが、いつしか「大事な人が大事にしている人を騙して良いはずがない」と思うようになっていた。
俺は彼女の父親に向かい「2人きりでお話したい事があります」と切り出した。
日向さんは何か勘違いしているようで真っ赤になり俯いていた。
父親との話し合いはその日の夜、近くのファミレスで行われた。
父親は開口一番切り出した。「君は一体何者なんだ?」
「娘から聞いたが大学の学籍名簿に君の名前はないそうだ。さっき505号室に住む事になる前に住んでいたという504号室を見させてもらったけどゴミだらけだったよ、君、あそこに住んでないだろ?娘は『何かの間違いだ』と君を信じようとしている。だが父親である私は娘が騙されているのを黙ってみていられないんだ。君は一体何者で、何の目的で娘に近づいたんだ?答え次第では死んでも君を許さない」
衝撃を受けた。日向さんは俺の噓に気付いて、それでも俺を信じようとしていたんだ。これ以上嘘を重ねるのは、これ以上日向さんを裏切るのはやめよう。
「俺は504号室に住んでいませんでしたし、今は大学生ではありません。日向さんをそのつもりはなくても結果的に騙していた事もあります」
俺の独白に父親は少し怒るような素振りを見せつつも先を促した。
「それで君の目的はなんなのかね?」
「明日、3月11日14時46分三陸沖で大震災があります。その震災で亡くなる予定の夫婦、それが中島巌さんと中島朝日さんです。その二人を東京に呼び寄せるように言ったのが俺です。そして日向さん、彼女は両親が亡くなり、マンションへ引きこもります。そして3月23日、ストーカーに殺されます。俺はその未来を変えたいと思ってます」
俺は全てを正直に話そうと思った。
話を続けようとした俺を遮り、父親が言った。
「ちょっと待ってくれ、君が未来を変えたいのは分かった。でもそうじゃない、私が知りたいのは君のしたい事じゃなくて、君が一体何者なのか?という事と、何で君が未来に起こる事を知っているか、という事だ」
俺は興奮してそれを話し忘れていたらしい。落ち着いて話をする事にした。
「俺は2017年平成29年から来たんです。その頃、日向さんのマンションは廃墟になってて肝試しに使われています。俺は肝試し中にタイムスリップし、日向さんと偶然知り合い恋に落ちました。過去の出来事を知っているのはそういう訳です。」
「それを私に信じろというのかね?」
父親は困った顔をしていた。
「それを判断するのは明日の昼過ぎに地震が起きるか起きないかで判断してもらえれば良いと思っています。俺は日向さんと彼女が大切にしている人が助かればそれで良いんです。」
俺は真っすぐ父親を見ながら答えた。
「昨日の夜、匿名で電話をかけてきたヤツがいる。君、ギャンブルは好きなのかね?君が競輪場に入り浸っている、というと一方的に電話を切ってしまった。その時は君を疑う事で精一杯だったが、よく考えると電話をかけてきたヤツがストーカーかもしれないな。…とにかく、君の正体を暴くのは明日の昼以降でも遅くはなさそうだ」
俺は処分保留、という事になったらしい。
「それとな、今年大学4年生で社会に出るならな、一人称は『俺』じゃなく『私』だ。義理の息子になるかもしれん男には社会常識を教えておかないとな」父親は笑いながら言った。
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