小包

アルバイトもしたが、それで二重生活出来るほど現実は甘くない。

俺には「過去の公共ギャンブルの結果と、宝くじの結果を調べればわかる」という金策方法があった。

しかし、大儲けは目立つし、公共ギャンブルには税金がかかるので、細々とやるしかなかった。

普段は日向さん優先で出来なかったし、一度部屋に置いてある競馬新聞を見た日向さんに「賭け事をやるのか」と何度も聞かれた。「友達が置いていった物で俺自身はギャンブルはやらない」というと、心底安堵して「よかった。ギャンブルは家庭を崩壊させる」と言っていた。

そこで「俺と家庭を築くつもりなの?」なんて野暮な事は聞かない。

とにかく、日向さんがいる時に金策は出来ないのだ。

日向さんが実家に帰って、戻ってくるまでのわずかな時間に立川競輪場に行く事にした。


「介入によって過去は変わる」これはわかっていた事だ。

しかしその介入は小さなものであっても結果は大きく変わった。

ほとんど観客がいない立川競輪場のレースで、買われていないはずの車券が買われる事でオッズが変わる。オッズが変われば一か八かの戦法をとる人が変わる。戦法が変われば着順が変わる。

過去の結果の通りに車券を買っても的中率は八割ほどであった。

この結果は「過去はいくらでも変える事が出来る」という自信になると同時に「思いがけない事で過去は変わってしまう」という恐怖も秘めていた。


今日一か月分の生活費を稼いでしまおう。ギャンブルは元々やらないし、働かないであぶく銭を手に入れるとか、人間がダメになりそうだ。もう来ないに越した事はない。

最終レースを外し「やらなきゃ良かった」と思いながら帰ろうとした時、見知った顔を見かけた。「大家さんだ、競輪好きなのかな?」

声をかけようとしたが、大家さんはこちらに気付かなかったのか、人込みの中へ消えてしまった。


俺はプリペイドカード式の携帯電話を持っていた。

俺のスマホは2011年では使えないみたいだし、携帯電話を作ろうにも証明する身分がなかった。プリペイド携帯なんて今は聞かないし、当時だって「使っているのは犯罪者か外国人か多重債務者」と言われていた。

日向さんには「一時的に使っているだけ。携帯を新しくしようと思ってたんだけど手続きに時間がかかりそうだ。日向さんと連絡取れなくなるのが嫌で思わず買ってしまった」と言って納得してもらっている。

時々思う「俺の苦しい言い訳、本当に納得してくれてるのだろうか?俺に対する不信感が膨らんできているのだろうか?そろそろ『俺は未来から来た』って本当の事を告げた方が良いんだろうか?」

いや、本当の事を言うのはもう少し人間関係を構築してからだ。信じてもらえなかったらこれまでの根回しが全て無駄になる。

「未来から来た事を証明するためにこれから起こる事を教える」これを何度しようと思った事か。

「未来は人の意思が介入すると、ほんの小さな事でも変化する」これがある限り人が関わっている場合、予言は外れやすい。当たった時でも「偶然当たったんだ」と言われて信じてもらえない可能性が高い。

信じてもらえるとしたら、人の意思が介在しない天気と自然災害しかないが、天気は「そんなもん天気予報を見ればわかる」と言われるし、これから起こる自然災害を信じて欲しいのに、「自然災害を見てくれ」なんて言えるわけがない。


この時、俺は日向さんの事を好きになればなるほど、彼女を騙しているという罪の意識で押し潰されそうになっていた。「日向さんを守るためだ。しょうがないんだ」そう思っても夜も眠れない。

俺は日付を指定して小包を郵送した。その中には全て本当の事を記した手紙を入れておいた。日付は日向さんが違う過去で殺された日、3月23日。日向さんが無事であれば全て終わった日にもなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る