初キス

505号室へ日向さんが遊びに来た。

504号室に遊びに来た可能性もあったので間一髪だった。

テレビは申し訳ないが504号室から拝借した。

「11月には完全地デジ化されるんだから、新しいテレビ買わなきゃダメですよ!」

わかってますって。2017年に地デジ化されてないテレビなんて売ってないし、ブラウン管のテレビなんて存在しないんだからね。


料理を部屋で彼女が作ってくれる…こんな幸せな事がある?まあ、作ってくれたのは誰が作ってもそこそこ美味しい、市販のルーのカレーだけど。そこはこれからに期待じゃん!普段料理をしない女の子が彼氏のためにカレーを作る…これが萌え要素じゃなかろうか!?などとニヤニヤしながら幸せに浸っている時間はない。俺には大事なミッションがある。

・日向さんの両親を震災前に呼んで挨拶をする。

・ストーカーをつきとめ、可能であれば撃退する。

・日向さんを死なせない。

俺が深刻な顔をしていると、日向さんが

「どうしたの?美味しくなかった?」

と、心配そうな顔をして聞いてきた。

俺の中じゃ敬語じゃなくなったのがポイント高いんだよね。

「まずいカレーなんて作るほうが難しいわ!」何て言わない、モテる男は「そんな事ないよ、彼女の手料理なんて…こんな幸せで良いんだろうか?と、思っただけだから。」と言いながら、テーブルの上で手を握った。

あ、最低限の生活必需品は504号室から拝借しております、テーブルやイスも然りでございます。

話の流れでこなせるミッションはこなしておこう。

「本当の事を言うとね、付き合う前に『実家に帰ったほうが良い』なんて言ったじゃん?でもね、一ヶ月も会えなくなるんだな…と、思ったらちょっと辛くなっちゃったんだ。ごめんね、心配かけて」

手を握りながら日向さんを見つめ、そう俺は言った。

「恋は二人を痛くする」って言うけど、本当だね。他の人が聞いたら「あいたたた」ってセリフが日向さんにはクリティカルヒットしてる。

「帰る事にはしたけど、すぐに帰ってくるから。離れて辛いのは私も同じだよ?」手を握り返しながら、日向さんが言う。

帰っちゃ駄目じゃん、あれ?良いのか?「帰って震災の前に両親を連れて、ここに戻ってくる、挨拶はその時にする」これって理想的じゃない?日向さんの震災も避けれる上に、ご両親も震災の日に東京に呼び寄せられる。

でもギリギリな気もする。日向さんが実家に帰るのが3月5日土曜日、明後日だ。本当だったら一週間は家に帰るつもりだろうから、3月12日までは帰って親孝行する気だろう。でも、12日じゃ遅いんだ。どれだけギリギリになっても、ご両親を連れて10日には戻ってないとダメなんだ。

「いつ帰ってくるの?」俺は焦って聞いた。

日向さんはどう解釈したのか、うれしそうに「すぐに帰ってくるから待っててね」と言った。

いかん!でも待てよ?わがままが許されるのって付き合い始めた今だけじゃない?このわがままを利用してミッションをクリア出来ないかな?

「ごめん、離れたくないのも、ご両親に挨拶したいのも俺のわがままだよね?」これは賭けだ。日向さんが甘えと押しに弱くなければ、気持ち悪がられて終わりだ。上目遣いで日向さんを見つめる。イメージは置き去りにされた捨て犬だ。さあ日向さん、目の前の子犬を置いて実家に帰れるかな?…と思ってたら日向さんに抱きしめられてキスされた。

「実家には帰るけどお父さんとお母さんを連れてすぐ戻ってくるから…待っててね!」

それだけ言うと日向さんは俺に抱き着いてもう一度キスをした。

ちなみにこれが俺の初キスだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る