バイト

「リャンガー、コーテル、カイカイ!(餃子2個、大急ぎで)」

最初は演技しようと思ったんだけど俺に演技は無理だ。怪しまれないようにしようと思ったら普段通りにする以外にはない。

だいたい店長が用事で出かけてる間、厨房も任されているバイトリーダーだった俺に新人の演技を出来る訳がないんだ。

ポカーンと日向さんは俺を見ている。日向さん以外のバイトもこちらを手持ち無沙汰に見ている。「店長と山中がいたら他のアルバイトはいらない」という空間にバイトが俺以外に2人もいるんだから当たり前だ。本来日向さんは俺の教育係として来ていたわけで、俺は戦力にならないはずだったのだ。戦力にならないはずの男が3人分働いてしまったら、他のアルバイトはやる事がなくて困ってしまう。


「中島、新人と休憩入っていいぞ」店長が言うと同時に客が「この人が新人!?」とビックリした顔を向ける。

俺は日向さんと一緒に片隅のテーブルに座ると、冷たいお茶を飲んで一息ついた。

「中華料理屋でバイトしてたって言ってたから、少しくらいは出来るとは思ってたけど、ビックリした。教える事ないよ」日向さんは言った。そりゃそうだろ、日向さんの何倍もの時間ここで働いてるんだから。

挙動不審だったから演技をやめただけなのに、副産物的に日向さんに尊敬の目で見られるとは…想定外ではあるけど良い傾向だ。

この日は一緒にアルバイトをしただけで終了。

こんなペースで一週間で恋人同士になれるのか?…というか、恋人に近づいてすらいない気がする。焦る気持ちもあるが具体的にどうすれば良いのかわからない。せめて女性との交際経験があれば…。

バイトが終わり、二人でマンションへの帰路の途中、「これではいけない」と克己は口を開こうとした…が、その前に日向さんが口を開いた。

「明日、バイト二人とも休みですね、よかったら遊びに行きませんか?」

俺は歓喜した。「デートに誘ってもらっただけでも、今日は無駄じゃなかった」と思った。でもどういう事だろう?確かに引っ越して来たのは最近、という事になっている。しかし、大学4年間、ここらへんで遊んでいる事は日向さんも知っている。ここらへんの案内ではない…とするとこれは「純粋なデート」じゃないか!?俺はデートに誘われたんじゃないか!?

いや「女友達と遊ぶ」という思考のないモテない男の思考なんて、そんなもんである。

「もちろん喜んで!」と日向さんに返事した、今考えたらがっついた感じがして良くなかったかもしれないな。


マンションの503号室の前で日向さんと別れると「さあ、明日は日向さんとデートだ」と俺は気合を入れた。

俺は当初の「日向さんと親密になり、彼女の命を救う」という目的を忘れ、マンションを後にした。

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