ミスリード

こんな事をしてる場合じゃない。日向さんが殺されるまで、そんなに時間はないんだ。どうすれば良いんだろう?そうだ!日向さんが部屋で殺される3月23日に日向さんが部屋にいなきゃいいんだ。春休みに実家に帰ってもらうっていうのが自然で良いんじゃないか?

それが良い、と俺は切り出した。

「確か春休み、実家に帰れないって言ってたよね?」

「そうなんです。本当はすでに実家に帰ってるはずなんですけどね。地方出身者がみんな実家に帰っちゃいましたからね、私が実家に帰るって話をバイト先でしたら、店長に『君まで帰らないで!』って泣きつかれちゃって困ってます。」日向さんは困ったように鼻の頭をかきながらそう答えた。

それを見て俺は「日向さん、本当は帰りたいんだ。もうひと押しすれば、周りの人間がアドバイスすれば帰るんじゃないか?」と思い、こう言った。

「俺は帰ったほうが良いと思う。バイトがそこまで責任を負う必要はないし、それに就職してからきっと帰れなかった事を後悔するんだ、これはこれから就職するってなってから強く感じるようになった実感だけど。」そう思ってるなら何で今の時期に何で実家に帰らず下宿先にいるんだよ?三月分の下宿代払わずに実家で過ごすヤツだって沢山いるのに…って事情を知ってる友達なら言うだろうけど、この際のアドバイスとしては良いんだよ!と俺はそれらしく言った。

少し考えるような仕草をした日向さんではあったが意を決したように

「わかりました。バイト先には申し訳ないけど、春休み実家に帰って親孝行する事にします」と言った。

「実家ってどこだっけ?確か福島って言ってた気がしたけど」と俺。

「実家は福島の南相馬市ってところです」と日向さん。

「南相馬市って何か聞いた事あるな。何で聞いたか思い出せないけど。とにかく、こっちに帰ってくるのは4月の授業が始まるギリギリ前で良いんじゃないかな?親孝行してきなよ!」俺は何か大事な事を忘れている気はしていたが、日向さんを実家に帰す事を優先させ、日向さんの背を押す事に専念した。

「はい!そうしますね!もう今週のシフトは入れちゃったけど、来週のシフトは入れずに実家に帰る事にしますね!」日向さんの声は憑き物が落ちたように明るい。

「なんで聞いた事があるんだろ?サーフィンやらない人には特に有名じゃないと思うんですけど。あ、そんな都会じゃないけど、仙台もいわきもそこそこ近いんですよ!けっこう良いところなんですから!」と日向さんは地元を擁護した。それって都会と都会の間にある田舎じゃないかな?それと同じ理屈を「枚方市は大阪の繁華街へも奈良の繁華街へも出られる便利な所なんや」って悪友から聞いた気がする、実際行ってみたらどちらも遠い田舎でしかなかったんだけど。

しばらく雑談した後、お互いの部屋へ戻る事になった。

仮説の通りもう一回、504号室のドアを開け中に入ると元の時代へ戻る事が出来た。俺は足取り軽く自分のアパートへ帰ってきた。

過去を変える事は出来た。これで3月23日に日向さんが部屋で殺される事はない。俺が変えた過去が現在に繋がっているかはわからない。でも一人の未来ある女の子を助けたという事実に俺は酔っていた。


俺が自分の部屋に入ると、そこにはコタツに入り対戦のレースゲームをしている悪友2人が「あ、お邪魔してるよ」とお出迎えした。鍵の隠し場所教えたのは俺だ、別にアパートに来るのはかまわない、だけどな、コタツとエアコンは使うなって言ってんじゃねーか!電気代徴収するぞ!まあ良い、今の俺は機嫌が良いんだ。

コタツに入りながら今日気になっていた疑問を悪友たちにしてみる事にした。「なあ、福島の南相馬市って知ってるか?」

「南相馬って聞いた事あるな、何で聞いたかは忘れたけど」一人の悪友は俺と同じリアクションをした。そうだよな、何かのニュースで見たのが頭の片隅に残ってただけだ、きっと。しかし、もう一人の悪友は『南相馬市』をもう少し詳しく覚えていたらしくこう言った。

「南相馬市って言ったらあれだろ?東日本大震災で600人を超える死者行方不明者を出した福島最大の被害を出した地域の一つじゃないのか?」

「…それっていつだったっけ?」俺は沸き起こるイヤな予感を抑えつつ、悪友に質問した。

「確か…2011年、平成23年の3月11日だよな」


俺はそんな時に「福島の南相馬市へ帰れ」と強硬にアドバイスしたのか。

やり直しは出来ない、そんな場面で。

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