一般常識

「だから本当に行ったって言っただろう?」

写真を悪友たちに見せながら、克己は胸を張った。

「わかったってば。しかしおかしいな…事故物件だけ空室ってのは良くある話だけど、事故物件だけ貸すって事、あり得るのかな?一体何のために?」

「この写真の女の子どっかで見た事あるんだよな、どこで見たか忘れたけど…どこだっけ?」写真を見た悪友たちは首をひねった。


「だけどお前、良いのかよ?彼女とは隣に住んでるからこその仲を築いたんだろ?お前、本当は不法侵入の不審者じゃねーか。もう二度と会う事も無さそうだが?」悪友の一人がそう言った。

「しばらくは隣に住んでるフリして会いに行くよ。真実を話すのはその後かな?悪いけど俺、今回はマジだから。」俺はキリっとそう言った。

「うわー、ストーカー誕生の瞬間に立ち合っちまった。悪いけど俺には止められないわ!」悪友の一人が大袈裟に天を仰いだ。


次の日、部屋に押し掛けて来ようとする悪友を「今日は用事があるから」と追い払い、鏡の前で髪型が決まっているかチェックする。今日も彼女が住むマンションに行こう。

504号室に寄らず、彼女の部屋に直接行けば何も後ろめたい事はない。まあ彼女に嘘をついているのが後ろめたいかも知れないが、犯罪行為は何一つ行っていない。

そうと決まれば、いざ彼女の部屋へ。

マンションの五階までかけあがり、503号室のインターホンを押す。

アレ?昨日まではインターホン鳴ったはずなのに、鳴らないな…電池が切れたのかな?

しょうがない、ノックしよう。

コンコン…今日は留守みたいだ。

メール送っても戻ってくるし、メールアドレスどっか間違ってるのかな?

まあ今日は良いや、504号室に住んでる事になってるんだから、これから来る機会も多いだろうし、もしかしたら504号室に日向さんが遊びに来るかも知れない。

荒れ放題の部屋を、ちょっとは掃除したほうが良いよね。そうと決まれば…俺は上着を脱いで掃除を始めた。最初、赤水が出た時にはどうしようかと思ったのだが幸い水は出たし、荒れ放題の部屋から掃除に使うバケツと雑巾はすぐに見つかった。ドタドタと掃除をしているとうるさかったのか、日向さんが504号室を訪ねてきた。

「ごめんね、うるさかった?」俺は日向さんに謝った。

「ううん、今まで出掛けてたからうるさくはなかったんだけど物音がしたから、『いるのかな?』と思って来ちゃった!」日向さんはおどけて言った。なんと言うか…可愛い。

「掃除してたし埃っぽいから」と言って504号室の玄関から彼女を連れて外に出た。

もしここにいて「暗いから電気を付けて欲しい」なんて言われたら、電気が来ていない事がバレ、ここに不法侵入している事がバレてしまう。彼女を連れて外に出られた事にホッとしていると、彼女の身の上話が始まった。

「もう春休みだから実家に帰ろうとは思ってるんだけど、アルバイトが集まらないから帰らないでくれってバイト先の店長に泣き付かれて困っている」

なんでも日向さんは成央大学文学部の一期生との事だ。「俺も同じ大学の経済学部だ」というととても喜んでいたが、「四期生で、もう卒業式くらいしか大学には行かない」と言うと「もっと早く出会っていれば」と悔しがっていた。だからそういう態度が男に期待をさせるんだってば。

そこから話は就職活動の話に推移した。

昨今の不景気の影響で女性の就職先がない、ましてや文学部なんて就職泣かせだ。

二期生になったら就職活動を始めようと思う。日向さんはそんな話をしていた。

俺は「大丈夫だ。こんな言い方をしたら本当はダメだが、女性は綺麗な女性から就職が決まる。美人が就職に困っているのを見た事がない。日向さんは心配する必要はないと思う。」と太鼓判を押した。

日向さんは真っ赤になり照れながら小さな声で「ありがとうございます」と言った。

日向さんは照れ隠しに話題を変えようとしたのかもしれない。

「就職試験ってどんな問題が出るんですか?」

「それは会社によるね。学力試験をやるところもあるし、創業者の名前を答えさせる会社もあるし、一般常識を聞く会社もあるよ」俺は答えた。

「一般常識?例えばどんな常識を知らないといけないんですか?」彼女は調子を取り戻したのか、興味津々で聞いてきた。

「よく問題になるのが『今の総理大臣は?』だね。もちろんフルネームで答えなきゃダメ。誰でも答えられるからこそ、答えられない人がふるい落とされるんだ」俺は答えた。

日向さんは笑いながら、「それなら私でも答えられます」と答えた。

そしてさも当然の事を言うようにこう言った。


「2011年2月現在の総理大臣は…菅直人さんでしょ?」

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