第3章 第7話 親父団らん。年の功、仙人よりも年寄り

「いやはや――こっぴどくやられちまったのぉ」五星本社――その最上階に位置する部屋で、男は崩れた瓦礫に腰を下ろし、大の字になって大笑いを発していた。「そうは思わんか、なぁ厳路」


「ええ、下の階は今日中に復興するのは無理ですね」影の中からぬっと出てきた龍宮 厳路。気配など一切感じられず、まるで最初からそこにいたかの如く。「まったく……損害は大きいですよ? あの小さな賊と大きな賊は下の階から順番に暴れまわり、一通り社員を戦闘不能にしてからここに来たようですね。社員の治療費、建物の修繕費、備品の買い替え――犬井 幸獅の引き抜き」


「おお、ワンコのぉ。そうじゃな、アホじゃが、人を使うの使われるのが巧かったからのぉ、あれがいなくなって嫌がる奴もいるじゃろうな」その男――一星 睦良は残念そうにしながら言う。そしてふと厳路に視線を向けると半目で尋ねる。「損害――などと言いながら、随分と嬉しそうじゃのぉ」


「はて? そう見えますか? いやはや、残念でありませんよ。もっとも、どこかの誰かが小娘に犬のクビを告げたかとも思いましたが、誰の方が喜んでいるのでしょねぇ」

「……さあ、誰のことじゃろうな」睦良が喉を鳴らし、挑発的な表情を厳路に向ける。「そういえば、賊が押し込んだ時、お主がいなかったようじゃが、どこへ行っていたんじゃ? まさか、賊に手心を加えたわけでもあるまい」


「……まさか、あれは賊ですよ? 一体、どう手心を加えろ。と、いうのでしょうか? 私はただ、今日発注できないだろう商品について、取引先に頭を下げに行っていただけですよ」厳路は社長室の扉から顔を出し、至る所がボコボコになっている廊下を指差す。「こんな風になっていて、まさか2人しかいない賊にやられたとは信じてもらえないでしょうね。むしろ、危険物を取り扱っていたのか。と、疑われてしまいそうですね」


「……そうじゃなぁ。世間一般では信じてもらえないじゃろうなぁ」笑いを堪える2人――この会社で起こる異常事態が、一般人にとっての怪異であると自覚があったのか。それに驚きである。「と、いうわけで、今回のことはなかったことに――じゃな」

「ええ、そうするしかありませんね」


「そうじゃな。ところで――」睦良がおずおずと立ち上がり、厳路に向かって手を上げる。「その~、なんじゃ――今は2人きりじゃし、そろそろ黒幕っぽい喋り方は疲れてきたんじゃが、普通にしてくれんかの――」


「このクソ野郎」

「思った以上に辛辣じゃった!」

 2人の関係がよくわかった気がする。


 どこか拗ねたような顔で葉巻を取り出し、吸い口を噛み切った睦良に、厳路は呆れたようなため息を吐くと指を鳴らし、指から火を出した。火を……出し、た。


「お主がいたのなら、負けることはなかったんじゃがなぁ……」

「何を言っているんだお前は――」


 すると、度重なる衝撃で脆くなっていた天井が崩れ、大きな瓦礫が睦良に向かって落ちたのである。


 しかし、2人は特に焦った様子も見せず――。

 睦良は瓦礫に向かって伸ばした手を振るうと、一瞬にして細切れになり、空中でバラバラになった。


 そのバラバラになった瓦礫目掛けて、厳路が振動させた手のひらをかざす。そして、少し腰が動いたかと思うと、空中にあったはずの瓦礫が粉になり、舞って行った。


「おお、久々に見たのぉ。もうTHを使うこともないからの、生きている内に見られないと思っておったわぃ」兎がオリジナルだと言っていた技――しかし、それはもっと凶悪になって、厳路の技としてあったのである。「乙愛の小娘はまだ触れないと粉々に出来んからなぁ。さすが親じゃの」


「あれはただ力任せに見様見真似でやっているだけだ。まだまだ」

「厳しいのぉ――っと、そうじゃ、勇雄の坊主は無事かの? モロに小娘の遠当てをくらっとったからのぉ」

「ああ、念のため乙愛が病院に連れて行ったようだ」


「そうか――」睦良は薄く笑うと、伸びをして瓦礫に埋まっている冷蔵庫から酒瓶を2本取り出した。「いやはや、やはりあの工場は面白いのぉ。あの小娘に任せて正解だったわぃ」

「ほどほどに――と、言いたいが、娘の成長を嬉しくとも思うよ」

「そうじゃなぁ、あの小娘、もういい年だからのぉ。今、確か年齢は――」

 2人の老人が、そんな若者に期待を寄せるように笑い合い、瓶のまま酒を呷っていた。

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