最終章 おいでませ工場!

「さっ! 今日も朝から元気出してくわよぉ」ワンコが部下たちを引き連れてやってきた日から1日が経ち、今日も今日とて思い付きで開かれた朝礼――と、いっても、今日は乙愛から大事な話があるらしく、乙愛の背中に控えているワンコを無理矢理前に引っ張り出す。「うんで、今日は紹介したいのが一匹いるから――ほらほら、自己紹介なさい」


「う~……わふ」乙愛に背中を押され出てきたワンコは、控えめに顔を伏せながら上目遣いに周りを見渡す。そんなワンコに、ワンコのことを知らない作業員たちが「また女の子だ」と、喜びの声を上げているのが聞こえるが、それを聞いたワンコは――。「……? ウチはオスですよぉ?」


 大歓声が起きた。


「……あ~、今さらここの連中の性癖をとやかく言うつもりはないけれど、この間からいる夜恵ちゃんと同じタイプだから、手を出すと後が怖いわよ?」大歓声の中に、男なら何をやっても大丈夫。という勘違いの声が上がっていることもあり、乙愛は釘を刺した。「兎は半人前だけれど、戦闘力だけなら有数だもの。さらには今日ワンコと一緒に入ってきたそこの眼鏡も、ね」


 乙愛が指差した場所――そこには左手を振動させる兎と、手刀を振りかざし、素振りしている珠良がいた。


「……いや、なんであんたがいるんですかぃ」

「愚問ね、部長いるところに私在り。ですわ」

「……また、ワンコさん、を、操る、の?」志稲は夜恵を胸に寄せ、警戒心を露わにしながら珠良に尋ねた。


「あら、そうね、そうしたいわ。でも、貴方は勘違いしているわよ。確かに、私は誰かを操ることに快感を覚えるわ。だけどね――部長は一度だって私に操られたことなんてないわよ」珠良は前に立つワンコに、火照った頬とどこかイッちゃてる瞳で、恍惚の笑みを浮かべながら見た。「あぁ~~~っ! いつか操ってみたいわぁ。どんな顔してくれるのかしらぁ!」


「うわぁ……」夜恵はドン引きしている。

「………………」


 志稲と兎は夜恵を庇うように珠良の前に立ち、そして、兎はワンコを指差す。

「ウチのワンコに近づかないでくれますか?」兎が丁寧な口調で言い放った。


「それは貴方が決めることではありませんわ」またしても現れた変態――この工場にろくな人間が来る日はあるのだろうか。「貴方、知っていて? 部長ったら私が操ろうとお願いすると、違うことばかりやるんですわ。1を言ったら2、3,4,5,6,7,8,9,10とやってきて、お茶を淹れてほしいと頼んだらお茶っ葉を買いに行き、私に淹れて。と、頼む程度には言うことを聞いてくれませんわ」


 それはただ、ワンコが馬鹿なだけである。


「ほらほら、みんな静かに! ワンコから言いたいことがあるそうよ。ほら、ちゃんと言いなさい」


「あぅ、わぅ……」ワンコはモジモジといじらしく体を揺らし、大粒の涙を瞳に携えた。これが25歳男性である。「ご、ごめんなさい!」


 そう言い放ったワンコに、作業員の一部は振られたような気分になったのか、顔を伏せていた。


「あ、あのね、その――あぅ……ウチ、みんなの作業環境を良くしようと本社に行ったのに……わぅ、あの、全然出来なかっただけじゃなく、ここをつぶ……つぶそ――うぇ……潰そうとしちゃって、ね、それなの、に、またここで……う~、働こう、なんて……あぅ」


「あ~はいはい、泣かない泣かない」乙愛がワンコの頬を弄りながら慰める。


「まぁ、別に気にすることではない。結果はそうならなかったしな」金剛もワンコの背中を撫でてあげ、作業員全員に許してやってくれないか。と、尋ねる。もちろん、作業員の返事はOKであり、その場は収まった。


「……わぅ、ありがとうみんなぁ」乙愛より乙女らしいワンコである。


「さっ、ワンコについてはこれで終わり――」と、金剛は締めようとするのだが、ふと思案顔になり、体を屈ませ、ワンコに視線を合わせた。「そういえばワンコ、どうしてここを潰そうなんて考えに至ったんだ? お前は馬鹿だから、そもそもその考えに至らないだろう?」


「あ~、確かにそうよね? そこの眼鏡の入れ知恵かと思ったけれど――」珠良は首を振り、そんなことを言った記憶はない。と、話した。「よね? あんた、誰からそう聞いたのよ?」


「わふ? え? だって――」ワンコは首を傾げ、乙愛を指差す。「工場長、前に本社に来た時言ってたよ」


 ワンコの話である。ワンコ曰く、『あんたまだあたしより偉くなりたいなんて思っているの? 馬鹿ねぇ。あたしを引きずり下ろしたいなら、まずは工場を潰しなさいな。万が一そんなことになったら、そうねぇ……あんたがあたしより偉いって認めてあげるし、お茶汲みもやっちゃうわよ? あたしの淹れたお茶は絶品だって評判なんだから』


 乙愛は金剛、作業員たちから目を逸らす。


「おい、おい――こっちを見ろ」

「ナンノコトカシラ~」


 結局、この事件の真相は乙愛にあったのである。

 もっとも、それが乙愛の責任になるわけではないが、ワンコの前で言ったのが運の尽きだろう。


 乙愛はとぼけ顔で、普段通りに朝礼を進めていく。その際、金剛が不機嫌であったのはいうまでもないだろう。

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