第3章 第3話 どう足掻いても戦闘――工場なのに……
「てっきょうだよ! てっきょう!」童顔低身長な男が何事かを叫んでいる。その男――犬井 幸獅は部下らしきスーツを着た人間たちに工場の備品やその他の物を運ばせていた。「もうこの工場はなくなるんだぃ! だからてっきょうするの!」
「……部長」ワンコの背に控えていた眼鏡をかけた女性が首を振る。「撤去、ではありませんか?」
「そぉ! それ!」
言い間違いを気にしていないのか、今度は馬鹿の一つ覚えのように撤去と連呼するワンコ――と、いうより、こいつ、部長だったのか。
ワンコ――ではなく、眼鏡の女性の指示の元、スーツの人々は次々とエアコンの部品が入った段ボールやらを運び出していた。
そんな光景を作業員たちが呆然と見ていたのだが、咆哮――まさにそう聞こえるかのような大きな声でそれを止める者がいた。
「一体、どういうつもりだぁぁぁぁぁ!」カバラインのリーダーである。金剛にも劣らない大きな体で、荷物を運ぶスーツ姿の人たちの前に立ち、般若のような顔立ちで前方を睨んでいた。「ワンこぉぉ! 貴様、どういうつもりだぁぁぁ!」
「相変わらずうっさいおっさんですです。そんなんだから、兄様――じゃない。うささんとか、お父さん――じゃない。金剛さんに嫌われるです」所々でここにいた名残が漏れ出しているワンコだが、すぐに言い直し、胸を張りながら勝気な表情を浮かべる。「良いですかです? この工場は色んな事情と偏見で取り潰しが決まったです。ちゃんと社長にも許可貰ったです」
「んな――そ、そんな勝手が」
「通るですよぉ~だ! さ、大人しくお縄に付くです!」
社長の名前を出されたからか、大半の作業員が固唾を呑み、ただただ拳を握るだけであった。
しかし、その作業員の間を縫うように出てきた志稲が威嚇ともいえるような通常通りの表情でワンコを見る。
「うっぴゃぁ――って、えっと……誰だっけ?」
「朔良 志稲……あなたの異動と同じ時期に入ってきた、現ライオンラインラインリーダーです」
「あ、ああ! 思い出した! めっちゃ顔怖い人!」ワンコは志稲に対し、最初こそは怯えていたが1分も経たずに勝気で可愛らしい表情に戻る。「へっへ~ん、もう怖くないもんなのですよ! 1回見たら慣れちゃったよ~だ!」
「……1回どころではないのです、が?」志稲が前傾姿勢になりながら、ワンコに飛び出していこうとしているのがわかるのだが、その志稲の眼前に手が出てきた。
「――?」
「……おぅ。随分久しぶりじゃねぇですかい」
兎――卯佐美 虎丸が闘争心剥き出し、歯もむき出しにしてワンコと対峙した。
「ふぇ! あ、え?」兎のその表情に驚いたのか、狼狽えるワンコ。そして、何度も首を傾げ、自分と兎を交互に見た。「え? あれ、兄様――じゃなくて……う~さん」
「あっしの名前はそんなんじゃねぇぞ?」
「え? あ、えっと――」
「お前さん、社長に許可貰ったって言ったな? それはここを潰す許可だな? じゃあ、今日ここを潰すって許可は取ったんか?」
「え? そ、それは……それは! ウチ――私の独断と偏見で今日決行――」
「阿呆が。それが通じるかってんだ」兎は頭を何度も掻き、ワンコに言い聞かせるように、厳しく、そして優しく声を放つ。「ワンコ、おめぇせっかくそこそこ偉くなれたんだろうが、それを潰す気か? ウチの社長はこういうことに愉悦する変態だから、お前さんに許可を出したんだろうが、それが失敗だったらどうなる? なぁ」
「あ……ぅ。ウチは――」ワンコにとっての弱点である。いくら、その根底を忘れようとも、それまで築いた過程まではしっかりと刻まれていたのであろう。「そ、そんなの、ぜ、絶対……成功、する、し……ウチは、この工場を、潰して兄様を――あ、あれ? えっと……どうして?」
「そうだそうだ、お前さんがそもそも何で偉くなろうとしてたのかを――」
兎がまさに子犬のように震えているワンコに近づこうとした刹那――兎の目の前に手刀が止まった。
「……邪魔すんなや」兎がその手刀の主を睨み、指の骨を鳴らす。
「邪魔? 邪魔をしているのは貴方たちでしょう? 私は部長のためを想っているのですから」兎に手を出したのは眼鏡の女性――北毘(きたび) 珠良(たまら)である。彼女は掴まれている自分の腕を見た後、その掴んでいる腕の主に目をやる。「あら、野蛮な顔をしているわね。嫌だわ、こんな野生の畜生にも劣る下劣な者が、部長と少しでも作業をしていたなんて」
「……私、から言わせれば、あなたは、知識人気取ってる猿――眼鏡ザルみた、い」
顔に青筋を互いに作る女性陣――しかし、すぐに二人は冷静な表情になる。
「部長! ここを潰せば偉くなれますわ! 部長の悲願だった、ここの工場長、龍宮 乙愛を顎で使える様に――」
「そ、そうだね! あの物の怪を――うん!」狼狽していたワンコだったが、珠良の声を聞き、林政体勢に入った。「そ、そうだよ! ウチ、間違ってないんだから!」
「……あの阿呆が」兎がワンコに呆れるのだが、すぐに舌打ちをした志稲に声をかける。「おい若! 何をボサっとしてんだ!」
「え? あ」
「ワンコはここに来るのに許可取ってねぇ。そんで、あっちから仕掛けてきやがったんだ。つまりだ――」
「――っ! ええ、はい」志稲は呆けている他の作業員、別のラインリーダーたちに目を向ける。「みなさ、ん。彼らは、不当にここを、攻めてきまし、た。つまり、彼らにやるものはない。です!」
志稲の声に顔を見合わせた作業員たち。そして、誰よりも早く動いたカバラインのリーダーが自身のラインの作業員たちが多くいる方へ顔を向けると――。
「行くぞ貴様らぁぁぁぁ! かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っつ!」
怒号は通り抜けた者たちの心を揺さぶる大槌となり、やる気に満ちていた作業員たちの目をヤル気の満ち溢れた顔に変えたのである。そして、カバのリーダーは近くにあったバケツを頭に被り、再度「かぁぁぁぁぁっつ!」と、叫んだ。すると、バケツが砕け、作業員たちと同じような目をしたカバリーダーが、奇声を発しながらワンコの部下たちに突撃し始めたのである。
『で、出たぁぁぁぁ! 《他が為の自己犠牲〈セルフバーサーカー〉》!』
「うわ、びっくりした!」志稲や兎を心配げに見ていた夜恵なのだが、突然放送で聞こえてきたヒヨコの声に驚いていた。
『通常のバーサーカーモードは受けた奴の理性をぶっ飛ばして肉体の限界を超えさせる発破だが、セルフバーサーカーは使用者の2割から3割の理性を残しつつ、大量のアドレナリンによって一番槍を名乗る技だぜぇ!』興奮しているのか、ヒヨコの声が先ほどより6割増しで五月蠅い。『だが、理性を残しちまうから、痛みなどの体の負荷が常にこれを行なった者に付いて回っちまう! それだけじゃねぇ。カバを見てみろ!』
すると、カバリーダーの頭に浮かんでいた青筋が破裂し、一度体勢が傾いた。しかし、すぐに咆哮を上げながらワンコの部下たちに襲い掛かって行ったのである。
『なまじ理性を残しちまうから、頭への負荷も半端ねぇんだ!』
「ふ~ん――」しかし、興奮するヒヨコとは対照的に夜恵は興味になさそうにカバに一瞥を投げた後、志稲と兎をジッと見つめる。「志稲、う~ちゃん……」
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