第17話 呼び声
六畳間に六人が入ると、さすがに少し狭く感じた。
「
抱いていたパソコンを落として、声をさらに翻した辻霧が立ち上がった。
「なぜだ!?」
「お父さんとのサイコゲームで……」
それを聞いた辻霧はちさに詰め寄ろうとしたが、瀧也が一歩前に出て威圧する。ビクリと素直にビビった辻霧は椅子に座り、口調を冷静にさせた。
「夫婦関係が悪かったのか?」
「そんなに悪くはなかったと思います。でも仕事ですれ違いが多かったから、もしかしたらうまくやり取りができな――」
「ハメられたに違いない」と、辻霧はちさの言葉を遮った。「クオリア社のCEOは僕たちの同僚だ。彼なら
「不正?」瀧也がその言葉に反応した。
正直、この辻霧という男は信用できない。瀧也の経験上、彼には感情と理論を混ぜこぜにして喋る癖がありそうな外見――特にそういう表情がある。真実を言っている時と冗談を言っている時とを見抜かなければ会話が成立しないタイプの人間だ。だが――
いま彼が使った“不正に操作”という言葉が瀧也の顔をあげさせていた。心に引っかかっている疑念への解を持っているのは、もしかしたらこの男なのかもしれない。自分が担当する被後見人が、今まで幾度となく不自然を感じる出来事に見舞われている件についてだ。
「それは例えば、中学生がサイコゲームの対象になることも含まれるのか?」
「……どういうことですか?」敬語の辻霧。
「中学生がサイコゲームの対象になって――それも一ヶ月程度の期間で十回近くもサイコゲームが組まれるのは自然な事なのか?」
「なんの話をしているかわかりませんけどね。僕から言えるのは一言、“そんな話は信じられない”ということです」
瀧也は軽く手を挙げて礼を示した。満足のいく返答だった。
「話を戻そう」そう言う辻霧の表情はいつもの病弱そうな貧相なものではあるが、目に力があるように見えると由宇は感じた。「僕は、歯車の眼の男に会わなければならない」
由宇は白色と顔を見合わせる。先ほどの話から一転していたからだ。
「ククク」と辻霧は笑った。「奴らはサイコゲームが免除されている特権階級だ。だが逆に言えば、クオリア社に逆らえば自分たちもゲームの対象者になりかねない。政治家なんて人の気持ちが分からない人種の代表格だ。それを自覚している彼らが一体何をしてくれるのか見ものだとは思っている。だがそんな事よりも、もしあの男が葉子に何かをしたというのなら、僕はあいつを許すことができない」
「辻霧さんは――」ちさが口を開いた。「お母さんのことを愛していたの?」
「そうだ」恥ずかしげもなく即答する辻霧。「だが、大学で出会った時、彼女はすでに結婚をしていた。おなかには君がいた。それでも彼女は僕の光だった。こんな僕の力を信じて、一緒に研究を持ち掛けてくれたんだ。おかげで僕は、こんな自分でも生きていていいのだと知った。僕の支離滅裂な話を聞いて“意味がわからない”と笑ってくれる彼女が好きだった。だから僕は葉子のためにサイコゲームの真実を知る必要がある」
ペコリと一礼するちさ。「なんかうれしいです。私もお母さんや私になにが起こってるのか知りたいです。もし力になれる事があったら――」
「この子は中学生だ」瀧也が割って入った。「悪いが巻き込まないでくれ。ここに集まってる人たちの力になれる事は何もない」
意外な事を言われ、切なそうに瀧也を見上げるちさ。
「そういうあなたは何者? 親ではないようだし、まさか彼氏さん?」と環凪。
「おれはこいつの後見人だ。ちなみに言うと、おれの監督人としてクオリア社の調整員がついているし、おれの本職は死体回収班だ。残念なことだが、おれはどちらかというと立場は政府やクオリア社の側の人間になる」
「調整員……。スーリか」辻霧は笑みを浮かべたままだ。「あなたも難しい立場にいるようだ」
瀧也は仕草でその気遣いに感謝の意を伝えた。
先の話でもあったように、クオリア社側はどういうわけかちさに手厳しい。スーリなどは直接的に殺そうとしたくらいだ。それを守る自分は、むしろ辻霧たちの立ち位置に近い。辻霧の言うとおりだ。
「ちさちゃん、大丈夫! 私たちに任せて」と言ったのは、ちさの隣に座っている白色だった。「今まで大変だったんだよね! でも、心強いおじさんも味方になってくれてるみたいだし、一休みしてて!」
「力を貸してくれるのはありがたい。だが一つ問題がある」辻霧は自身の足に両肘を乗せ、左手の切断部を右手で押さえる。「クオリア社に行くためにすべきことがあるんだ。まず、君たちレインは切断者にならなければならない」
その言葉を聞いて白色はギョッとした。本能的に左手首を守る仕草を取るが、それをみて辻霧は笑う。
「手首を切断する必要はないよ。ただその紋白端末を無効にするだけだ。まぁそれはいい、今この場でできる。問題なのはその先だ。切断者になったところでこのままこの街から出た場合、僕たちは不法居住者として目立ってしまう。つまり、このままではそもそもクオリア社がある桜木町に着く以前に僕らは市民や国家権力に捕まってしまうんだ」
しんと間が生まれる。
「瀧也さんがバンを持ってる」と由宇。
「バカ言うな。公用車だ」
「レンタカーを」
「おれは協力しない」
「偽装端末を使うという手段がある」
みなの視線が辻霧に集まった。
「今の状態でクオリア社へたどり着いても侵入ができない。だがそれを使えば、僕らは市民から目立たないだけでなくクオリア社社員の中にも紛れ込むことができる。新しい身分証明書だ」
「そんなものがあるんだったら先に教えてくれればよかったのに」と環凪。
「君の左手が元に戻るわけじゃあない。だが、新しい生活をスタートさせる事はできるかもしれないな」
「同じじゃん。なんで今まで教えてくれなかったの」
「問題があると言っているだろう」
「問題って? 犯罪ってこと?」
「それもある。だがもっと根本的な問題だ」
「もったえぶらずに教えて」
「わかった。正直に言ってやる。その偽装端末だが、どこで手に入るかわからない」
再びシンと静かになる部屋。
「……一瞬でも期待した私がすごくバカみたい」
「手掛かりはあるハズだったんだ」
「なに、ハズって」
「葉子さえ生きていたら。端末はおそらく手に入っていた」
首を傾げるちさ。
「彼女からそのプログラムの一部をみせてもらったことがある。解雇される寸前の頃の話だ。もしサイコゲームがうまく運用されなかった場合に多くの人を救えると言っていた。開発したのは彼女自身ではなく、知り合いの中国人だと言っていたが……、今となっては闇の中だ」
ちさはハッとした。記憶が広がる。
瀧也も気付いたのか頭を掻きむしっている。それを見上げているちさと目が合う。コクリと頷くちさ。瀧也がなんと言おうと、ちさの役割はすでに決まってしまったようだ。
お母さんが、呼んでいる。
『ちぃー。早く来て。……ほら。ちぃがいないと、私たち離れ離れ』
ジェノサイド:END
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