第4話 どこで死にたい?

 由宇ユウの前に現れた少女には、由宇の視界のみに表示される特殊な付箋タグが割り当てられていた。水色に発光する線図がちさの頭部からサイバーチックに伸び、『雫草しずくさちさ』『マッチング相手』という二つの文字列を表示させている。

愁衣うれいさんですか?」と、少女が言う。

 由宇は答えずに瀧也タツヤの方を見た。その瀧也が由宇の代わりに頷く。キネコは二人の遭遇エンカウントを検出した合図としてバク宙を見せ、紋白端末ではアイコンが『!未記入のシートがあります!』という表示に変わった。

「知り合いですか?」と由宇。

「まぁ、ちょっとな」

 由宇は再びちさの方を向く。「雫草ちささん」

 ちさが返事の反応を見せるよりも、後ろからの瀧也の声の方が早かった。

「まだ中学生だ」

 その言葉を受け由宇は動揺しかけた。そんな若い国民が、なぜこのゲームに――

 しかし寸での所で冷静でいられたのは、一重に彼女が自分のマッチング相手だったからだ。

 人によっては、このサイコゲームのマッチングによって結婚に繋がったケースもあるのだという。ゲームがうまくいけばそういう事もあるのだろう。しかし、自分のマッチング相手は今までそのすべてが死んでしまっているのだ。『もしかしたら今度こそは』という希望は、五人目六人目あたりでボロボロに打ち砕かれている。

 期待したから、辛かったのだ。

 だから由宇は、もう自分のマッチング相手は死ぬものだと意識してゲームに臨む事を決意した。その固い決意の表れが今回の冷静を呼び込んだのだ。

 由宇はゲームアイコンを影領域シャドースペースに潜らせ、会社の電話へ通話コールする。ゲーム相手とマッチングしたことを伝え、これからゲームをするため仕事に遅れる事と、もしかしたら自分の死や相手の死によって今日は仕事にならない可能性を伝えておく。

 通話を切って、由宇はちさに向き直った。

「お待たせ。じゃあ、どこで死にたい?」


 三人は桜木町のビル群を一望できる、みなとみらいの一角にやってきた。今日は風が強く、髪の毛が舞いやすい。海を挟んだ先にある赤レンガ倉庫を眺めながら石段に座る。夜や休日であればこの辺りはデートスポットだが、平日午前中の早い時間のため若者は少なかった。

 釣りをしている人。カメラを手に様々な構図を撮っている人。観光客たち。

 由宇とちさは、まず、それぞれフェイスシートの記載に取り組んだ。ここまでのタクシー代をなぜか負担した瀧也はタバコを吸いたい衝動をおさえ、二人が空中をタップしながらフェイスシートの作成に取り組む様子を眺めている。

 フェイスシートとは、いわばマッチング相手に自分を知ってもらうためのツールだ。相手が自分を演じる上で必要とされる事項をシートに記載し――その内容のほとんどは今まで入力してきた内容が反映されたテンプレートを活用するが、シートの記載事項は相手によって毎回微妙に調整されていた。まずは由宇がスムーズにシートを書き終え、次いで今回シート初入力のちさが作業を終える。二人はそのデータを共有スペースに流し、シートを交換した。

 由宇と目が合う。

 居たらやりずらそうだ――

 瀧也は立ち上がり、整備されすぎていて殺風景なみなとみらいの散歩と洒落こむ事にした。

 瀧也の背をしばらく見ていた由宇だったが、再び視線をちさのシートに落とした。

「テーマを決めて、はじめるにゃん!」とキネコが踊る。

 紋白端末からはいくつかのテーマが表示されており、時事ネタからフリートークまで、どれでも好きに選べるようになっている。この中から演じやすい項目を二人で選び、ゲームに臨むのだ。

「映画とかどう?」

「いいですよ」

 キネコがその言葉を受け、映画をテーマにゲームがスタンバイになる。そしてお互い「スタート!」の文字をタップし、サイコゲームが開始された。

「はじめてのゲームで、緊張していてすみません」と由宇は由宇の口調ながらちさの言葉から会話をはじめる。

「えっと……、いえ」ちさは一人称をどうしようか悩みながら「僕も、あまり慣れている感じではないので」

 その返答に由宇は驚いた。確かにその通りだったのだ。これから死ぬ相手とどのように接していいかいつもわからない。

「これから死ぬ人と、どう接していいかわからないんだ」とちさは続けた。

 思わず“その通り”と言おうとして、由宇はヒヤリとする。「気にしなくていいですよ。私は死んでも構わないと思っているので」

「はは。まるでレオンのマチルダだね」

 なるほど――と由宇は思った。シートを見るに、ちさの両親は昨日さくじつにサイコゲームで死んでいる。その自分の状況と彼女を重ね合わせてみたいのだろう。猟奇的な人物によって、大切な家族――最もマチルダにとってそれは弟だけではあったが――を失った悲しみと、その後の行動。

 ちさのフェイスシートには、確かに“好きな映画:レオン”と書かれていた。先ほどそれを見た時、由宇は思わず瀧也へ目を向け彼がまさかレオン役でもあるまいしと、無骨な男を眺めながら思っていた。

「別に私は、復讐なんて」と由宇は言う。

「相手がAIじゃな」

「そうですね。それに瀧也さんも、とてもレオンって感じでは。子供って部分では似てるかもしれませんが」

 瀧也は遠くで手すりにもたれかかり海を眺めている。

 ちさはクスクス笑って、話を切り替えた。「ちさは、星を見上げてって映画は見たよね?」

 由宇は頷く。今年流行した最新アニメ映画だ。肯定しやすいよう言葉を選んでくれたあたり、本当に初めてのゲームなのだろうか。

「登場人物がとてもイキイキと活躍する物語で、見ていて感動しちゃいました」

「僕もだよ。特に双子の星が――」

 二人がアニメ映画の話題で盛り上がる様子を、瀧也は遠巻きに眺めていた。山下公園や赤レンガ倉庫周囲を歩いてもよかったのだが、よく考えたらこれはいい機会だった。今までこれだけ由宇と関わっておきながら、彼がサイコゲームに取り組む場面を見たのはこれが初めてだったのだ。散歩でその一部始終を見逃すのはもったいない。多くの死者を出している由宇だ。どのようにゲームを行っているか単純に興味があった。

 そして、もう一つ意外な事があった。意外とちさはやれているのだ。もしどちらか一方が相手の気持ちを汲み取れずゲームを続けた場合、自然とやり取りはちぐはぐになってくる。それがないという事は、わりにうまくいっているのだろう。なにより瀧也は由宇の仏頂面しか見たことがなかったが、今は楽しそうにおしゃべりをしている。

「ゲーム終了にゃん!」

 由宇とちさの耳にキネコの愉快なセリフが届いた。

「すごく……」と、ちさが満足気な表情で由宇を見る。「すごく面白いですね! サイコゲームって!」

「そう?」と由宇。

「そうです! なんかこう、通じ合うっていうか! もっと相手を知りたくなってくるというか!」

「そうかな。そんなもんなのか」

 由宇としては、はっきり言ってゲームとして成立したのは今回がはじめてだったので、面白いだなんて感じたことは一度もなかった。しかし確かに言われてみれば、うまく会話が成立していると心が通じ合ったような気がして気持ちがいい。

「それで、私、死ぬんですか?」

「いや、大丈夫じゃない?」

 今回は明らかに今までと雰囲気が違った。

 キネコはふわふわと宙に浮かびながらゲームを評価中だが、結果はすぐに表示された。

 由宇に対して〈Ⅰ〉。

 ちさに対して〈Ⅰ〉だった。

「おつかれさまにゃん! それじゃあまた会う日まで! ばいにゃーん!」

 キネコは空中を飛び跳ねて最後は紋白端末に飛び込んで行った。

「終わりましたよ」と由宇は瀧也にメッセージを発信した。

 受け取った瀧也は大して驚いた様子は見せていない。遠くで手を挙げてからゆっくりと歩いて戻ってきた。無骨な表情だったが――どちらかというとホッとした感情をわざと隠しているような表情だった。しかし瀧也は、そのまま由宇たちを通り過ぎ、背中を見せて、桜木町駅とは反対側方面へと歩いていく。

「約束は果たしたんだ。後はもう知らないぞ」

「お世話になりました!」とちさが言う。

 瀧也は小さく手を挙げた。



 ランドマークタワーの中にオフィスがある、クオリア社。そのCEOを担う椎名しいなリョウは、広大なみなとみらいの風景を見下ろしながらパチンと指を鳴らした。キネコが現れる。

『呼んだかにゃん』

「マーキングしていた二人のゲーム結果を」

『共にⅠですにゃん』

 椎名はグラスを手に取り、ロックウィスキーを一気に飲み干した。

 眼下のジャスコから桜木町駅までの直線道路。目を凝らすと、ちょうど由宇とちさが並んで歩いている。椎名は、自身の小鼻に貼り付けられている紋白端末を光らせる。歯車が透けて見える椎名の人工眼球――そこに組み込んだガラス体が、紋白の光をホログラム投影させた。

 全国民監視モニターだ。その一部がカクカクと揺れ――まるで何かに怯え緊張しているようだ。

【457865637574696f6e】

「わかってるよ。でも――」と、椎名はグラスに新たなウィスキーを注ぐ。「近いうちに人間の方から同じ結論を出すと思うよ。我がクオリア社の理念は、より良い社会の構築だ」

 モニターが消える。

 歯車の眼球は、桜木町駅に消える由宇とちさを見つめていた。


ヒトノキモチ:END

 → NEXT:トザシタココロ

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