第5話 出会った日 霜野 忠邦


 「あれ~おかしいなぁ」


ビルの8階。それはこのビルの禁断の聖域とも言える。

いや、聖域は4階で7階から先は神の領域とそのビルで勤める人間は言うだろう。

そんな、8階の一室。それはとりわけ豪華な一室である。

そんな中で彼。霜野忠邦は呟いた。


 「取締。なにがおかしいのですか?」


自身の椅子ではなく、来客用のソファーで寝そべっている、霜野の独り言に、後ろに控えてる秘書が反応した。


 「あ~、今日の11時に俺の親友の息子が、

  会いに来ることになってたんだよね。

  もう、12時だろ?

  バックレられたかな~ってさ。

  もう、飯でも食いに行こうかなぁ」


 「……」


霜野の呟きに絶句した秘書がいた。


「取締。その方はお年齢おいくつですか?」


 「あぁ~高校3年。もう卒業でさ。

  なんでも内定取り消しになって困ってる

  っていうからさ。

  んじゃ俺が、雑用で雇ってやるって言ったの。

  んで、今日来るはずだったけど…。

  まぁ、来ないならそれまでかなぁ」


そんな霜野の言葉を聞いて秘書は蒼白になる。

すぐさま、受付に内線を入れるのだった。



霜野はこの業界では有名人だ。

事前通達のない面会希望は、

有無もなくお断りするのが当たり前である。


霜野という人間は確実にこの業界において天才の部類ではあるが

色んな部分で欠落していた。

もちろん、常識は持っているが、それは彼の基準で

周囲の…一般の基準とは違う。

だからこそ、この事務所では

霜野一人に秘書が5人もつけられているのだ。



その筆頭でもある百瀬香(ももせかをり)は動揺した。

そんな予定があるなんて聞いてなかった。

確かに夜型の霜野が、

大事な仕事が入っているわけでもないに午前中から事務所に来てることなんてないはず。

それを不思議に思わなかった秘書としての自分を恥じた。


内線で受付に聞いても来ていないという。


 《ほんとに受付のバカは使えない》


そんなハズはないのだ。

本来、高卒など、このオフィスで雇用することはない。

それを取締がコネでねじ込もうと言うのだ。

少なくとも、コネで入ろうとしている以上、

断るにしても連絡を入れてくるはずだ。



 「取締。その息子様のお名前は?」


 「あぁ~忘れた。

  でも、苗字は確実に平(たいら)だよ。」


その言葉を聞くと香かをりはすぐさま部屋飛び出していった。


 《内線なんかじゃ情報がわからない。

  絶対に来ていたはず…

  まずは受付に確認をとらないと…》


エレベーターなど使わず、ヒールを脱いでダッシュで非常階段を降りる。

そのには、高嶺の花とも言われるほどの美貌とスタイルを持ち合わせた、

霜野取締付き筆頭秘書の姿があった。







 「なんなのよ~偉そうにさぁ」


そう悪態をつく受付嬢の隣には、奈津美が居た。


 「どうしたの?上層部の内線(かみのこえ)だったじゃん。」


 「うん。

  なんかね、高校生とか大学生が

   霜野取締役に面会を求めて来たか?ってね。

  来てませんって言ったらさ、

  そんなわけありません!って

   内線切られちゃったの。

  秘書だからってさぁなんか偉そうにさぁ。

  来てないのは来てないってね」


奈津美なつみは今日一日を思い返していた。

今日はデザイン教室もあった為、小学生や中学生は多く受付を訪れていた。

でも大学生ぐらいの、しかも霜野取締との面会を求める人物は確かにいなかった。


 「今日のアポの予定にもそんなのないしね。 

  それで怒られても、確かに困るね」


よくある他愛もない会話である。


実際、そう言いながら奈津美は午前中にきた中学生のことを考えていた。

容姿を褒められたこともあるが中性的でとても美形の中学生。


教室から外に出るには絶対に受付の前を通る。

彼が通る時に手を振ってあげよう。

そう奈津美は考えていたのだ。

そしたらきっと、少しハニかんだ天使のようなテレ顔を私に見せてくれるはず。


 《きっと癒される。

  私の明日への活力だよ、きっと》


まさにジャニ〇タのような考え方で…

彼女自体、グループ問わずジャ〇ーズ好きであり、

まさにその意中となった雄太は、

童顔と中性的を兼ね揃えた存在だった。



坊主頭で部活が恋人だった雄太は、

田舎だったことも相まって、男女の関係とは無縁でいた。

しかし、部活を引退してから伸ばしっ放しの髪は、男性としてはやや長めの髪型になっていて、それが童顔と相まって彼をより中性的に見せていた。


実際、引退してからの雄太は、そんな容貌も相まって異性から告白されることも、しばしばあった。

中には美少女と言われる女性からも言い寄られていた。

しかし、雄太はそのすべてを断る。

そこには、シャイではあるが、譲れない。雄太の性癖があった。


 「もう少し色気があればなぁ」


それは雄太の口癖で、それは雄太の年上好きを露呈していた。


たとえば、その美少女は、あと数年で、雄太のストライクゾーンのど真ん中に入る原石なのだが、雄太にはそれを育てようと考える経験はなかった。


雄太にとって、その恋愛対象は25歳以上であり、それは雄太にとっての色気がある女性と限定されたものだ。

所詮、高校生の雄太が感じる程度の色気なので、そんな大層なモノではないのだが、それでも雄太は同級生にそれを見いだせないでいた。



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