第3話 出会った日 平 雄太
《今日は普通の平日だよなぁ》
「吉祥寺」という街は、雄太にとって、まるでお祭りの日のような人の賑わいを見せていた。
2時間という電車を乗り継いで来た街は、人の密度も街の景色も違う、憧れた東京だった。
まさに田舎者のように地元にない大きな建物群にキョロキョロしながらも、スマホの地図を開いて、雄太は目的地へと進んでいった。
「Kenji Tachibanaデザインオフィス」
そこはこんな人の多い街を彩るかのようなおしゃれなビルだった。
しかも、この8階建てのビルすべてがこの会社のビルのようだ。
まさにTVドラマで見るようなデザインビルに、雄太は改めて緊張しながらもその一歩を踏み出したのであった。
《この人たちみんなモデルさんみたいだ》
雄太はビルのロビーにいた。
このロビーは、社員通用口ではないため、外来からの人しかいない。
雄太がそんなこと知るはずもなく、通り過ぎる人達を観察しながら、雄太はそう思っていたのだ。
「さすがは、デザイン事務所だ」
なんていう独り言は呟く。
でも心の中では、
《ここにいれば、芸能人とか知り合いになれるのかぁ…って周りに居る人達みんな美人だよなぁ~》
とかいう考えをしていた。
彼は完全に舞い上がっているのだ。
それに拍車をかけたのが、受付だ。
父の知り合いという人事部の人を呼んでもらう為に、受付に来たのだが、その受付に居る女性達は、今まで雄太がすれ違ってた女性達とは、1つレベルが違っていた。
《この人たち絶対、芸能人レベルだよな?
綺麗なお姉さんは好きですか?……いや、嫌いな訳ないだろ~ってなもんだろ》
確かに、このロビーにいる他社の営業の女性とは、有名デザイン会社の受付でもある以上、いくらかはレベルが上だろう。
しかし、雄太は、
《こんな美人の人たちに囲まれたら仕事とか楽しいだろなぁ~》
なんていう、幻想的な夢の中にトリップする。
何もしていないにすでに男の夢の中に漬かって行った。
《だめだって…俺は雑用。
こんな女性達が相手にするわけない》
何度も自分に言い聞かせる。
そうして無意味な男の夢に世界の誘惑を断ち切ると、雄太は受付の前に立ったのだった。
雄太は受付の前に立った。
受付にいる女性達は、一斉に雄太を見ると、1人の女性が笑顔で雄太に話しかけてきた。
「今日はどういったご用件しょうか?」
しかし、雄太はなにも話さない。
女性と目を合わせることも出来ず、チラチラと女性を見ては目を逸(そ)らすといった行為を繰り返す。
しかし、その表情はなにか言いたげな感じだ。
《こんな美人にどう話せばいいんだ?
ってか話すだけで緊張する俺って…》
雄太は緊張している。
綺麗な女性が笑顔で自分に話しかけてくるというその行為だけで、心臓はドキドキし始め、うまく話すことができない。
でも、意を決して雄太は言葉を発する。
「あっ…あの…自分…平雄太と…言いまして…
今日…予約を…」
その予約・・という言葉が悪かった。
受付の女性は、この予約・・と言う言葉で、
このデザインオフィス主催の「デザイン体験教室」のことと勘違いをしたのだった。
人と会う約束なり、面接などでは予約という言葉は使わない。
もちろん、そこは雄太が悪いのだが、この受付の女性も雄太が童顔で背が低いこともあり、中学生ぐらいに判断したため、デザイン体験教室の生徒名簿や開始時間を考えず、思い込みで雄太を誘導してしまったのだ。
「こちらにどうぞ」
受付の女性はわざわざ雄太を教室の場所まで案内している。
ロビーを抜けて、廊下にはいると、
女性は話しかけてきた。
「そんな歳で、もうデザインとかに興味があるの?」
女性のほうが、気さくに話しかけてくれてる為、なんとか雄太も言葉を返す。
「いや…まだ興味ってほどでも…」
そう雄太が話すと女性は雄太の方を覗き込む。
雄太の身長が低いのもあるが、女性のヒールの高さもあって、立っている目線は女性の方が高い。
女性の顔が近くに来たことでなにかいい香りがした。
「なにぃ?緊張してるの?」
女性が聞いてくる。雄太は思わず、
「お姉さん…キレイだし…」
と言ってしまった。
《あああああ言っちゃった。初対面に女性に失礼だし、それに今、言う言葉じゃないだろ~なに緊張してんだよオレは!》
と雄太の心の中には悲壮感が生まれる。
「あらぁ~なに。私が綺麗だから緊張したの?なにかわいい。ちょっと、うれしいわぁ」
女性の表情は満面に笑みに変わる。
《あれ?怒ってない?これが大人の余裕ってやつかぁ》
そんなことを考えながら雄太は女性の顔を覗き込んだ。
「私は、日野 奈津美(ひのなつみ)って言うの。
君は確か…」
「あっ平 雄太って言います。」
「雄太君ね。覚えておくわ。
じゃ、このドアの部屋だから。
がんばってね!
未来のデザイナー様。」
そういうと奈津美さんは手を振っていってしまった。
《奈津美て言うのか…キレイな人だなぁ
あーゆー人が彼女とかなら幸せだよなぁ
なんか、いい香りがしたし…
なんといっても色気が堪んないよなぁ》
雄太は、新たにそんな妄想をしながら、
そのドアの前に立つ。
「親父の知り合いとはいえ、緊張するな」
そう独り言を言うと、一度深呼吸をして、
ドアのノックしたのだった。
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