35話 目撃者
聖くんのポテトを一本失敬して、口に運んだ木の実ちゃん。
「じつは、私も少し気になってたんだよね、こうめのこと」
「どんな?」
「あの子ってさ、ちょっと味覚異常があるんだよね」
彼女の言う通り、私にはストレス性の味覚異常があり、タバスコやわさび、唐辛子、お酢などを食べ物に大量振りかけ、激辛味や激酸っぱ味にする癖がありました。
もともとは、塾や習い事などで遅くなると、私一人だけ夕食が遅くなることがあり、カレーやシチューのときなど、好きなだけ弟妹がお代わりするので、お鍋が空っぽになっていることも。
そんな時、私の夕食は『ご飯』に『カップ麺』といったメニューになるわけですが、カップ麺にお湯を注いで準備をしていると、必ずと言って良いほど、弟妹が猫なで声で、『一口頂戴』とおねだりに来るのです。
私が了解する前に、あり得ないくらい大量の『一口』を口いっぱいにかき込み、酷いときなど、カップの中身がスープと麺の細切れだけということも多々あり、仕方なく、残ったスープをご飯に掛けて食べることも。
勿論、とてもそれだけでは足りず、もう一個食べようとすると、決まって『あんた、今食べたばかりでしょ? カップ麺だって、タダじゃないんだからね!』と母からの圧力。
一口あげるのを拒否すると、大袈裟に駄々を捏ねて母に言い付け、『お姉ちゃんのくせに、一口くらいあげたら!?』と加勢する母に、弟妹も調子に乗ってやりたい放題でした。
すでに夕食を終えた彼らには『ちょっとしたつまみ食い』でも、私にとっては、たった一品しかない『貴重なメインディッシュ』であり、毎度これではたまらないので、自分なりに横取りされない方法を画策した私。
要は、弟妹が横取りしたくても出来ない状況を作れば良いわけですから、あれこれ考えた末、たどり着いたのが、先に書いた激辛、激酸っぱなどの『あり得ない味付け』対策でした。
当初は、私にとっても激マズでしたが、横取りされるよりはと我慢して食べていたところ、それを繰り返すうちに、だんだん普通の味付けでは物足りなくなり、常に大量の香辛料を掛ける癖が付いてしまったのです。
ですが、それも木の実ちゃんたちと出逢い、彼女の作るお料理を食べるようになって、少しずつ改善され、最近では普通の味覚を取り戻していたのですが、母親からのストレスを受けたりすると、自分でも無意識のうちに大量にタバスコを振りかけていることも。
そしてここ最近、またそうした行為が頻発していることに、木の実ちゃんは気付いていたのです。
木の実ちゃんの話を聞き、小さく溜め息をつく聖くん。
「そっか。あんな辛い目に遭ってるのに、平気な顔して笑ってるように見えるけど、心の中では悲鳴を上げてるってことなんだ…」
「今の状況が、おっ母さんが原因かは分かんないけど、一度私から本人に訊いてみるわ」
「頼むな。何か分かったら、こっちにも教えて」
「了解。んじゃ、調査費用に、もう一本頂き~」
「あっ、僕のポテト! 木の実、取り過ぎだぞ!」
二本目のポテトを口に入れた木の実ちゃんに、それ以上取られまいと、ポテトを脇に隠す聖くんの子供じみた行動に、思わず、同時に笑ってしまったふたり。
あまり遅くなってもいけないということで、急いで残りのシェイクを飲み干し、お店を出たところで、
「あ、念のため、今日のことは、しばらく二人だけの秘密ということで」
「そうだね。それじゃ!」
「うん! 気を付けてな!」
そう言って手を振り、別れたふたり。帰宅ラッシュの雑踏に紛れ、あっという間にその姿は見えなくなりました。
そんなふたりの様子を、ずっと物陰から見ていた人物がひとり。朋華ちゃんでした。
伝言板前で、一旦全員が解散した後、聖くんが一人になったところを見計らい、声を掛けようと後を追って来た朋華ちゃんでしたが、そこで彼女が目にしたのは、木の実ちゃんに声を掛け、一緒にファストフード店へ入って行くふたりの姿でした。
予期しなかった状況に、声を掛けるタイミングを逸し、なぜふたりが一緒にいるのか気になって仕方がなく、植え込みの陰から中を覗き込んで様子を伺っていたのですが、会話までは聞くことが出来ません。
その間も、何やら真剣な表情で話しているかと思えば、一緒にポテトをつまみながら楽しそうにじゃれ合ったりして、いつの間にこんなにもふたりが親密になっていたのか、全然気が付かなかった自分にも苛立ちが募ります。
極め付きは、店内から出て来たときの聖くんの言葉、
『しばらく、二人だけの秘密ということで』
それを聞いた途端、全身の血液がサーっと引いたように、頭の中が真っ白になった朋華ちゃん。
みんなには内緒で、あの二人が付き合うことになったと考えれば、その言葉も納得が行きますし、食いしん坊の聖くんが、お料理上手な木の実ちゃんに惹かれるのは、必然といえば必然です。
そしてそれは、朋華ちゃんが想定した最悪のシナリオでもあり、どうしても回避したかったというのに、夏輝くんを巻き込んだ画策も無駄に終わったということになります。
それでも、聖くんを好きな気持ちに歯止めが利かず、その反動で湧き上がる木の実ちゃんへの激しいジェラシーから、身体中が火が付いたように熱くなるのを感じました。
いっその事、力づくで奪い取ろうにも、今の自分が彼女に勝てるだけのものなど何もなく、あるのは、親友と好きな人を同時に失うという残酷な現実。
プライドの高い朋華ちゃんにとって、失恋を知られることだけは絶対に避けたいものの、ポーカーフェイスを保てる自信などなく、今後どうやってみんなと接して行けば良いのか考えると、世界中が敵に見え、絶望感でいっぱいになるのでした。
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