36話 勘違い
翌朝、母親の車で、私たちより早く登校していた朋華ちゃん。
私が教室の入り口に着くや否や、一緒にいた木の実ちゃんを無視して、一目散に私に駆け寄ると、おはようの挨拶もそこそこに腕を引っ張りました。
「ちょっといい? 聞いて欲しいことがあるの」
「ちょっと待って。鞄を…」
「そんなの、後でいいから! 急いで!」
「どうした? 何かあった?」
その様子に、横から声を掛けて来た木の実ちゃん。
一瞬にして、朋華ちゃんの顔が引き攣りました。
「うん、朋ちゃんが話があるって」
「ちょうど良かった。私も、ふたりに話したいことがあってさ」
「ちょっと! 私のほうが先にこうめちゃんに話し掛けたのに! 勝手に横入りしないでよね!」
「朋ちゃん、さっきから変だよ?」「何かあったの?」
「別に! 木の実ちゃんには関係ないし!」
「ま、それなら別にいいけど、とりあえず落ち着きなよ」
いつになく感情的に突っ掛かって来る朋華ちゃんを、冷静に諭す木の実ちゃん。そんな彼女の大人の対応にも、いちいち腹が立って仕方ありません。
「木の実ちゃんの話って? 緊急?」
「そうだね、緊急っちゃ、緊急。じつは昨日、みんなと別れた後に、聖から話があるって呼び出されて」
「えっっ!?」
思わず叫んだ朋華ちゃんの声に、私たちだけでなく、教室中が驚いて振り向いたほど。
朋華ちゃんにしてみれば、出来れば彼女が公言する前に、私にだけ自分の気持ちを打ち明けておきたかったのに、まさか昨日の今日で木の実ちゃん本人から、こんなド直球でカミングアウトしてくるとは思ってもいなかったため、内心パニック状態でした。
もっとも、私に話したところで、現状が変わるわけではありませんが、傍に秘密を共有してくれる誰かがいるだけで、気持ちの持ちようが違いますから。
聞きたくない気持ちが80%、それでも聞かないわけには行かないというジレンマが20%。覚悟もつかないまま、死刑を執行される罪人のような心持ちで、木の実ちゃんの言葉を待つ朋華ちゃん。
「私も、前から気になってはいたんだけど、昨日、聖から言われて、ふたりとも同じこと考えてたんだって、確信したんだよね」
~神様…!~
私の人生は終わった。そう絶望した朋華ちゃんでしたが、彼女の口から出たのは、自分が恐れていたのとは、まるで関係のないものでした。
「単刀直入に訊くけど、こうめ、私たちに隠してることあるよね?」
「…え?」
「私は別に、何も」
「嘘。手や髪を切られてるよね? 誰にやられたの?」
「えぇっっ!?」
再び発した朋華ちゃんの大声に、今度はクラスの誰一人反応せず、想定外の展開に頭が混乱するばかり。
それでも、尋常ではない彼女の発言に、すぐさま私の手を掴み、怪我を確認した朋華ちゃん。同時に、木の実ちゃんも髪を掻き揚げ、内側の短くカットされた部分を確認して、小さくため息をつきました。
「何、これ? こうめちゃん、どういうこと?」
「おっ母さんじゃないよね? そうなら、私たちに隠す必要ないもん」
「バレちゃったか~」
「ね、誰なの、こんな酷いことしたの!? 許せない!」
「これは、やり口が異常だよ」
「分かった! 犯人はゆりちゃんじゃない!? こんな酷いことするの、ゆりちゃんしかいないわよ! ね、そうなんでしょ!?」
「朋華、ちょっと落ち着きなって。ゆりちゃんが犯人なら、私たちに言うでしょ?」
「あ、そっか…!」
「んで、誰なの? 私たちの知ってる人?」
ふたりに詰め寄られ、これ以上隠し通せないと思った私。
自分でやったと嘘をついたところで、彼女たちに通用するはずもなく、何より、下手に口籠ってあれこれ詮索され、夏輝くんの耳に入ることだけは回避する必要がありました。
「ふうちゃん…だよ」
「嘘でしょ!?」
「何で冬翔が??」
ちょうどその時、朝礼のチャイムが鳴り、一旦話を打ち切って、後は休み時間に詳しく話すことにしたのです。
木の実ちゃんたちが睨んだ通り、私の手の傷やカットされた髪の毛は、冬翔くんのいやがらせによるもので、私が彼の秘密を知って以来、デートのときは必ず冬翔くんも同席するように。どうやら、私の言動を監視するのが目的のようでした。
デートといっても、北御門家でお喋りしたりするだけのプチジュース・デー的なものでしたから、彼が一緒でも全然構わなかったのですが、問題は夏輝くんが席を外したときに取る、彼の行動なのです。
手の傷は、一緒にお皿を洗っていたときのこと。ソファーにいた夏輝くんに聞こえないように、小さな声で尋ねた冬翔くん。
「あのこと、誰かに言ってないよね?」
「言ってないよ」
「約束…」
そう言った次の瞬間、持っていた包丁の刃を軽く私の手の甲に当て、スッと引いたのです。
幸い皮膚の表面を傷つけただけで、少し血が滲んだ程度でしたが、傷口をそっと指で拭い、
「…忘れないで」
それだけ言うと、後は何もなかったように振る舞い。
また、別の日には、夏輝くんがトイレに立った隙に、私の背後に回り込んだかと思うと、首筋に冷たい感触があり、
「何…!?」
「動かないで」
すぐにそれが布を切るための大きな金属製の裁ち
唖然とする私に、冬翔くんは無表情のまま、手に握った今切ったばかりの髪を見つめながら、
「これは僕が預かっておくから」
そう言い、そのまま持ち去ったり。
その他にも、小さな嫌がらせは数えたらきりがないくらい続いていて、やり口が巧妙なため、一緒にいる夏輝くんは、まったくそのことには気づいていません。
冬翔くんがそんなことをするのも、すべては彼が虐待を受けていることが原因で、その秘密を知った私が、いつか夏輝くんにバラすのではないかという不安から来ているのが分かるだけに、私自身、強く拒否することが出来ないでいたのも事実です。
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