秋の章

34話 内緒の相談

 夏休みが明けて学校が始まると、伝言板でのメッセージが復活し、週に二回のペースで電車での合流も再開。


 朋華ちゃんの母、小夜子さんが帰国し、また雁字搦めの監視下に置かれると覚悟していたのですが、ことのほかヨーロッパ公演が好評だったようで、メディアからの出演依頼や公演の依頼が殺到しているらしく、以前より格段に家を空けることが多くなりました。


 おかげで、夏休み期間中ほどではありませんが、予想に反して自由に出来る時間が増え、帰国してからもすでに2回、ジュース・デーを開催していたのです。





 前回、聖くんから、もしかすると高校は桜淵には行かず、ドイツのギムナジウムに編入する可能性があることや、その理由を打ち明けられた私たち。



「正直、まだどうするかは決められなくてさ。遅くても、こっちの中学を卒業するまでには決めないといけないらしいんだよね」


「朋華に続いて、聖までいなくなると、寂しいよな」


「だね。あんたって、一人で三人分くらいの存在感あるから」


「でも、まだこっちに残る可能性もあるわけでしょ?」


「今んとこ、50:50かな?」


「何か、僕のために聖の将来が決まるって、悪いよな」


「それは違う。たまたまじいちゃんがそういう会社だったのと、たまたま自分はそういう方面に興味があって、たまたま身近にそうした病気を知る環境があったってだけで。でも、おまえと友達になったのは、たまたまじゃなく、必然だったと思う」


「うわ、何か聖、カッケー!」「よっ、男前~!」


「まあ、これが僕の実力ってとこ?」


「その一言が残念なんだよ、あんたは」



 結局、持ち上げられては落とされる聖くん。木の実ちゃんとの夫婦漫才風の掛け合いは、もはやお約束です。



「でさ、みんなにはこれからも、いろいろ相談に乗ってもらいたいと思ってるんだ」


「まだ時間はあるんだし、何が一番良い選択か、じっくり考えようよ」


「聖が言ってた、夢も友達もって選択肢を、大前提にね」


「そういうの考えるの、こうめの得意分野じゃん!」


「うん、今も考えてるとこ」


「マジ、頼りにしてる。もしドイツへ行くことになったときは、朋華という心強い理解者もいるし」


「えっ!? 私!?」


「うん。その時は、同じ境遇の者同士、宜しく頼むな」


「も、勿論よ! 任せて!」



 じっと瞳を見つめ、そう言われた朋華ちゃん。ポーカーフェイスを装ってはいましたが、自分の心臓の音が周囲にまで聞こえるのではないかと思うほど、ドキドキしていました。


 意中の彼からのその言葉が、恋する乙女の脳内では、愛の告白を飛び越え、プロポーズに匹敵するほど、彼女のハートに突き刺さったに違いありません。


 朋華ちゃん自身、たとえ夢を叶えるためとはいえ、遠く日本を離れた異国の地に留学するのは、言葉では形容できないくらい孤独なもので、正直、行かなくて良いのなら、行きたくないというのが本心でした。


 でも、彼がドイツへ行くことになれば、国は違っても日本に比べれば格段に近く、それこそ『同じ境遇の者同士』何かと連絡を取り合う口実にもなるし、何なら実際に会いに行くことも可能です。


 本人含め、みんなが渡独を回避する方向でいる中、彼女だけは、このままギムナジウムに編入する流れに傾いてくれることを、密かに、そして強く願わずにはいられませんでした。





 ターミナル駅に到着し、いつもの伝言板前で、しばし歓談して解散した私たち。


 別の路線に乗り換えるために、一旦駅を出て歩き始めた木の実ちゃんに声を掛けたのは、聖くんでした。



「悪い、ちょっといいかな?」


「どうした?」


「じつは、ちょっと相談したいことがあって」


「だったら、さっきみんながいるときに言えば良かったのに」


「いや、みんなには内緒で、木の実にだけ聞いて欲しいことだから」



 いつになく真面目な聖くんの顔に、いつもなら軽口で返すところ、真剣な表情で頷いた木の実ちゃん。



「分かった。何?」


「ここで立ち話も何だし、あそこへ入ろう」



 とりあえず、駅前のファストフード店に入ったふたり。


 木の実ちゃんはシェイク、聖くんはシェイクとハンバーガーとポテトのLを注文して席に座ると、そこで話をすることにしました。


 一見すると、まるで中学生カップルのデートのようでしたが、聖くんの口から出たのは、私に関することでした。正しくは、ここ最近、私に起こっている『不可解な現象』とでも申しますか。


 出来上がったハンバーガーを頬張りながら、自分が見たことの詳細を話し始めました。



「この前さ、こうめの手の甲に、切り傷があったんだよね。どうしたのか聞いたら、包丁で切ったって言ったんだけど」


「まあ、こうめにしては、珍しいっちゃ珍しいよね」


「問題はそういうことじゃなくて、傷があった場所。左手の甲にあったんだよ、切り傷」


「左手に?」


「こうめって、たしか左利きだったよね? その時は、あんまり深く考えてなかったんだけど、どうしたら左手の甲に、包丁の切り傷が出来るのかって思ってさ」


「まあ、確かに、その傷の出来方は、アクロバティックではあるわね。けど、手を滑らせた拍子に、って可能性もあるし」


「それだけじゃないんだよ。他にも、髪の毛の一部が極端に短くなっててさ」


「それは、何だって?」


「本人は、ガムをくっつけて、仕方なく切ったって。その場所がまた、内側の目立たない部分でさ、前とか外側とかなら分かるけど、どうやったらそんなところにガム付けるかな、って」


「てかさ、逆にあんたのほうこそ、よくそんなの気付いたよね?」


「こうめって髪長いから、洗い物するとき、髪の毛結ぶだろ? その時初めて見つけたくらいだから、普通に見てる分には、絶対に気付かないと思う」


「ふうん、なるほどね~」


「木の実はどう思う? これって、またオカンに何かされてんのかな? こうめが言った通り、僕の思い過ごしなら全然OKなんだけど?」



 ハンバーガーを完食し、シェイクで口を潤すと、木の実ちゃんの意見に耳を傾ける聖くん。


 深刻な話をしながらでも、しっかり食欲は満たすタイプのようで、せわしなくポテトに手を伸ばしては口に運ぶ様子に、木の実ちゃんも少し呆れ顔で笑いました。


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