23話 誕生日のサプライズ

 今回も慣例に法り、朋華ちゃんの伴奏で『ハッピーバースデー』を歌い、ロウソクの火を吹き消す聖くん。ケーキは彼のご要望通り、大好物のブルーベリーをふんだんに使った『ブルーベリーのババロア』です。


 ペーストを練り込んだラベンダー色のムース部分と、実をちりばめた透明なゼリー部分の二層からなるちょっと大人のビジュアルに反し、ふるるんとしたその食感と、マスカルポーネに少し多めに加えた砂糖が醸し出す濃厚な甘酸っぱいテイストは、聖くんが望んでいたもの以上の出来栄えでした。



「もう、マジ最高! こんな凄いの作ってくれて、ホントにありがとな!」


「お口に合ったなら、何よりだわ」


「やっぱ、一家に一台、木の実だよな~!」


「だから、あたしゃ電化製品かっつーの!」



 いつものように、おちゃらけて笑い転げていたのですが、どこかいつもと様子が違い、余所余所しい感じで合図を送り合っている男子たちを不思議に思い始めたときでした。



「みんな、ちょっといいかな?」



 そう切り出したのは、聖くんでした。




 いつになく、あらたまった様子の聖くんに、私たちも姿勢を正しました。



「何?」「どうしたの?」


「ここで、夏輝から発表があるそうです! ほら、夏輝」


「う、うん」



 そう言って、ソファーから立ち上がった夏輝くん。大きく深呼吸すると、



「松武こうめさん!」



 いきなり私の名前を指名。


 何故呼ばれたのか分からず、両隣の木の実ちゃんと朋華ちゃんも、首を傾げるだけで、とりあえず席を立ち上がった私。


 対して、やはり男子たちは何か魂胆がある様子で、聖くんは小さくファイティングポーズを取るように身を乗り出し、冬翔くんは膝の上で手をクロスしてうつむいたまま目を閉じ、ふたりとも夏輝くんの次の言葉をじっと待っています。



「あ、あの、遅くなりましたが、この前怪我をしたとき、真っ先に止血をしてくれて、ありがとうございました!」


「そんなこと」


「いえ! 僕は本当に嬉しかったです! もしこうちゃんが止血してくれていなかったら、死んでいたかも知れません!」


「そんな、大袈裟な」


「いえ! ホントにあの時死んでたら、今頃はあの世で…!」


「ゴホン!!」



 一向に要領を得ない夏輝くんのスピーチに、業を煮やした聖くんが咳払いで何かを合図。アイコンタクトで、小さく頷いた夏輝くんは、気を取り直して、話を続けました。



「あの日、電車で再会したときから、こうちゃんのことが好きでした」


「えっ!?」


「本当は、もっと遡って、幼稚園の頃からずっと好きでした」


「・・・」


「この前のことで、自分の気持ちを確信しました! ですから、松武こうめさん!」


「は、はい」


「ぼぼぼ僕、僕と…」


「落ち着け!」「夏輝頑張れ!」



 聖くん、冬翔くんに励まされ、もう一度深呼吸をした夏輝くん。じっと私の瞳を見つめて、絞りだすような声で言いました。



「僕と、付き合ってください!」



 沈黙の中、全員の視線が私に集中し、小さく深呼吸した後、差し出された彼の手を握ると、にっこり微笑みながら、



「宜しくお願いします」



 と答えた次の瞬間、室内にクラッカーが響き渡りました。


 聖くん、冬翔くんは勿論、きょとん顔をしていた女子ふたりまで、空になったクラッカーを手に、拍手しているのです。



「何!? ふたりとも知ってたの!?」


「当然でしょ~! こういうときに協力するのが、友達だもの、ね~!」


「まー、それにしても、聖と冬翔の挙動不審ぶりったら。もうちょっとポーカーフェイスとか出来ないわけ?」


「夏輝があまりにも頼りなげだったもんで」


「身内として、フラれたときのことを思うと、気が気じゃなくて」



 木の実ちゃんの駄目出しに、しれっと毒を吐くふたり。


 当の夏輝くんは、極度の緊張から解放された安堵感と、OKを貰った喜びから、にこにこデレデレして、ふたりの悪口が全く耳に入っていない様子です。


 聖くんたちに冷やかされながら、隣同士の席に座らされた私たちに、



「それじゃ、カップル成立のお祝いに、私から一曲プレゼント」



 そう言って、シューベルトの『アヴェマリア』を奏で始めた朋華ちゃん。繊細な曲調と、幻想的な旋律は、私たちだけでなく、すべての人を祝福してくれるようで、誰もがその美しい音色に魅了されていました。





 自らそんな演出をする中、複雑な思いに苛まれていた朋華ちゃん。


 前回のジュース・デーの後、木の実ちゃん経由で、夏輝くんの告白に協力して欲しい旨を打診され、件の理由から自宅に電話を掛け辛いため、朋華ちゃんから発案者である聖くんに電話して、詳細を聞いて欲しいとのこと。


 男の子の家に電話をすることなど、生まれて初めてで、ダイヤルする指が震えたのは、ただの緊張ではないことを、彼女自身が一番分かっていました。


 私たちが電車で出逢ったあの日、背が高くて端正な顔立ちをした異国の雰囲気を持つ聖くんに対し、ファーストインプレッションで恋に落ちたのは、彼女だけの秘密でした。


 仲良くなるに従い、外見とは相反するひょうきんな部分とのギャップや、時々ちょっと乱暴な言葉遣いをするのもまた、彼女にとってはたまらない魅力に感じられるのです。


 受話器の向こうで、親友の告白の段取りを嬉々として語る彼の声に、押し寄せる胸の高鳴りを必死で隠しながら、その計画に賛同した最大の理由は、勿論、夏輝くんを応援したいという気持ちからでした。



 と同時に、自分の恋敵が減るという考えが過ったのも事実。



 男子校ゆえ、聖くんの周囲にいる女子は限られてはいますが、逆に側に居る女子はというと、姉の茉莉絵さんを除けば、常に行動を共にし、親友でもある私たち三人ということになります。


 普段から、よく人を褒める聖くんですが、その中で、お料理が上手な木の実ちゃんや、ヘルプやフォローが得意な私に対する評価が高く、おそらく本人は深い意味もなく言ったのであろう、



「料理や気遣いの出来る女の子って、いいよな~」



 という彼の言葉が、彼女の中にモヤモヤしたものを生じさせ、日に日に膨らんでゆくその感情が『ジェラシー』であることを、最近になってようやく自覚したのです。


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