22話 夏休み

 ようやく、長かった梅雨が明けた途端、真夏の猛暑が町を包み込みました。


 期末テストの結果は、前回の中間同様、全員がUPという喜ばしい結果となり、恒例の三者面談では、担任から『大変頑張りましたね』というお褒めの言葉を頂いた私。


 それに対し母は、特待生で学費が免除にでもならない限り、興味がないといった様子で、受け取った成績表もちらりと見ただけで脇に遣ると、面談とはまったく関係ない来年受験する予定の妹の話をし出す始末。


 先生が話題を戻そうとしても、いかにゆりが良い子か、どれほど大切に育てているのかなど、一方的なアピールを止めず、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどの、『親バカ』を通り越して『バカ親』発言の連発です。


 母としては、ゆりが縁故枠で入学出来るようにゴリ押ししたかったようですが、そんなことをしたところで、それは担任教師の仕事ではないため、先生もいい迷惑ですし、限度を超えれば、むしろマイナスに影響する可能性もあることを、ゆりを溺愛するあまり分からなくなっているのでしょう。





 夏休みに入ると、それまでは週一回、土曜日に開催していたジュース・デーを、週二回、平日に変更しました。


 進学校である桜淵中学・高等学校では、お盆の一週間を除き、午前中は夏期講習が用意されており、建前上は希望者のみの自由参加でも、実際にはほぼ全員が受講するそうで、



「もうさ、頭おかしいって、うちの学校!」


「こんなんじゃ、夏休みの意味ないよな~」


「これ決めたヤツ、処刑ものだよ、ったく!」



 と、文句タラタラの桜淵中の生徒三人。


 もちろん、嫌なら参加しなければ良いだけのことですが、この夏期講習は通常の授業と連動しているため、必然的に自分だけ勉強が遅れることになります。


 大学受験に特化した中高一貫教育のため、高校一年生の段階で三年生までのカリキュラムを完了させ、二年生以降は志望校にターゲットを絞った勉強に集中するための夏季・冬季休暇を利用した時間割なのです。


 中学二年現在、彼らが学んでいるのは中学三年の内容で、二学期からは高校一年のカリキュラムが始まるため、そもそも私たちとはやっていることが違っており、一緒に試験勉強をしているとはいっても、こちらが教えてもらう一方でした。


 また、文武両道をモットーとする校風では、スポーツや芸術に於いても、絶対に手抜きを許さず、『健全な肉体』と『健全な精神』に『豊かな感性』が加わってこそ一人前という考え方は、創立当時から一ミリもブレず。


 それらは、一流大学に合格させるためではなく、社会に出てからしっかり力を発揮できる人間を育成するという信念により、より高いステージを目指そうと切磋琢磨する生徒が集う場所、それが桜淵なのです。





 とはいえ、我が藍玉女学園も、外から見れば独特の教育方針で有名。


 幼稚園から大学まで一貫し、週に一度、正課として、華・茶道からテーブルマナー、ドレスコード、社交ダンスや日舞に至るまで、衣食住すべてに渡り、あらゆる礼儀作法教育を取り入れていました。


 ただ、このカリキュラムは正課だけでなく、その他一般の授業の中にも組み込まれており、生徒からすると結構な曲者。


 重要なのは、上流階級向けのマナーだけにとどまらず、日常のお掃除やお洗濯のやり方から、お魚の下ろし方に至るまで、『ここはスーパー家政婦養成学校か?』と思いたくなるほど、徹底的に叩き込まれるのです。


 当然、これに反発する生徒も現れ、



「はたきのかけ方とか、お雑巾の絞り方とか、要りません! 私は、家事一切しなくていいお家に嫁ぎますから!」


「『しなくて良い』のと『出来ない』のとでは、まったく意味合いが違いますよ。そうしたことは知性や品格と共に、所作の節々に出るものですから、もし、あなたが世界的な上流階級のご家庭に嫁いだなら、尚更です。それに、そうした暮らしが永遠に続けばよろしいですが、万が一、すべてを失ったとき、何も出来ない、分からないのでは、悲劇の上塗りです」


「じゃあ、どこかの国のお妃さまにでもなればいいんでしょ!」


「外国の王妃なら、なおのこと。陰謀、転覆、失脚、暗殺、内乱、戦争、何が起こるか分かりませんし、余程のスキルを身に付けていなければ、国民の尊敬を得ることすら出来ませんよ」



 その逆もしかり。



「うちは一般家庭だし、テーブルマナーとか、ドレスコードとか、どーでもいいです! 一生、私には関係ないですから!」


「それはどうでしょう? 結披披露宴にご招待されれば、必ず必要になるでしょうし、結婚する男性のお立場によっては、必須事項になることもありますよ。あるいは、将来、あなた自身がお仕事で大成されて、そうした立場になることも、考えられますでしょう?」



 といった遣り取りが、先生と生徒の間で、年に何度となく繰り返されているのです。セレブ家庭に生まれようと、一般家庭に生まれようと、それが未来永劫続くとは限らず、将来のことは分かりません。


 特に女子は、結婚する相手によって、ふり幅が大きいものですから、家事全般まったく出来ないお嬢様の転落人生、常識も作法も一切知らないシンデレラストーリー、現実はどちらも大変です。


 そう考えると、やっておいて損はないということですが、如何せん、先生の指導たるや、相当厳しいものがありますので、思春期・反抗期、真っ只中の女の子にとっては『何で私が!』という気持ちにもなるというもの。


 ただ、大人になって、いざ社会生活をして行く中で、藍玉で学んだことには、多かれ少なかれメリットを感じているのも事実ですが。





 そういうわけで、集合は桜淵の講習が終わる午後からが恒例になっていました。


 毎年、悪戦苦闘しながらやっつけていた宿題も、彼らの力を借りながら、7月中には大半を片付け、残すは読書感想文と自由研究、そして二年生の美術の課題である静物画のみです。


 来週からは、お盆で夏期講習がお休みになり、出来ることなら毎日、朝から晩までジュース・デーをしていたいと思うものの、この時期はそれぞれのお宅で予定や行事が組まれているため、お盆前に全員で集まれるのは今日が最後。


 そして、今日は聖くんのお誕生日でもありました。


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