21話 姉弟
保志野先生の話を聞き終え、診察室を出ると、廊下でみんなが待っていてくれました。
夏輝くんの怪我の容体も大事なかったと知り、ホッと一安心。緊張の糸が切れたのか、朋華ちゃんは泣き出してしまったほど。会計で清算を済ませ、一旦北御門家に戻ることにしました。
行きは聖くんと木の実ちゃんが自転車でしたが、帰りは木の実ちゃんに変わり、冬翔くんが自転車に乗り、私たち女子三人と夏輝くんは、一緒に待ってくれていた茉莉絵さんの車で送ってもらうことに。
「でも、こうめの記憶の真実は、意外な展開だったんだね」
「まあ、何にしても、こうちゃんはサイコパスなんかじゃなかったってことで、良かったよ」
「それにしても、ゆりちゃんとこうめちゃんのママ、いったい何なの!? こっちの想像を遥かに超えるくらい、ホントに嫌な人たちよね!!」
「だよな~」
「だいたい、いくら小さいからって、他人に噛みつくとか信じられない! 吸血鬼か、オオカミかっつうの! しかも…」
北御門家のリビングで、先ほど保志野先生から聞いた内容を精査しながら、それにしても私の母の非常識さに、誰もが呆れるばかり。特にゆり大嫌いな朋華ちゃんは、悪態が止まりません。
すると、不満そうな顔をした聖くんが、いきなり横柄な口調で言ったのです。
「ってかさ、おまえ、いつまでここに居んだよ?」
「ん? 今、お礼のケーキを頂いてるとこだから、お構いなく。これ、うんまっ!」
「用が済んだんだから、とっとと帰れよ、ブス!!」
「おまえな、それが自分の親友の命の恩人に向かって言う言葉か~? これも、うまっ!」
「モデルのバイトしてるやつが、んなに食って良いのかよ!? ブスでデブなんて、生きてる価値ねーだろ!」
今回の大ピンチに、車を出してくれた茉莉絵さんへのせめてものお礼にと、たくさん作ったお料理やケーキを一緒に食べて頂こうとお誘いし、それに快く応じてくれたのです。
まあ、聖くんの気持ちも分からなくはありません。友達の中に、自分の兄弟姉妹がいるというのは、この年代にとって嫌なもので、私だってここにゆりが来たら、同じような反応をするに違いありません。もっとも、そんなことになれば、朋華ちゃんが黙ってはいないでしょうが。
「ちょっと聖くん、何なの、その言い方?」
「そうよ! 茉莉絵お姉さまに謝りなさいよ!」
「おお、可愛い妹たちよ! この恩知らずの馬鹿弟に、もっと言ってやって~! 何これ、こっちもうんっまっっ!」
完全に女子三人を味方に付けた茉莉絵さん。本日のヒロインに暴言を吐き続ける聖くんの立場は悪くなる一方です。
「図々しいだろが! ちょっとは遠慮しろよ、このブス!」
「さっきから聞いてれば、ブスブスってあんた、陰で私たちのこともブスって言ってんじゃないだろうね?」
「何それ!? 酷ーい!!」
「言ってねぇーって!! あ゛ーーっ、もう最悪じゃん!! さっさと食って帰れよっ、このブースっ!!」
とうとうふて腐れてしまった弟を無視したまま、思う存分お料理とケーキを楽しんだ茉莉絵さんは、食後にチョイスした缶コーヒーを飲みながら、
「それにしても、あなたたちまだ中学生なのに、凄い結束力と機動力っていうか」
「そうですか?」
「正直、ここへ到着するまでは、きっとみんなでパニクって、何も出来ずにただ待ってるんだろうな、って思ってたんだけどね」
「いや、全員がパニックでしたって!」
「そうですよ! 茉莉絵さんが来てくれなかったら、どうなってたか」
すると、彼女は首を横に振り、一人一人の顔を見ながら言いました。
「だってさ。怪我をした子を止血する子、車まで誘導する子みたいに、しっかり役割分担してて、車が血で汚れないように気遣いまでするとか、中学生が自発的にしてるとは思えないくらい」
「そんなことしてたっけ?」
「夢中だったから、あんまり覚えてないけど…私はこうめが止血してたから、とにかく、ガラスを片付けないとと思って」
「僕も。そのままにしといて、また誰かが怪我するといけないしって」
「私は、ガラスの片付けは出来ないけど、目視でならチェックできると思ったの」
「僕も、こうちゃんが止血してくれたから、すぐにタクシーを呼びに行った」
そう言った全員の視線が、私に集中したものの、私には何の動機づけもなく、気が付いたら身体がひとりでに動いていたのです。そう、ゆりを引っ叩いた時と同じように。
「私、自分がどう動いたのか、覚えてない…。ゆりのときと同じ…やっぱり、私、おかしいよ…」
「でも、一つだけ言えるのは、そのおかげで僕は大事に至らずに済んだってことだよね?」
「そうよ! 前におばあちゃまが言ってたっていう、『他人のためだと抑制が利かない』って、こういうことだったんじゃない?」
「うん、ゆりちゃんのことにしたって、僕たちを庇おうとしたって考えれば、辻褄が合うし」
「おい、ブス! おまえ大学で心理学勉強してんだろ? こういうの、説明できないのかよ?」
その言葉に、両脇から木の実ちゃんと朋華ちゃんに肘鉄を食らった聖くん。
のたうち回る彼を無視し、茉莉絵さんは飲み終えた缶をテーブルに置くと、
「私、まだ一年だから、あんまり詳しくないんだよね。機会があったら、ゼミの教授に聞いてみるわ」
「そうですか」「宜しくお願いします」
「それにしても、ここってホントに居心地いいよね。料理は美味しいし、気遣い出来る子ばっかだし、あんた、良い友達持ってラッキーだよ?」
そう言った茉莉絵さんに、ダメージから回復中の聖くん、
「おまえ、ここで見聞きしたこと、オカンには絶対に言うなよ!?」
「まあ、それはあんたの今後の心掛け次第だけど?」
「うわ、汚ったねーっ!」
姉弟のコントのような遣り取りに、思わず笑ってしまった私たち。
まだ中学二年生の私たちには、大学生の彼女はとても大人に見え、その容姿の美しさも相まって、自分にもこんなお姉さんがいたらどんなに良かったか、と憧れの感情が溢れる女子三人。
本日のヒロインを取り巻いて、他愛ないお喋りに花を咲かせ、あっという間に魔法が解ける午後五時になりました。
茉莉絵さんが車で送ってくださるというので、最初に朋華ちゃんを自宅に送り、次に木の実ちゃんの家に到着して、私もここで一緒に降りました。なぜなら、自宅付近で知らない人の車から降りる姿を私の母に目撃されれば、後々また面倒なことになりかねないからです。
あれほど茉莉絵さんに悪態をついていた割に、当たり前の顔で助手席に乗り、自宅へと戻って行く聖くんに、
「さすがは末っ子。ああいうところ、ちゃっかりしてるわ~」
「何やっても許されるって、幸せだよね~」
お互いの末っ子弟と重なり、ちょっと笑ってしまった私と木の実ちゃん。
「それじゃ、またね~」
「バイバイ! 気を付けてね~」
彼女にも別れを告げ、帰路に着きました。
来週から期末の試験期間に入るため、次週のジュース・デーはお休み。代わりに、皆で一緒に勉強をする約束になっています。
今は、一年中で最も昼間の時間が長い時期。試験が終われば、もう間もなく夏休みです。
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