15話 カミングアウト

 私の話を聞き終え、最初に口を開いたのは聖くんでした。



「普通、そこまで理不尽なことされたら、誰だってブチ切れるって。こうめがサイコパスかどうかっていう以前に、むしろよくそこまで我慢してたと思うよ」


「でしょ!? 私もそう思う。こうめちゃんは何にも悪いことしてないのに、酷過ぎるわよ。みんなだって、そう思うでしょ!?」



 そう加勢する朋華ちゃんに、大きく頷く聖くん。さらに夏輝くんもふたりに同調しました。



「ちょっとどころか、かなり限度を超えてるよね、おばさんもゆりちゃんも」


「そう! ゆりちゃんって、話を聞いてるだけでも腹が立っちゃう! 日記読んだり、告げ口したり、絶対に友達にはなりたくないタイプだわ!」


「もし僕がこうちゃんの立場でも、多分引っ叩いてたと思うし、それが普通なんじゃない? 全然サイコパスなんて思わないけどな」


「当然でしょ! こうめちゃんのママとゆりちゃんのほうが、よっぽどサイコパスよ!」



 一度嫌いになると、徹底的に拒絶するタイプの朋華ちゃん。私の母と妹への怒りが治まらず、みんなの意見に便乗して言いたい放題です。


 それに対し、木の実ちゃんは少し違う視点からの意見でした。



「最初に言っとくけど、私もこうめがサイコパスなんて思ってないから。思ってないけど、そのうえで敢えて言わせてもらうなら、妹に手を出した時点で、結構ヤバいレベルかも知れないと思うんだよね」


「木の実ちゃん、それ、どういう意味? 私たちが知ってるこうめちゃんは、いつだって優しくて、他人を傷つけるなんてこと絶対にないじゃない?」


「そこなんだよね。いつもとは違って、コントロールが利かない別人格みたいな状態って、やっぱり普通の精神状態じゃないと思うから、相当ストレスが溜まってるんじゃないかって」


「あ…確かに、それはあるかも…」



 木の実ちゃんの説明に、妙に納得して頷く朋華ちゃん。



「こうめが見たっていう血まみれの光景? それって、いつもおばさんから酷いこと言われたりされたりしてるうちに、無意識に『自分は悪い子だ』っていう暗示に掛かって、あたかも自分が罪を犯したように、記憶を作り上げたとも考えられるよね?」


「きっとそうよ! だって、おばあちゃまが、こうめちゃんはそういう子じゃないって、証言してくれたのよね!?」


「どっちにしたって、悪いのはこうめのオカンと妹じゃん。もうこの際だから、積極的に反抗したら良いと思う。目には目、歯には歯、暴力には暴力でさ」



 思いのほか武闘派な聖くんの意見に、理論で宥める冬翔くん。



「聖の言うことも一理あると思うけど、それが出来る人と出来ない人がいるわけだし、それが出来るくらいなら、こうちゃんだって苦労してないんじゃ?」


「そりゃそうだけど、それくらいしないと、オカンも妹も、やられた方の気持ちなんて分かんないだろうからさ!」


「けど、あのおばさんのことだから、下手に刺激すれば、腹いせに何仕出かすか分からないだろ。現に、何も関係ないことで、こうちゃんをストレス解消代わりのサンドバッグにしてるわけだし」


「あ゛ーーーっ!! マジ、面倒くせーオカンだよな!」


「ホントよ! 八つ当たりとかする人って最低! 人間が腐ってる!」


「何かギャフンと言わせるような方法、ないのかよ!?」


「無理だと思うよ。ああいうタイプは、ちょっとやそっとじゃ変わらないから」


「じゃあ、このまま黙って我慢してろってこと!?」


「別に、そんなことは言ってないだろ?」



 何だかこのままでは、聖くんと冬翔くんの口論に発展しそうな雰囲気になり、ふたりを遮るように言葉を挟んだ私。



「ごめんね。私なんかのために、せっかくのジュース・デーの雰囲気を悪くしちゃって」


「何言ってるの? 頭に来て当然じゃない!」


「そうだよ。僕たち、友達だろ?」


「だいたいさ、こうめは何も悪くないんだから!」


「ありがとう、みんな。でもね、正直言って、私、自分が怖い…」


「こうめ…」「こうめちゃん…」



 原因が母であれ誰であれ、先日のように、何かの拍子でスイッチが入り、またコントロールが利かなくなるかも知れないという不安。


 おまけに、いつそのスイッチが入るのか、どうすれば切れるのかも、今の自分にはまるで分からない状況なのです。



「そうなったら、私、いつか取り返しのつかないことをするんじゃないか、って…」


「だったらその時は、僕たちが全力で阻止すればよくない?」



 そう言ったのは、夏輝くんでした。



「こうちゃんが、いつそうなるか分からないし、24時間365日、ずっと一緒にいて見張ってられるわけじゃないけど、だけどもし、目の前でそうなったらさ」


「だよな! 腕力なら自信があるから、押さえ付ける役は僕に任せて!」


「僕も手伝うよ。男二人掛かりなら、さすがに女の子のこうちゃんじゃ抵抗出来ないだろ?」


「目を覚まさせるのは、私ね。引っ叩くかも知れないけど、その時はごめん!」



 それに賛同する聖くん、冬翔くん、木の実ちゃんの言葉に、思わず涙が出そうになった私。



「僕も、押さえるの手伝う!」


「私もやる! 何すればいい?」


「おまえらは、何もしなくていい!」



 三人に続いてそう言った夏輝くんと朋華ちゃんを、即答で却下した聖くん。



「え~! 酷~い!」


「そうよ。怪我でもしたらどうするのよ? そこで要救護者が増えたんじゃ、意味ないでしょ?」


「そうゆうこと。こうめも大事だけど、朋華だって夏輝だって、他のみんなだって、同じだけ大事だからさ。ま、ここは『機動部隊』と『見守り部隊』の役割分担ってことで」



 それに対し、やや不満顔の夏輝くん。



「けど、言い出しっぺは僕なのに、何も出来ないっていうのも、何だかな~」


「んなことはない。もし僕に何かあったときは、真っ先に夏輝に助けてもらうことにするからさ」


「え?」「は?」「へ?」



 そう言った聖くんに、間髪入れず茶々を入れる面々。



「聖に何かあるとか、想像つかねー」


「確かに。大抵のことは、ゴリ押しで何とかしそうだよね」


「その前に、何かあったことすら気付かない、みたいな~?」


「おまえらな~!」



 こうなるともう止まらず、みんなの間にいつもの調子が戻って来ました。





「みんな、ありがとうね。おかげで、すごく気持ちが楽になれた」



 改めてお礼を言った私に、みんなはにっこり笑うと、



「良かった。でも、もし何かあったら、すぐに私たちに言ってよね?」


「そうだよ。絶対に一人で抱え込んだりするなよ?」


「うん」


「よし! それじゃ、急いで準備しよう!」


「OK! じゃあ、私は急いでお料理作るから、誰かヘルプ入ってくれる?」


「はい」「僕も」


「それじゃ、そっちは冬翔とこうめ、頼むな。こっちは僕たちで…って、見守り部隊かい!」


「へいへい、戦力指数低くて、すんませんね~」


「は~い、私、割り箸並べま~す!」


「僕、お菓子の袋を開けま~す!」



 屋内には、冗談を言い合いながら、楽しそうに準備をする声が飛び交います。


 出来る人が出来ることをやり、手の空いた人がフォローに入り、笑顔で言葉のキャッチボールが出来る仲間たち。彼らと同じ空間、同じ時間を共有しているということが、毒母に苦しめられていた私には、何よりの癒しでした。


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