14話 自己嫌悪

 その頃、祖母に自室に連れられて行ったゆりは、いかに自分が酷い仕打ちを受けたのか、身振り手振りを交え、滔々とうとうと語っていました。


 が、それを聞いた祖母は、静かな口調でお説教を始めたのです。



「そうね。確かに打ったりするのは良くないことよね。でも、今回のことは、ゆりちゃんが悪いわ」


「どうして!? ゆりは何も悪いことしてないのに、打たれたんだよ!?」


「じゃあ聞くけど、勝手に他人ひとの日記を読んだり、他の人に見せたりするのは、悪いことじゃないのかしら?」


「だって、日記に書いてあるのは、本当のことだよね? じゃあ、別に誰が読んだって良くない? ゆり、嘘ついたんじゃないんだもん、何が悪いの?」



 まったく悪びれた様子もなく、そう答えるゆりに、祖母は突拍子もない質問を投げ掛けました。



「たとえばね、5年生にもなったゆりちゃんが、オネショしたとするわね。そのことを、学校のお友達や、ご近所の皆さんに話してもいいかしら?」


「それは駄目でしょ!」


「どうして? 本当のことなら、誰が知っても良いって、さっき言ったわよね?」


「日記とオネショじゃ、レベルが違うよ! だいたい、オネショをバラすなんて、人としてどうかしてるでしょ」


「そうかしら? ゆりちゃんがオネショをバラされたら嫌だと思うように、勝手に日記を読まれたら嫌だと思う人も、世の中にはたくさんいるものよ。少なくとも、こうちゃんにとっては、オネショをバラされたのと同じようなものよ」


「でも、お姉ちゃん、ゆりのことったんだよ?」


「その前に、ゆりちゃんがお母さんに日記を見せたことで、こうちゃんはお母さんに叩かれたのよね?」


「それは、お姉ちゃんが悪いことをしたから…」


「お友達のお家に行くことが、そんなに悪いことなのかしら? ゆりちゃんも、お友達のお家に遊びに行って打たれたら、自分は悪いことをしたんだって思う?」


「それは…」



 すると、祖母は私が叩いたゆりの頬を撫で、優しい口調で言いました。



「叩かれて、痛かったわね。こうちゃんも、お母さんに叩かれて、痛かったと思うわ」


「ゆりのせい…?」


「こうちゃんがあんなに怒ることは、滅多にないことだものね。少しして、ほとぼりが冷めたら、おばあちゃんと一緒に、謝りに行きましょう」


「許してくれるかな…?」


「きっと、大丈夫よ」



 これまで、一度だって打たれたことがなかったゆり。その痛みを知って、少し反省したのか、



「じゃあ、おばあちゃんはこうちゃんの所へ行くから」


「おばあちゃん! お姉ちゃんに、ごめんねって…」


「分かったわ。伝えておくわね」



 その言葉にゆりはこっくりと頷き、祖母も笑顔で頷き返しました。






~コンコン~



 ドアをノックして入って来た祖母の顔を見るなり、張り詰めていた糸が切れたように、私の瞳から大粒の涙が溢れ出しました。


「泣かなくっても大丈夫よ。ゆりちゃんもごめんねって、謝ってたし…」


「おばあちゃん… 教えて…」


「なあに? なんでも聞いて頂戴」


「私は、平気で他人ひとを傷つける子供…だった…?」



 すると、祖母は穏やかな笑顔を浮かべ、



「こうちゃんは、そういう子ではなかったわね」


「ホントのこと言って! 今日だって、私はゆりを…!」


「そうね。あんなふうなこうちゃんを見るのは、初めてではないわね」



 その言葉に、私は全身から血の気が引くような気分になりましたが、相変わらずニコニコしたまま、祖母は続けました。



「ただ、こうちゃんは、自分のことじゃなくて、誰かのためになると、抑制が利かなくなることがあるみたいなのよ」


「誰かの…?」


「こうちゃんのことだから、今回のことも、お友達に迷惑が掛からないか、心配だったんじゃない?」



 図星でした。さすがに、私が赤ちゃんの時からずっと見ているだけのことはあります。


 日記には詳細は書いていないまでも、母に『ジュース・デー』のことをどこまで知られたのか、そのことでまた余計なことを仕出かして、みんなに迷惑を掛けやしないかと、それだけが心配でした。



「ホントに、私は…?」


「大丈夫。こうちゃんは、とっても正義感の強い子で、誰かを傷つけたことなんてなかったわ。おばあちゃんが証明するわよ」


「…うん」



 だとしたら、あの鮮明な映像は何だったのか。記憶ではないなら、私が作りだした妄想だということでしょうか。辻褄が合ったと思えた母の態度も、これでまた振り出しです。


 祖母の様子からは、嘘を言っているようには思えず、私の中では謎が深まるばかりでしが、それ以上祖母に訊くのも気が引け、ひとまず自分の胸の内に収めておくことにしたのです。





 週末、二度目のジュース・デーで、北御門家に集まった私たち6人。


 前回同様、リビングのテーブルに並べられたたくさんの飲み物とお菓子の他に、キッチンにも色々な食材が用意されていて、すなわちそれは木の実ちゃんに何か作って欲しいというラブコールです。


 到着して早々、食材を見繕ってもらおうと、木の実ちゃんに声を掛ける冬翔くん。聖くんと夏輝くんも、コップを並べている途中でしたが、



「みんなごめんね。少しだけ、時間を貰ってもいい?」


「いいよ」「どうかしたの?」


「うん。みんなに話しておかないといけないことがあるの」


「分かった。全員、ソファーに集合!」



 一旦作業を中断して、全員がリビングのソファーに座ったところで、私は先日の出来事をカミングアウトしました。


 あの日の翌日、とても一人では抱えきれず、学校で木の実ちゃんと朋華ちゃんに相談した私。この出来事を話すべきか悩んだのですが、ちゃんと伝えておこうと決めたのです。


 祖母はああいったものの、自分にも母と同様の凶暴性があり、それを発動してしまったのは事実。もしそれで軽蔑されたとしても、そうした一面も含め、私であることに違いありません。


 それ以上に心配だったのは、私が北御門家に行ったことを、母が知っているということでした。これまでもそうだったように、それでみんなに迷惑を掛けることにでもなれば、大問題です。


 そんな私の気持ちを汲んでくれたふたりは、私がカミングアウトしている間中、ずっと両サイドに腰かけ、手を握ってくれていました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る