13話 サイコパス
姉妹なのに、常に理不尽ばかりを強いられる私にしてみれば、何の努力も苦労もせず、あの守銭奴の母が高額な授業料に目を瞑ってまで、合格を約束されているゆりに対する腹立たしさといったら、言葉になりません。
それでも、やはり一筋縄では行かないといいますか、母のやり口は数段、いや数倍は
教育資金に限らず、誕生日、クリスマス、発表会と事ある毎に、祖父母に実費以上出資させては、そのほとんどを自分の懐に着服していた人ですから、まさに筋金入りの守銭奴だった母。
その母が、間接的とはいえ、大枚をはたくほどの弟妹への溺愛ぶりと、相対する私への冷遇は、今考えてもかなり異常なものでした。
普段はへなちょこで、何をするにもすぐに音を上げるゆり。なのに、一度こうと決めたときの強情さだけは人一倍で、そんな馬鹿力がどこにあったのか、意地でも日記帳を離そうとしません。
そのポテンシャルとエネルギーをもっと有効に使えば、凄い成果を上げられそうなのにと半ば呆れながらも、とにかく日記帳を取り戻すことが先決です。
「返しなさいよ! 他人の日記読むなんて、信じられない!」
「だって、面白いんだも~ん」
「あんたね、デリカシーってものがないの!? 人としてどうかしてるよ!」
「ゆりだけじゃないもん!」
「は? どういう意味よ?」
「ママにも見せてあげたら、すっごい褒めてくれたし、さっきだって、一緒に読んでたんだから~」
瞬時に、この一連の出来事が、ゆりの仕業だと理解した私。
考えてみれば、あれほどバレないよう慎重に事を運んでいたのですから、母が北御門宅に行ったことを知るには、日記を読んだ以外にあり得ず…
~パーーーン!!~
突然、室内に響いた渇いた音。それは、私の手がゆりの頬を引っ叩いた音でした。
すべてを理解した瞬間、怒りや憎しみ、報復や制裁といった思考が過るよりも早く、自分の意思とは思えない速さで手が出ていた私。
拮抗していた日記帳の奪い合いも、力を加えた感覚もなく、気が付けばゆりの腕を掴み、軽々と至近距離まで引き寄せていました。
「うわああぁぁぁぁぁーーーーーんんんっっっ!!! お姉ちゃんがぶっ…!」
大袈裟に号泣しながら、言い掛けた言葉も終わらないうちに、二発目を繰り出し、さらに声を張り上げてもお構いなしに、続けざまに三発目をお見舞い。
自分でも何が起きているのか分からず、私自身の意志や感情とは関係なく勝手に動く身体に、まるでコントロールが利きません。
「ママに言いつけてやるから!!」
そう叫んだゆりの言葉に反応するように、四発目、五発目と繰り出すうち、不意に身体の奥底から不気味な快感が湧きあがって来るのを感じ、全身の皮膚という皮膚が粟立つのが分かりました。
能面のような無表情のまま、躊躇なく無言で平手打ちし続ける姉の、まるで別人のように豹変した姿に、思わず恐怖で固まる妹。
腕を掴まれているため、逃げることも出来ず、すっかり戦意喪失して抵抗しなくなっているゆりに、制裁を加えたい、もっと、もっと…、ゆっくりと追いついて来た感情により、そんな衝動に駆られた時でした。
「騒々しいわね。何事? ねえ、こうちゃん、この風呂敷なんだけど…」
大切そうに風呂敷を抱え、私の部屋へやって来た祖母の声で、ハッと我に返ったその瞬間、私の頭の中に、鮮明な映像が広がったのです。
まだ5歳くらいでしょうか、べっとりと血が付いた服を着ている私。何かは分かりませんが、掌に何かを握っている感触がありました。
足元には、額から血を流した幼いゆりが床に転がって大泣きしていて、そのすぐ傍には激怒している母の顔。その他にも何人かの人たちが大騒ぎしているものの、それが誰なのかは分かりません。
「何をしているの!? ふたりとも、やめなさい!」
そう叫んだ祖母の言葉に、反射的に私が手を緩めた隙に、ゆりはするりと逃げだすと、祖母の懐に飛び込み、再び大袈裟に泣き叫びながら訴えました。
「うわああぁぁぁぁーーーんんっっ!! お姉ちゃんが
先ほどの出来事と、床に落ちた日記帳、私たち姉妹の状況から、だいたい何があったのかを察した祖母は、私に少し待つように言い、ゆりを連れて部屋を出ました。
出て行く瞬間、私のほうをチラ見したゆりが、小さく舌を出したのが分かりましたが、それどころではなく、崩れるように床に座り込んだ私。少しずつ落ち着きを取り戻すにつれ、自分に対する嫌悪感でいっぱいになります。
私は暴力を憎んでいたはずなのに。自分がされて嫌だから、他人には絶対にしないと決めていたはずなのに。気が付けば妹に対し、自分が母と同じことをしていたという事実。
どんなに嫌悪しても、自分にも母と同じ血が流れていることは間違いなく、それを自覚したくらいではどうにもならないということなのでしょうか。
何より、理屈ではなく、理性でもなく、感情さえもなく、スイッチが入ると勝手に身体が動き、自分でもコントロールが利かないことに対し、自分がサイコパスではないかという恐怖が湧き上がります。
気になるのは、先ほど脳内に浮かんだ映像です。もしあれが幼い頃の記憶だとすれば、あの血は誰のものなのか。状況から考えて、私は過去にもゆりに暴力を振るい、大怪我をさせたということなのでしょうか。
現に、ゆりのこめかみには小さな傷跡があり、そう考えれば、これまでの母の私に対する態度も、何となく納得が行くというもの。人様に危害を加えるようなサイコパスの娘など、恐ろしくて愛情を注げる道理などないでしょう。
ひょっとしたら、私の記憶にないだけで、私のスイッチが入るたびに、そうしたことが何度も繰り返されて来たのだとすれば…
そう思うと、心が押し潰されそうになりましたが、やはり自分のことなのですから、怖いけれど真実を知っておくべきだと思い、膝を抱えて床に座り込んだまま、ひたすら祖母が戻るのを待ちました。
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