3話 通学電車
3両目の最後部のドア付近のスペースに立ち、他の乗客の迷惑にならないよう、小さめの声でお喋りをしていた私たち。
「ったく、ざけんなっつーの。ただでさえ干渉され続けてるのに、通学時間まで没収されたら、息出来なくなって死ぬわ」
「結局さ、『あなたのためを思って~』ってヤツでしょ?」
「ホント、いい迷惑だよね~」
「いっその事、私、不良にでもなっちゃおうかな~?」
「えっ!? 不良って、具体的にどうするの??」
「え…っと、悪い言葉遣いとかして、ママのこと『クソババア』って言う」
「おおっ、不良っぽい~」「それから?」
「それから、えっと…夜外に出てって、万引きしたり、お酒飲んだり、煙草吸ったり~」
「悪っ!」「これは本格的かも」
「あと、銀行強盗したり、公共機関を爆破したり、高跳びしたり~」
「いや、それもう不良通り越して、犯罪だし」
「朋華、どこに向かおうとしてるんだか?」
「あはは! で、最後に家のピアノを叩き壊すの」
「結局、最終目的はそこなわけね?」
「うん!」
「んで、それをして、何がどう変わるか、ってことだよ」
三人の中で、一番クールで現実的な木の実ちゃんの言葉に、少し考え、小さく溜め息をつきながら、悲しげな表情で答える朋華ちゃん。
「事態は、より最悪になるだけだわ、24時間強制監視体制とか~!」
「座敷牢行き、決定だね」
「さよなら、朋ちゃん! あなたのことは、一生忘れないから~!」
「嫌~! 私を見捨てないで~~!」
何だかんだと悪態をついたところで、実際には何一つ実行に移せないばかりか、結局は親の加護の元でしか生きられない無力なお子様であることなど、自分でも嫌というほど分かっていました。
そのうえで、くだらない妄想や、自虐的なオチで盛り上がって笑うことが、自分たちに出来るささやかな反抗でした。
家に帰っても楽しいことなど何一つなく、刻一刻と自宅に近づく電車が駅に停車するたび、今日一日の自由時間の終了を告げるカウントダウンのように感じられ、それを払拭するように、無理に明るく振る舞っていたのです。
私たちが利用している路線の途中には、いくつかのターミナル駅があり、そのうちの一つ『市役所前駅』に停車した際、いつになく大勢の男子生徒たちが乗り込んで来ました。
この駅に乗り入れている別の路線の先には、桜淵中学・高等学校という中高一貫の男子校があり、どうやら、たまたま乗車した時間帯の電車が、あちらの下校ラッシュと重なってしまったようです。
威勢よくなだれ込んで来た彼らに、車両の中央へ押しやられた私たち。身動き取れないほどではないにせよ、体格の良い上級生の男子生徒たちに取り囲まれた状況は、まるで谷底に居るような感覚に陥ります。
普段、女の子ばかりの環境にいるせいか、同年代の男子はちょっと苦手でした。特に、初等科から女子校育ちで、男子に免疫がない朋華ちゃんにとって、この状況はまさに異世界。さっきまでの元気はどこへやら、私と繋いだ手に汗が滲んでいました。
「大丈夫?」
「うん、平気…」
「後3駅だから、頑張ろう」
終点までは、残り3区間。時間にして、十数分ほどの辛抱です。
なるべく気にしないように、小さな声でお喋りを続けていたのですが、ふと誰かの視線を感じて周囲を見回すと、人ごみの隙間からこちらを見ている男子生徒と目が合いました。
私たちと同学年くらいで、一見、好感度高めの大人しそうな子でした。目が合った途端、視線を外したため、私の思い過ごしかと思ったのですが、しばらくするとまた目が合っては逸らすの繰り返し。
さすがに一駅区間で3~4回も目が合うというのは普通ではなく、どうやら意図的にこちらを見ていることを確信した途端、少し気味が悪くなりました。
「ねえ、何か私たち、さっきから見られてる?」
「だよね?」「私もそう思った」
ふたりも彼に気付いていたらしく、しばらく様子を見てましたが、むこうも私たちが見ていることに気付くと、開き直ったのか、あからさまにこちらをガン見して来ました。
さすがに怖くなり、場所を移動しようか、いや、一言文句を言ってやろうかと相談していると、ガン見の彼が人ごみを掻き分け、こちらに向かって来たのです。
「やだ、怖い…!」
思わずそう叫んだ朋華ちゃんの声に、すぐ真横にいた高校生グループのお兄さまたちが異変に気付き、声を掛けてくれました。
「どうかしたの?」
「え、あの…、あの人が、ずっとこっちを見てくるんです…」
「あいつか?」
「は、はい!」
お兄さまたちは、私たちの前に立ちはだかる形で壁つくってくれましたが、それすら無視してさらに接近を試みようとする彼を腕で遮り、
「やめとけ。藍女の子とトラブルを起こすな」
と、やや威圧的な口調で忠告。瞬時に、車両中が緊張した空気に包まれ、周囲にいた生徒たち全員の視線が、その遣り取りに集中します。
両校は立地が近く、男子校と女子校のためか、カップルも多いというもっぱらの噂でしたが、思春期の少年少女故に、しばしばトラブルに発展することもあり、これには両校ともに頭を悩ませていました。
進学校の桜淵では、中高とも毎日7時間授業のカリキュラムのため、そもそも下校時刻が重ならないなど、なるべく生徒同士が接触しない工夫を設けてはいるものの、私たちのようにたまたま乗った電車が、相手校の下校ラッシュと重なるケースもあります。
本人に悪意はなくても、ちょっとした好奇心から眺めていたことが、相手方の不快感を煽ったりするのですが、厄介なことに、本人からの申告よりも、それを目撃した第三者から学校へ通報が入ることも多く、ほんの些細なことから面倒な状況になることも。
まして、これだけの目撃者がいる中、明らかにガン見しながら近づいて来たとなれば、両校を巻き込んでの大問題に発展しかねない事態です。
「あ、いえ、そうじゃないんです!」
「じゃあ、どういうことだ? 分かるように説明しろ」
「僕の知り合いかも知れないな~、と思って」
「知ってる?」
確認のために私たちにそう尋ね、三人とも首を横に振るのを見て、
「知らないみたいだな。おまえ、何年の誰だ?」
「二年の北御門です。北御門夏輝といいます」
「あっ!」
特徴のあるその苗字を聞いた途端、彼が誰なのか思い出した私。パニックのあまり、冷静に顔の判別も出来ずにいたようです。
「なっちゃん!?」
「よかった! やっぱりこうちゃんだ! こんなとこで会うなんて、奇遇だね」
お兄さまたちの間から覗き込むように顔を出した私に、そう言ってにっこり笑った彼。すっかり幼さが抜けてはいましたが、よくよく見れば、ちゃんと昔の面影が残っています。
「知り合いだった?」
「すみません、遠い親戚で、幼稚園のクラスメートでした。お騒がせしました」
そう答えた私の説明に、思わず周囲の男子生徒からも笑いが零れ、一気に場が和みました。
「なら、通って良し!」
そう言うと、彼のためにスペースを空け、一緒にいた他2名も呼び寄せてくれる気遣い。
後に知るのですが、最初に声を掛けてくれたのは桜淵の生徒会長でした。文武両道で、礼儀を重んじ、硬派で有名な校風は、彼のようなリーダーを中心に、脈々と受け継がれているのでしょう。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。もし、うちの後輩に失礼があれば、遠慮なく声を掛けてね」
お礼を言った私たちに、小さく手を挙げにっこり微笑むと、後は何もなかったようにこちらに背を向け、手持ちの文庫本を読み始めるスマートさに、ちょっと胸キュンしていた私たち。
心遣いに感謝しながら、少し遅れて合流した二人も加わり、周囲の迷惑にならないように、小さな声で話し始めました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます