4話 出逢い

 込み合う電車の中、生徒会長さんの計らいで周囲の協力を得ながら、私たちのところまで移動して来た三人。



「ごめんね、すぐになっちゃんだって分からなくて」


「ううん、僕のほうこそ。こうちゃんていう確信が持てなくてさ、怪しい行動で混乱を引き起こしてしまって」



 とりあえず、お互いにさっきのことを謝り、まだよく事情が理解出来ずにいる朋華ちゃんたちに紹介しました。



「えっと、紹介するね。こちらは私の親戚で、北御門きたみかど夏輝なつきくんと冬翔ふゆとくん」


「はじめまして」「よろしく」



 私たち(正確には私)をガン見していたのは、幼稚園のクラスメートであり、祖母方の遠縁にあたる北御門夏輝くんといいます。


 正式な続柄は『四従兄よいとこ=10親等』で、五代前の祖父が同じという、ほぼ他人同然の薄い血縁関係でしたが、祖母同士が又従姉妹またいとこで昔から仲が良く、幼い頃はお互いの家を行き来して、よく一緒に遊んでいました。


 夏輝くんと一緒にいたのは、彼の双子の弟の冬翔くん。前回ふたりに会ったのは、私たちが小学二年生のときで、五代前のご先祖様の100回忌法要だったと記憶しています。


 そして、もう一人は、私も初対面でした。



「で、えっと、こちらは…?」


「はじめまして、淵井ふちいひじりです。ちなみに同級生」



 そう自己紹介した彼の彫りの深い端正な顔立ちと、背の高さから、一見して外国の血が入っていることが分かりました。



「聖はね、おじいちゃんがドイツ人なんだよ」


「そ! 父さんがハーフで母さんが日本人だから、自分はクオーター」


「そうなんだ。何かモデルさんみたいで、カッコいいですね」


「マジで? ありがとう! そう言われると、悪い気はしないな~」


「おおっ! 聖、モテるねぇ~」


「妬くな、妬くな」



 そんな遣り取りから、三人の仲の良さが伝わって来ます。



「こちらが、私のクラスメートで親友の、楢葉木の実ちゃんと、笹塚朋華ちゃん」


「はじめまして」「ごきげんよう」



 一瞬、周囲の視線が集まり、慌てて口を噤んだ朋華ちゃん。


 私たちの学校では、代々、挨拶はすべて『ごきげんよう』に統一されており、ついいつもの習慣で無意識に出てしまったものの、他校の生徒からは『都市伝説』のように噂されていることは、私たちも知っていました。


 初めて生で耳にしたそれは、彼らにとって衝撃的だったようで、『マジか~』『初めて聞いた~』等、ヒソヒソと話す声が聞こえて来ます。


 ちょっと気まずい雰囲気になり、押し黙った私たちに気遣ってか、あえてそこに触れてくれた聖くん。



「藍玉の子って、ホントに『ごきげんよう』って言うんだね」


「校内では、そう言う決まりになってるから」


「僕、初めて聞いたけどさ、何か可愛いよね。やっぱ、学校の中では、みんなお嬢様言葉みたいな喋り方してるの?」


「してない、してない!」


「全然普通の話し方だよ。むしろ、言葉遣いが悪くて、たまに先生から指導が入るくらい」


「へえ~、そうなんだ。でも、そのほうが親近感が湧くよな?」


「うん、そうだな」


「夏輝もそう思うだろ?」



 そう言って、同意を求められた夏輝くんでしたが、まったく話を聞いていなかったのか、顔を上げると、いきなり木の実ちゃんたちに向かって、



「それより、さっきはびっくりさせちゃったよね? ホントにごめんね」



 と、謝罪。ふたりとも、一瞬話の流れがかみ合わず、言葉に詰まったものの、



「え? あ、いえ」「大丈夫です」



 この状況と雰囲気では、そう答えるしかなく、このタイミングでの謝罪に、思わず苦笑するふたり。



「良かった~! 許して貰えなかったら、どうしようかと思った~」



 ですが、一人安堵する夏輝くんに、



「良かった~、じゃねえわ!」


「え? 何、何、どうして?」


「ってか、こっちのほうがびっくりしたんだからな!」


「そうだよ。無言で女の子のほうへ向かってくわ、先輩に怒られるわ、心臓が止まるかと思ったよ」


「こっちにも、みんなにも謝れ!」


「すみません…」



 思いがけず、身内からの容赦ない攻撃に、黙ってうな垂れた可哀想ななっちゃん。余程反省していると思いきや、その数秒後には、



「ところでさ~」



 と、話題を変える切り替えの早さ。



「オマエ、反省してないだろ?」


「引きずらないタイプなんで。2秒で忘れることが、特技です!」


「なんちゅう強メンタル!」


「記憶力なー!」



 まるでコントのような男の子たちの遣り取りが可笑しくて、我慢出来ずに思わず笑ってしまった私たち。


 私の親戚であることに加え、ずっと前からの友達と錯覚するほど気さくな彼らのペースに、はじめはかなり緊張していた朋華ちゃんも、気が付けばごく自然に笑顔で会話に参加していました。


 いつもと違う環境に、テンションが高めだったおかげで、混雑した車内も不快に感じることなく、終点に到着するまであっという間でした。せっかく話が盛り上がっていたところ、このまま解散するのも何だか物足りず、もう少しだけお喋りしようと、改札口の脇にある伝言板の横に移動したのです。


 今になって考えると、もしこのときにそのまま解散していたら、私たち6人の関係はここで途切れていたかも知れず、おそらくこの瞬間から、運命の歯車が動き出したのだと思います。



「そういえばさ、毎日同じ路線なのに、電車で会うの初めてだよね?」


「うん、いつもは私たち、もっと早い時間帯に乗ってるから」


「今日は、お喋りに夢中で、遅くなっちゃったのよね~」「ね~」


「そっか。うちの学校は、だいたいこの時間帯なんだ」


「結構遅くない?」


「7時間授業だからね」


「七時間!? 凄~い!」


「さすが桜淵! 超進学校って感じ」


「勉強熱心なんだね」



 そう囃し立てる私たちに、



「いやいやいや、マジ、地獄だよ!」


「そうそう! 七時間目なんて、ほぼ意識ないし」


「何でこんな学校入ったのか、後悔しかないって!」



 と、異口同音に全力で否定する彼ら。一瞬の沈黙の後、全員で一斉に笑ってしまいました。


 桜淵=難関を突破して勉学に勤しんでいる優等生というイメージが先行して、ちょっと近寄り難い気がしていたのですが、バッサリと『勉強なんかうんざり』と言い切るギャップには、逆に親近感が湧くというもの。


 小学生で親に言われるがまま受験し、頑張って合格したものの、いざ入学してみて『こんなはずじゃなかった』という葛藤は、大いに共感するところです。



「今日は、こうして話が出来て、すごい楽しかった!」


「僕たち、いつもこの電車に乗ってるから、良かったらまた一緒に話そうよ」


「いいわよ。またお話しましょう」



 意外なことに、真っ先にそう答えたのは朋華ちゃんでした。さっきまで男子を怖がっていたのが嘘のように、満面の笑顔での即答です。



「じゃあ、明日も今日と同じ電車で!」


「あ~、それはちょっと無理…かな?」


「何で? 何か予定でもあるの?」



 私たちとしても、そうしたい気持ちは山々なのですが、それが出来ない理由は、朋華ちゃんの事情にありました。


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