64話 白日のもとに

 警察から連絡を受け、最初に北御門家に駆け付けたのは、朋華ちゃんの母、小夜子さんでした。


 まっすぐに娘の元へ駆け寄ると、先ずは手に怪我をしていないかを確認。その後、刑事さんから一連の事情を説明され、言葉を失いました。


 亡き親友が、命と引き換えに産んだ息子が自殺したというだけでもショックなのに、その夫である父親が、もう一人の息子にしていた蛮行や、私にしようとしていたことは、同じ年齢の娘を持つ親として怒りを抑えることが出来ず。



「保のヤツはどこなの!? 一発、ぶん殴ってやるわ!」


「今は、寝室で横になってますから」


「寝てるですって!? 今すぐ、叩き起こしなさいよ!」


「無理です。先ほど、お宅の娘さんに、その…股間を蹴られまして…」


「はぁ!?」



 その時の状況を説明された小夜子さんは、神妙な面持ちで話を聞き終えると、朋華ちゃんに向かって言ったのです。



「よくやった! さすが、私の娘ね!」


「足りないくらいよ。手が使えたなら、顔面にもグーパンチしてやりたかったわ」



 シレッとした顔でそう答えた朋華ちゃんのほっぺを軽く抓みながら、含み笑いを浮かべる小夜子さん。



「ママは、色々お手伝いすることがあるから、朋華は一人で先に帰ってレッスンなさい」


「嫌よ。私、ここに居る。ママが帰っても、私は帰らないから」


「じゃあ、皆さんのご迷惑にならないように、大人しくしてるのよ」


「子供扱いしないで」


「よく言うわ。反抗期真っ最中の子供スペシャルが」



 皮肉たっぷりにそう言うと、リビングに降りて行きました。





 次に到着したのは、聖くんの両親。


 子供たちが小学校低学年の頃からの、家族ぐるみでのお付き合いだっただけに、夏輝くんの自殺に対するショックが大きいことは言うまでもありませんが、やはりそれ以上に、まったく気付かなかった保さんの裏の顔に困惑する夫妻。


 この状況での冬翔くんの気持ちを考えると、何と言葉を掛けて良いのか分からず、



「この度は、大変だったね…」


「何でも言って頂戴ね。おばさんたち、出来る限り力になるから…」


「ありがとうございます…」



 ぺこりと頭を下げる冬翔くんと、まともに目も合わせることも出来ず。



「父さんたちはこれから、お通夜やお葬式の準備の手伝いをするから、おまえは冬翔くんの側についててやりなさい」


「言われなくたって、ここに居るし」


「警察の方に、ご迷惑を掛けるんじゃないわよ」


「うっせー」



 両親に毒づきながらも、ぴったりと冬翔くんに寄り添う聖くん。





 淵井夫妻から少し遅れて到着した、私の祖父母と国枝氏。


 帰宅後、ゆりから伝言を受けて北御門家へ電話をし、この状況を知った祖母は、すぐさま祖父へ連絡。丁度、香港旅行の日程表を渡すため祖父の会社を訪れていた国枝氏も同行して、こちらへ飛んで来た次第です。


 祖父母たちとほぼ同じくして、茉莉絵さんと瀬尾先生も到着。


 自宅で弟から夏輝くんの手紙を見せられた茉莉絵さんは、学生たちの卒業論文の添削に追われていた瀬尾先生に連絡し、途中で合流して北御門家へ向かったのです。


 偶然、玄関で顔を合わせた国枝氏と瀬尾先生は、お互い驚いた様子で声を掛けました。



「瀬尾か!」


「国枝先輩! お久しぶりです!」



 大学時代、山岳部の先輩後輩で、雪山で吹雪に閉じ込められた三日間を生き抜いた同志でもあるふたり。卒業後は『実業家』と『学者』、それぞれ別の道に進み、こうして会うのも実に十数年ぶりでした。


 とはいえ、再会の感動に浸っている場合ではなく、警察から詳しい事情説明を受け、身内である祖父母や、幼なじみの国枝氏の衝撃は計り知れず。



「保くんのような真面目な男が、なぜ…?」


「信じられない…! あいつが、嘘だろう…!?」


「僕がもっと踏み込んで訊いていたら…! 夏輝くんの自殺を止められなかった責任は、僕にもあると思います…」


「こうしていても仕方ない。一先ず、状況を整理しよう」



 そう言うと、その場にいた大人たち全員がリビングに集まり、現状と今後のことを相談し始めました。





 祖父と国枝氏がどこかへ電話を掛けると、その直後から、それまで横柄だった刑事さんたちの態度が一変。


 どうやら、ふたりが持つ人脈で警察の上層部に圧力を掛けたようで、冬翔くんの部屋に軟禁されていた私たちまでもが、うやうやしく解放された次第です。


 私の怪我に関して、平身低頭で謝罪する刑事さんたちに、



「孫が自分で無茶をしたことですから、どうかお気になさらず」


「本当に、申し訳ございませんでした! それで、あの…」


「ああ、上の方にもそう言っておきましたから、ご心配なく」


「重ね重ね、恐れ入ります…」



 上下関係に厳格な警察組織で、業務上の不可抗力だったといえ、上層部と親密な関係にある有力者の子供に怪我をさせたとなれば、責任問題になりかねず、祖父の言葉に心底救われたことでしょう。


 本部の指示で、捜査のため散らかした室内を大急ぎで元通り綺麗に片付けると、丁寧に謝罪を繰り返し撤収して行きました。


 とはいえ、怪我の治療が必要な状態であることには変わりなく、



「市大病院に連絡しておいたから、こうちゃんは今から怪我の手当てを受けておいで」


「うん…」



 祖父に言われ、うなずいた私。



「なっちゃんも、今そっちへ向かっているからね」


「え? でも、なっちゃんは、警察で検死をするんじゃ…?」


「さっき、刑事さんや鑑識の人たちが、そう言ってたよね?」


「大切な子供の身体を、勝手に切り刻まれて堪るか」



 そう言うと、国枝氏は小さく拳を握り締め、



「それに、市大病院には、主治医の保志野先生がいらっしゃるから」



 ひろ子さんの言葉に、こっくり頷く大人たち。


 亡くなった夏輝くんに関して、警察の検死で出される『遺体検案書』の代わりに、主治医の保志野先生の元で『死亡診断書』を出して頂くという説明でしたが、その意図を、私たちはこの時、まだ知る由もありませんでした。


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