63話 残酷な結末

 亡くなっていると言われても、にわかに信じることなど出来ず、運び出される夏輝くんを、ただ見守ることしか許されない私たち。


 事故、自殺、犯罪などで人が亡くなった場合、検死で死因を究明しなければならず、悪戯に証拠を破壊してしまわないように、たとえ身内といえど、遺体に触ることは許されないのです。


 横たわる彼に全員で手を合わせ、まるで生きている人を運ぶように、とても優しく丁寧にストレッチャーに載せてくださったことが、せめてもの救いでした。


 その後、私の骨折した右手と肋骨部分を、とりあえず応急処置で固定すると、



「それじゃ、一人ずつ話を聞かせてもらうから」



 そう言うと、全員別々の場所に別れ、同時に同じ話を聞かれた私たち。というのも、夏輝くんの遺体には幾つか不審な点があるため、事件性も視野に入れ、待っている間に、私たちが口裏合わせをしないように、ということのようでした。


 主に、夏輝くんの家族との関係性を聴かれ、私たちは正直に、冬翔くんに対する虐待があったことや、夏輝くんだけがそれを知らず、父親から溺愛されていたことなど、知り得ることをすべて話したのです。


 一通り聴取を終えると、夏輝くんの遺書があることを聞かされました。


 遺書には、冬翔くんに対する一連の虐待の他に、私への暴行計画が詳細に綴られていて、冬翔くんと私を守るため、そして父親にこれ以上過ちを犯させないために、自分の命を以って告発する旨が書かれていた、と。


 担当した刑事さんから、なぜ彼が自殺という選択をしたと思うのか訊かれ、私たちは全員が同じ回答をしたのです。




 もし、夏輝くんが命を絶っていなかったら、その事実を、大人たちはどこまで信じたのか。


 そして、その事実に対して、何をしてくれたのか、と。




 当時、警察は民事不介入が原則で、親から子供への虐待については、余程子供が死にでもしない限り、家庭内のことに口出しすることはなく、また、私への暴行計画に至っては、事件が起こってからでなければ動くことも出来なかったのです。


 その結果として起こったこの悲しい結末に、担当した刑事さんも言葉を失うしかありませんでした。





 その後、保護者が迎えに来るまで、北御門家で待機するように言われた私たち。


 屋内はまだ捜査中ということで、五人一緒に冬翔くんの部屋に集められ、私たちが勝手な行動をしないよう、ドアの外には見張りが付けられました。



「訊いていいかな…? 夏輝を発見したときの様子…」



 木の実ちゃんの問いかけに小さく頷くと、冬翔くんは涙を堪えながら、そのときの様子を私たちに話してくれました。


 冬翔くんが帰宅したとき、自室の勉強机の上に、夏輝くんからの手紙が置かれていたそうです。


 手紙は全部で6通あり、遺書と冬翔くん宛の他に、万が一、私たち個人に充てた遺書が届かなったときのために、同じ内容の物が人数分用意されていました。


 その時は、微熱で寝ている夏輝くんのことが気になり、先に部屋を覗いたのですが、室内に彼の姿はなく、



「体調が良くなって、買い物にでも出掛けたのかと思って、とりあえず着替えて、帰って来るのを待ってる間に、手紙を読み始めたんだ…」



 すぐにそれが遺書だと気付き、慌てて屋内を探すと、バスルームで手首を切って倒れていた夏輝くんを発見し、すぐに救急車を呼んだのです。



「そのとき、夏輝くんは…?」



 朋華ちゃんの問いかけに、小さく首を横に振り、



「呼吸も心臓も停止してて、身体も冷たくなってた…」


「嘘…」「そんな…」


「でも、もしかしたらまだ間に合うかも知れないと思って、救急車が到着するまでの間、必死で心肺蘇生してた…」



 衣服の血は、その時に付いたのでしょう。ですが、間もなく到着した救急隊員から聞かされたのは、夏輝くんは息を引き取ってから、すでに数時間が経過しているだろうという悲しい現実でした。


 すぐに、状況確認のために警察が来たのですが、冬翔くんの衣服に血が付いていたことや、夏輝くんの傷口の割に出血量が多いことなどから、冬翔くんが色々と訊かれていたところへ私たちが乱入し、後は周知のとおりです。



「それから、これ…」



 そう言って、差し出した冬翔くんの掌には、自宅の鍵に付けられた『青いハート』『黒い星』『ラベンダーの三日月』のキーホルダー。


 そう、その三色は夏輝くんのもので、私たちの友情の証として、各自が肌身離さず持っていたお守りのチャームです。



「右手に握ってたんだ…」


「夏輝…」「夏輝くん…」



 手渡された鍵を、一人ずつ順番に握り締める私たち。


 夏輝くんが、最期の瞬間まで私たちを想っていたのだと知り、雪が降る12月の冷たいバスルームの中で、たった一人で逝かせてしまったことに、こうなる前に気付いてあげられなかったという自責の念でいっぱいになりました。



「何で僕たちに一言言ってくれなかったんだよ…!」


「僕のせいだ…。僕が、父さんを殺すなんて言ったから…」


「ふうちゃんじゃない…、私のせいだよ…。私さえいなかったら、なっちゃんはこんなことしなくて済んだのに…」


「違うでしょ! 冬翔くんもこうめちゃんも、悪くない!」


「そうだよ! 悪いのは全部、あのクソオヤジでしょ!」



 誰のせいであろうとなかろうと、どんなにお互いを慰めようと、一つだけ確かなことは、もう夏輝くんは戻って来ないという、到底受けれることなど出来ない現実だけ。





 そのとき、急に室外が騒がしくなり、急いで階下へ降りて行った私たちが見たのは、悲鳴にも似た声で泣き叫ぶ保さんの姿でした。


 警察から連絡を受け、急ぎ帰宅した保さん。すでに夏輝くんが亡くなっていると告げられ、ショックのあまり崩れ落ちる彼を抱えるようにしてソファーに座らせたものの、すぐに立ち上がったかと思うと、また床に倒れて泣き崩れるの繰り返し。


 いったい誰のせいでこんな事態になったというのか、まるで自分が悲劇の主人公のような態度に、



「クソオヤジがっ!! ぶっ殺す!!」



 そう叫んで飛び掛かろうとした聖くんでしたが、警戒していた刑事さんたちに、その場で取り押さえられてしまいました。



「離せっ! アイツのせいで、冬翔も、夏輝も、こうめまで…!」


「いいから、落ち着け!」


「こんなとこで復讐して何になる!?」



 その遣り取りを横目に、突然朋華ちゃんが、両脇を支えられて辛うじて立っていた保さんに歩み寄ったかと思うと、次の瞬間、ローキックをお見舞いしたのです。


 格闘技の経験などあるはずもなく、手の怪我はご法度である彼女の予想もしなかった行動に、唖然とする一同。


 おまけに、生まれて初めて繰り出したキックは、偶然にも股間を直撃し、あまりの痛みに床に倒れ込んで悶絶する保さんに向かって、



「死ねば?」



 そう吐き捨てると、何事もなかったかのように戻って来ました。


 おかげで、ほんの少しだけ溜飲が下がった私たちでしたが、私といい朋華ちゃんといい、キレた女子の凶暴っぷりに、心底驚愕する刑事さんたち。


 その後、また私たちの誰かが問題を起こさないようにと、連絡を受けた保護者が迎えに来るまでの間、一人に付き一人の看視が付くという厳戒態勢が取られたのでした。


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