第2話

その子は震えていた。

何かを決心したように顔が険しく変わっていく。

この角度じゃよく顔は見えなかったけど、拳が硬くなっていく様ではわからないはずもない。

さほど大きくもないであろうその手が白くなり、骨やら筋やらが浮いている。

力を入れすぎて、震えてもいた。

そしてその手は開かれた。

やっぱりさほど大きくない、綺麗な手。

でも、まだ力は入っている。そんなふうにぎこちなくフェンスに手を伸ばした。

…何する気だよ。

考えすぎだ。

そう、考えすぎ。

ただ、この子はなんとなく屋上に来てなんとなく下の風景を見たくなっただけだ。

そう自分に言い聞かせる。

でも、どうしても不安は不安のまま。

さっきまで爽快に晴れていた世界にモヤが入る。空気が気持ち悪くぬるく感じる。

そう思うのはきっと…きっと俺もかつては同じことを考えたからだった。

「ここでは…やめてくれないか。」

その子は一瞬ビクッとする。

小さな肩が垂直に震える。

何も返ってこない。

俺は言葉を継いだ。

すると、小さく「止めないの?」と返ってくる。

止めれるものか。

俺が人の人生を決めていいわけない。

それは、かつて俺がこの子と同じ決心をした時に強く思ったことだった。

誰かが決めていいことじゃないんだ。

自分で決めなきゃ、意味がない。

そう思うと、急に世界が一変した気になる。

どこまでも青い空は突き抜けるような孤独にさえ感じた。

その子と言葉を交わす。

当たり障りのない言葉。

裏を返せば、俺が説得してるように聞こえるかもしれない。

ただ、俺のこの言葉に裏はなかった。

ギイッと再び音がする。

どうやらその子は断念したようだった。

風のせいか?

小さくありがとうと聞こえた気がした。

俺の発言でその子の意思が変わったのならそれは俺にとってあまり快くない。

まあ、いいか。

安心している自分がいることだし。

その子は静かにその場を去った。



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