未定

@-a-c-o-

第1話

春はいい。

一番いい季節。

空は優しく青い。

あまりに柔らかく、心地いいものだから風にまで色がついているのじゃないかと錯覚する。

背中に当たるコンクリートの冷たさと、日を浴びる体と。

この状態がとても心地いい。

まだ学校来たばっかりなんだけどな。

このままではまた今日もサボってしまう。

まあいいか。

屋上は人も来ないし、サボるにはうってつけの場所。

晴れに限るけどな。

つま先から指の先まで大きく伸ばして伸びをする。

何度かあくびをしていると、うとうとし始めた。

物事はなんだって唐突だ。

ガチャっと普段開くはずのないドアが開く。

その音に俺は目覚める。

あれっ?

鍵閉め忘れてたかな。

とりあえず、屋上は今、俺一人のものではなくなったわけだ。

寝転んだまま、横目にドアを見る。

風にあおられて髪が宙を舞った。

黒髪、スカート…

その子はとても綺麗な子だった。

見たことないな。

日に目を細めているせいか、どことなく悲しい雰囲気を漂わせている気がした。



春は嫌い。

心を浮き立たせるような季節だと人は言うけど、私は焦燥にかられるだけだ。

ただただ過ぎていく時間の速さを感じる。

風にあおられる髪が頬を撫でる。

こそばゆいのやら、風が気持ちいいやら、

この感じは、悪くない。

四メートル近くあるフェンスが屋上の淵を囲っている。

どうしたものか。

フェンスに一歩二歩と足を進めた。

少し迷いがある?

自分に聞いた。

ううん。大丈夫。

視界を右端に移すと、そこには向こうへ行ける部分があった。

足を進める。さっきよりも早く。

だんだんと下に広がる世界が見え始めた。

交差点をたくさんの車が通っては過ぎていく。

ビルに当たる光が柔く反射して、より世界を曖昧なものへと変えていた。

フェンスに手をかける。

少し錆びているフェンスはガシャッと音を立てた。

取っ手をひねる。

ギィッ

少し力を込めると内側に開いた。

「ここでは、やめてくれないか。」

えっ?

それはフェンスをくぐろうとしていた時だった。

辺りを見回す。

すぐに声の主を見つけることができた。

コンクリートの床に寝そべっている。

私は何も返さずその人を見つめた。

顔はよく見えない。

分かるのは、男子生徒ということだけ。

「ここ、俺の場所だから。ここが使えなくなるのは困る。」

何を言ってるんだ、この人は。

でも、ちゃんと気づいてる。

私が何を目的にここにいるのか。

「止めないの。」

普通、飛び降りようとしている人を見れば止めるのが私の中では普通だ。

けど、あの人には違うらしい。

あの人はさっき確かに「ここでは」と言った。

ここじゃなかったら御構い無しってこと?

「止めて欲しいの?」

「そんなこと言ってない。」

なんだこの人、ちょっと腹が立つ。

「何があったかも知らないのに、そんな無責任なことは言えない。本当に死んだ方が楽かもしれないだろ。」

正論。

こんなこと言う人いるんだ…。

そう思うと同時に、この人も何か死にたいほど辛いことを経験したんじゃないかと直感した。

何してるんだろ。

一時の感情なんかじゃない。そうと言い切れるけど、やっている事は同じじゃないか。

屋上にたどり着くまでの階段を私はなかなか登れなかった。

屋上がフェンスに囲まれていて安心した。

フェンスの向こうに行ける部分なんてなければいいと思った。

手が震える。

何もかもが恥ずかしい。

でもどこか、諦めがついたような。

そんな感じ。

「ありがと。」

思わず口から溢れた言葉に顔が一気に暑くなる。

なに!?ありがとうって!

なんか私が説得されたみたいじゃん!

自分で思いとどまったと思いたい。

それに…。

ここにはもう、何もない。

でも、私にはそれがちょうどいいかもしれない。

フェンスに再び力をいれる。

次は、ここを閉じるために。

フェンスを閉めると、震えは止まっていた。

皮肉だ。

私はその場を後もなく立ち去った。

去り際に見たその人は、ただひたすらに寝転がっているだけだった。




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