「最終幕が上がる」

 

「なにか、くる」


 セーバルは突然はね起きて、見慣れた高い山を見上げた。

 いつもはわたしのほうが先に、いろんな変化に気づくはずなのに。


「……セーバル?」


 私がかたを叩いて話しかけても、ゆさぶっても、セーバルはずっと山を見つめ続けている。真っ赤な目をおおきく開いて、とても不安そうな顔で。


「……いやだ……セーバル……そっち、キライ」

「セーバル、どうしたの?」


 私がそう言うと、セーバルは悲しそうに目を伏せた。そのまま、フラッと草の上に倒れて……


 その時、山が激しい音を立てて、まっ黒なかたまりを吹き出したの。


*   *   *


 その日は突然訪れた。キョウシュウエリアの死火山の活性化と、「JP-S-003」の大量噴出をきっかけとした一連の災害は、エリア全土に多大な混乱をもたらした。


『緊急警報、緊急警報。アトラクションエリアに、セルリアン侵入。

大変危険ですのでお客様は速やかに避難してください』


 激しい地震の後、間髪入れることなく出現した明らかに新種と考えられるセルリアン、その攻撃力と展開力は私の予想を遥かに超えていた。混乱に包まれるオペレーションルームで、私は一人唇を噛む。もう少し時間が、猶予があれば、これを完璧なものにすることが出来たのだろうが……しかし、背に腹は代えられない。


「パビリオンのLB起動してる?」


 主任に向かって、私は最後の問いかけをする。


「……止まってます」


 そして、最後の命令を。他ならぬ彼らのために。


「起動しておいて!」

「はい!」


 ……これを残さずして、ここを去れるものか。


*   *   *

 

 ゲストを全員避難させ終えた後も、私は未だパークで起こっている事の全容を掴めなかった。ウェアラブルデバイスにはひたすら「職員は管理センターへ速やかに帰投してください」と点滅する赤文字が流れ続けている。私は耐えかねてスイッチを切った。


「うーん……一体何が起こってるのかさっぱりです。こんな何もわからない状態のまま、うっそうとしたジャングルを横断するのは危険ですね……」


 だからといって、この何もない砂漠でいつまでも手をこまねいているわけにはいかない。パークの危機は、今、ここにある。


「相変わらず管理センターはアテにならないわねぇ。女王事件の時もそうだったけど。まぁでも、私がいるんから、大船に乗ったつもりでいなさいよ。サーバルよりは役に立つわ」

「私も、また、パークやフレンズさんたちのために役に立てるなら、どんな困難も大丈夫です!」


 そして、それを乗り越える力も。

 私は二人の目を見て深く頷く。そうだ、進み続けなければならない。どんな不安と困難が私たちを襲ったとしても。その先にしか希望はないのだから。


「わかりました。充電が心もとないですが……今は一刻も早く管理センターへ向かいましょう!」


 バスはゆっくりと動き出した。


*   *   *


 毎日の仕事を淡々とこなしながら、私はたまに考える。


 あの雪の日、カコおねえちゃんは何を考えていたんだろう。私がここに来る事を悲しむような目で、何を見ていたんだろう。


 それがずっと心にひっかかっていた。でも、おねえちゃんに聞くことは出来なかった。それは私には…フレンズとの別れに打ちのめされるような私には、到底背負いきれるような物じゃない、ってことはなんとなくわかっていたから。


 でも、それを目の当たりにしてはじめて、私は後悔した。それをほんの少しだけでもいいから、支えてあげるべきだったんだ。そして気づいた。おねえちゃんはそれを私に背負わせたくなかったんだ。


 あの扉を開けたときの私の予感は正しかった。

 もう、後戻りは出来ない。

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