「よいこのジャパリ昔話~うさぎとかめ~」
もしもし かめよ かめさんよ
せかいの うちで おまえほど
こんなに のろい ものはない
どうして こんなに のろいのか
🐰 🐰 🐰
みら~いみらい、ジャパリパークに、一人の怒れる少女がおりました。
「ちょっとちょっとちょっと~!どういう事ですかーーー!」
少女はユキウサギのフレンズで、ホッキョクウサギとダイエットしたり、ヤブノウサギに一方的に張り合ったりしていました。けれども自らの不名誉に対しては、人……いや、フレンズ一倍に敏感でありました。
「聞きましたよ!ウサギがカメに競争して負けたって話……それも図書館の読み聞かせイベントで!なんて話をお客さんに聞かせてるんですか!」
「ユキウサギさん、落ち着いて下さい。あれはイソップ童話という、大昔に書かれた作り話なんですよ。ユキウサギさんとは関係ありません」
パークガイドのお姉さんが一生懸命に説明しても、ユキウサギは納得しませんでした。
「いくら作り話でも、私達を勝手に敵役にしたりすることはダメだと思うんですけど!それに、身に覚えの無いことで“カメに負けたんだよね~”とか言われるじゃないですか!これはいわゆる“へいとすぴ~ち”のきっかけになる“ふぇいくにゅ~す”とかいうやつじゃないですかーっ!?」
お姉さんは返す言葉もありませんでした。ユキウサギの言うことも、ある意味一理ありましたし、自分が書いた訳でもない物語を擁護するほど、イソップ童話に思い入れがあるわけでもなかったからです。
「わ、分かりました。これからは『うさぎとかめ』はパーク内では禁書扱いにしますから……」
しかしそれだけでは、ユキウサギの気持ちは収まりません。相変わらず赤いほっぺをぷっくりと膨らませて、ぷんぷんと怒っています。
「それだけで済むとおもってるですか!その話は世界中で何百年も広められたですよ、その間の“そんがいばいしょ~せきにん”はどうなるんですか!?」
お姉さんは、そんな言葉、どこで覚えてきたのかしら……などと思いながら、どれほどの量のジャパまんを請求されるのか、パークの年度予算を頭の中で計上しながら身構えていました。
しかし、ユキウサギの要求は、それとは全く違ったものでした。
「いいですか!要求はただひとつです!その話が嘘っぱちだという事を証明するために、カメ代表のフレンズとマラソン対決をさせるのです、そしてその様子を全世界生中継するのです!」
お姉さんは驚いて、ユキウサギの目を見つめると首をかしげて問いかけました。
「えっ?ジャパまんじゃなくてもいいんですか?」
ユキウサギはますます顔を赤くして、ますますほっぺたをふくらませます。
「だ、ダイエットしてること、言わせないでくださいーっ!」
☀ ☀ ☀
「というわけで、早速今日からトレーニングです!」
ユキウサギは特訓をはじめました。もちろん、ダイエット仲間のホッキョクウサギも一緒です。
「ほえー、ユキウサギちゃん、一生懸命ですね~」
「これもダイエットの一環です……!」
ぴょん、ぴょん、ぴょ~ん。リズムよく跳ねながらどんどん前へ前へと進んでいくユキウサギ、しかし、その後ろから大きな茶色い影が近づいてきます。一回り大きなそのフレンズは、両腕を曲げ、艶めかしい腰使いで、そう、その名の通りの、バニーガールのような振る舞いでユキウサギの隣にぴったりとくっつきました。
「ふふふ、ユキウサギちゃん、そんなに急いでどこいくのかな?ヒ・ミ・ツのお茶会?」
「な、なんでまたオマエがいるんですかーっ!」
それはユキウサギの終生のライバル……しかし、その本質はユキウサギにつきまとい、ちょっかいを出し、その反応を見て楽しむヤンデレ変態ストーカーのヤブノウサギでした。
「今日は競争はしないのかな~って、思ってきたのにな」
「残念ながら今日は練習なのです。ま、また日を改めて勝負するです」
その返答にヤブノウサギはちょっとがっかりしたように見えましたが、仕方ないな、といった様子で
「そうなのか……じゃあ、いつでも待ってるからね……いつまでも、いつまでも……」
と、ニタニタとした妖しい笑みを顔一杯に浮かべて、全速力のユキウサギを軽く追い抜いて、丘の向こうへと去って行きました。その凄まじいスピードに、ユキウサギは唇を噛みました
「……くっ!……勝負したわけじゃないのに……なんか負けたのです!くっ!まだまだ鍛錬不足で~す!」
「ええ……ちょっと休憩しませんか~?」
悔しさをバネに奮起するユキウサギは、ホッキョクウサギの提案にも耳を貸さずに走り込み続けます。
しかし、丘の上の木の近くを通った瞬間……ユキウサギは心地いい暖かさに包まれたような気がしたのです……ふと、眠りを誘うような……
「ん……な……なんだったのです……?」
しかし、自らの威信を賭けた勝負へ向かって一心不乱に備えるユキウサギにとって、そんな些細なことは気にするまでもないことだったのでした……
少なくとも、この時は。
🚩 🚩 🚩
「さぁ、世紀の一戦が始まるよぉっ!実況中継は、伝説のパフォーマー、コトドリだぁ!」
あっというまにレース当日になりました。
「古くは紀元六世紀から語り継がれたとされるイソップ童話。その中でも屈指の知名度を誇る“うさぎとかめ”その汚名を晴らさんと、立ち上がったのはこのフレンズぅ!ユキウサギだぁ!」
大勢の観衆が見守るスタートのアーチで、ユキウサギは両手を高々と掲げ、勇ましく歩み出ると、一斉に拍手が沸き起こります。
「絶対に勝つ!です!」
「そして、相対するのはカメ代表、ディフェンディングチャンピオンの座は守ることが出来るのかぁ~?パーク唯一のカメのフレンズとして無理やり引っ張り出されてきた、アカミミガメだぁ!」
反対側の出入り口から、おどおどしながら半泣き状態で甲羅型の盾で顔を隠したフレンズがへっぴり腰で入ってきました。内股の足は震えが止まりません。まばらな拍手と、不安をあおるざわめきが地面に溜まっていきます。
「ふええ……こんな勝負、嫌です……。恥ずかしいです……」
見に覚えのない因果に巻き込まれたのは、ウサギだけではないのです。目をぎゅっとつぶって首を引っ込みそうなくらいに縮こまらせたアカミミガメに、ユキウサギはのしのしと歩み寄りました。
「アカミミガメちゃん。あたしはあなたに恨みもなんにもないです。でも、傷つけられた自分の名誉を挽回するために、一生懸命あなたに挑みます。だから、正々堂々、手抜きなしで真剣勝負するです!いざ!」
その赤い目は、しっかりとアカミミガメの目をみすえていました。アカミミガメも、その迫力におされたのか、2,3回コクコクとうなずきかえします。
「さぁ、お互い準備は整ったようだよぉ。会場のボルテージも、生放送の視聴者数もうなぎのぼりだぁ!」
緊張感が張り詰める中、号砲がパーンと鳴り響いた瞬間、人間をはるかに超えた反射速度でユキウサギは飛び出しました。
「流石、自然界最速レベルのスプリンター!弾丸のような走りだぁ!」
しかし、アカミミガメはおどおどしながら、たった10歩ほど駆け出すのがやっとです。
二人の間はどんどん広がっていきます。誰が見ても、もはや勝負はついたように思えました。
しかし、観客席の中では神妙で怪訝な顔つきで中継映像をずっと眺めている二人のお姉さんがおりました。
「ユキウサギ、これで満足してくれるでしょうかね……アカミミガメがちょっとかわいそうですが……」
一人はパークガイドです。自分の読み聞かせでユキウサギを傷つけたことをとても気にしているようでした。
「そうだろうか?私にはユキウサギがあのままゴールインできるとは思えない……勝負は水物だよ、ミライ」
もう一人はボサボサの頭髪と寝不足の目とダサいインナーとしわくちゃの白衣でレース会場にやってくるくらいKYなクールビューティです。淡々と、達観した声で自分の意見を語り始めます。
「数多の研究から、アニマルガールの外見は周囲からのイメージの影響を受けるということははっきりし始めている。その性格さえも、その動物に私達与えた概念や観念から派生して成立したように考えられるケースすらある……では、同様にその行動にも、人の認知の影響を受けるとしたら……どうなるか」
「まさか……負ける……?」
その答えは、すぐに巨大スクリーンに映し出されました。
「……やはり……」
そこには、ゴールまで100メートル地点の目印になっていた、丘の上の木の下で、倒れ込むように眠ってしまったユキウサギの幸せそうな寝顔が画面いっぱいに表示されたのです。フレンズやパーク職員の驚きの声が嵐のように飛び交いましたが、ユキウサギが目覚める様子はありません。
信じられないといった様子で立ち上がったまま固まるパークガイドに、白衣の博士は冷徹に結論を述べるのでした。
「ユキウサギは決して油断したわけじゃない。ただ、私達のイメージ通りの行動をしているだけだ。“ウサギとカメが競争すると、ウサギは昼寝をして負ける”一千年以上に口伝され、伝播されたそのイメージ通りに……」
☼ ☼ ☼
それから2時間が経ち、太陽が西に傾きかけた頃、やっとアカミミガメが丘の上の木へとたどり着きました。すぐにアカミミガメは木の下で寝っ転がっているユキウサギに気づきます。
「ユキウサギさん!ユキウサギさん!」
アカミミガメが一生懸命肩を揺さぶっても、頬を叩いても、ユキウサギは起きる気配はありません。途方にくれるアカミミガメ。しかし、意を決してユキウサギの腕に手を回すと、肩を貸してユキウサギを立ちあがらせました。これには観客も、実況のコトドリもびっくりです。
「なんという展開だっ!眠り込んだユキウサギを見捨てずに、助けようと一生懸命に頑張るアカミミガメ、もはやこれはレースと言えるのかっ!レースを超えた素晴らしい何かを見ているようだっ!」
ユキウサギも重いまぶたをなんとかうっすらと開けて、アカミミガメに問いかけます。
「……何で……そのまま先に行かなかった……ですか……?」
アカミミガメは息絶え絶えになりながらも応えます。
「私……いっつも引っ込み思案で……ハァ……ハァ……影が薄くて……でも……ユキウサギさんはちゃんと私を見て、ちゃんと向き合ってくれました…………嬉しかった……」
ユキウサギも睡魔に冒されたふらつく足でなんとか歩き出し、さながら二人三脚のような様相で、ゴールへと一歩一歩、進んでいきました。
「だから……ハァッ……ハァッ……ユキウサギさんが途中で手を抜くなんて……ありえないと思ったんです……正々堂々、手抜きなしで真剣勝負しようって……言ってくれたのに……」
ユキウサギは行き場の無い後悔を抱えながらその言葉を聞いていました。自分の名誉のために、自己満足のためのレースをした自分を恥じました……そんなものよりもっともっと大切なものがここにあると言うことに気づいたからです。
「……ありがとうです……アカミミガメちゃん。最後まで諦めずに……頑張るです!」
中継カメラの向こう側では、支え合う二人の尊い姿に涙を堪えきれない観客が、声を枯らして応援し続けてていました。
「ユキウサギ~頑張れ~!」
「アカミミガメ~もう少しだ~!」
一人……ヤブノウサギを除いて。
「うん、なんかムカつくね。ユキウサギは私だけのものなのにね……フフ……」
そして、とうとう二人は白いテープを切りました。
一コンマのズレなく、完全に同時にゴールを切ったのです。瞬間、ユキウサギの眠気はウソのように消えました。
「……ありがとうです……アカミミガメちゃん」
「……ユキウサギさんも……ありがとうございました」
ゴールのアーチの真下で、二人は同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにえんえん声を放って泣きました。群衆の中からも歔欷の声が聞こえます。
パークガイドのおねえさんと博士のおねえさんは、群衆の背後から二人の様をまじまじと見つめていましたが。お互いに微笑みを浮かべて心から頷くと、会場を後にしました。
「レースの結果は同着だよぉ!大きな感動を与えてくれた二人に拍手ぅっ!」
万雷の拍手が、日が落ちるまで止みませんでした。
🐢 🐢 🐢
「やっぱり昔話は昔話です。これからはこんな事気にせずに楽しくやっていこうとおもいますですー」
ジャパリ図書館に来たユキウサギは、パークガイドのお姉さんと、すっきりした表情で後腐れない和解の言葉を交わしました。お姉さんも一安心、早速今日の読み聞かせイベントのための本を選び始めます。
「どれどれ……えーっと、よし、これでいきましょう!」
書庫から満足げな表情で出てきたお姉さんの両手がしっかりと抱えていたのは、大判絵本の「かちかち山」でしたとさ。
めでたしめでたし。
……数日後、ユキウサギとタヌキによる山岳レースとボートレースがパークを挙げて大々的に開催されるのですが、それはまた別の話。
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