「らせんのはてに」

 ~前回のあらすじ~

女王を倒し、パークを救った園長たち1行は、カコ博士の指令により四神の協力を得た証である印を集めることになった。新たな冒険が始まる。


*   *   *


「先輩、新しい定期健康診断書、もう貰いましたか?」


 職員事務室で昼食を食べながら、新人飼育員は先輩飼育員に話しかける。


「ん?新しい?去年と何か違ったっけ?」

 箸を止め、振り返った先輩の頬には米粒が3つほどついていた。新人はそのお気楽なとぼけ顔に診断書一式を突きつける


「もう、先輩、しっかりしてくださいよ。採卵、採精と遺書の提出が加わったんですよ。ほら、私が来る前に色々あったらしいですから……」


健康診断書、遺書、そしてそれを入れるための封筒を一枚一枚確認して、新人の言葉が本当だと確かめた先輩は、女王事件を思いだし、溜息をついた。


「なるほどな……自分が死んだ後の事まで考えなくちゃいけない、って事か……」


 まだ不馴れながらも必死になんとかこなしている常日頃の仕事の労苦を思い出しながら、新人は隣の椅子に座るや否や机の上に突っ伏して、溜息をついた。


「自分の子供とか孫とか……ですか……ふへぇ……まだまだ自分の事で精一杯ですよ~」


*   *   *


 ”ビャッコ”

 四神獣の一柱にして西方の守護神、五行思想では風を司る。形法風水に従えば、西方の古道に宿るとされている。

 

「その、ビャッコを探す旅に、我を連れて行ってはくれないか?」


カコの依頼を受けて、早速幻のけもの“四神獣”を探しはじめた園長たちの元に現れたのは、純白に黒い模様を誇り高く際立たせるパークの勇士、ホワイトタイガーだった。その堂々とした佇まいに、いつもは浮かれ調子のサーバルたちも思わず背筋が伸びる。


「ど、どうして突然?こんなに積極的なホワイトタイガーは初めて見たよ」

「いつも一人で千セルリアン組み手ばかりしているのにね」


 ホワイトタイガーはカラカルの茶化しにも表情一つ変えず、その理由を淡々と語りはじめた。


「実は、我はその“ビャッコ”という名に聞き覚えがある。かつて我はその名で呼ばれ、崇め奉られていた気がするのだ。無論、我はビャッコではないが、我が強くありたいと思うのも、そのように信奉してくれる皆の期待に応えたいという気持ちからだ。故に、我はその“ビャッコ”が正しき道を征く者か、邪なる者なのか。自らの名誉のためにも見極めなければならない、と考えている……」


 物々しい言葉を並べるビャッコ、サーバルはもちろんちんぷんかんぷんだが、


「分かった!仲間は一人でも多いほうがいいもんね!一緒にビャッコを見つけよう!」


と、その手を引いて西へと歩き出した。


*   *   *


「……ビャッコさんの目撃情報があるのは、この辺……うわあっ!」


パークの西の果て、アンインエリアの風化しかけた古道の上で立ち止まったミライたちに、一陣の風が吹きすさぶ。ミライは飛ばされかけた帽子をなんとかキャッチした。


「みなさん!大丈夫ですの?」


重さに自身のあるシロサイは強風の中、仲間の心配をするも、再び吹く風に頬をひっぱたかれたように感じた。


「……これが……ビャッコの力?」


 トキが驚きの声を上げると、轟々という風の音が言葉となって聞こえてきた。


『ふっふっふ……いかにも!私は四神獣のビャッコ!ジャパリパークの西方を守護する白き化身!常にこの地を見守ってきた、風を司る者よ!』


 そして現れた白い影、その両目が鋭く光った。サファイアのような青色と琥珀のような黄色の二色の眼は、彼女が尋常ならざる者である事を示している。


「さて、ぬしら、何を目的にここへ来た?風に煽られた洋袴を抑える色っぽい姿を見せに来た、というのなら大歓迎だが」


 挑発的な言葉と共に、その姿を現したビャッコは腕をしっかと組み、まさに威風堂々とした佇まいで立っていた。その姿に真っ先に反応したのは他ならぬホワイトタイガーだ。


「お初にお目にかかる。我はホワイトタイガー。我も貴殿と同じビャッコの名を戴く者、貴殿が悪しき者ならば我の名誉にも関わる。故に、その本性を見極めに参った」


 ホワイトタイガーも言葉の上ではうやうやしくしているものの、ビャッコと相対するように仁王立ちになって、全身に気を滾らせている。

 二人の間の緊張は、ビャッコの口元が歪んだ事で破裂した。


「……よろしい、ならば答えよう!」


 刹那、ヒュンッ!!という風切り音と共に古道が爆発……いや、違う。爆発したのではなかった。恐るべきスピードとパワーでホワイトガイガーが地面に打ち付けられた時の衝撃だった。うめき声をあげるホワイトタイガー。


「……グッ……なんという力だ……これほど鍛えてきたというのに……全く太刀打ち出来なかった……」


 瓦礫を払いながら立ち上がりながらも彼女は絶望に打ちひしがれる。ビャッコとの圧倒的な力の差は歴然だった。


「分かったろう?同じ名を冠するとはいえ、お主と私は根本的に違う。故に私の事をおぬしが案ずる必要は無い」


 ビャッコはホワイトタイガーを一瞥してそう吐き捨てるやいなや、その視線を園長への首元へと向ける。


「とはいえ、ぬしらの目的がそれだけでは無い事は分かっておる。私の印と私の力を得たいのだろう?無論、我もこの島の守り神として、ぬしらと志は違わぬ。だが、生憎それだけの理由で私の力を授ける事は出来ぬ。真にぬしらが力を与えるにふさわしい者か否か、こちらもその本性を見極めさせてもらわねばならぬ」


 そして、口元を綻ばせて突き付けた。


「私の化身を倒してみよ、それが我の与える試練だ」


*   *   *


 とんでもないその“試練”に、フレンズたちは驚きと不満を口々に言う。


「そんな、むちゃくちゃだよ!」

「意地悪ですわ!」


 ビャッコはその雑言を聞き流していたが、二つ三つコクコクと頷くと、仕方がないといった様子で


「……一理あるな。では、私の力の一部を貸そう」


 と、胸の前で両手を構えた。


「体全てがサンドスターで形成されている私は、およそ不可能な奇跡をも起こす事が出来る」


 ハッ、と彼女が一声気合を入れると、両手の間でバチバチと電撃がほとばしった。そのうち、その閃光は3つに分かれ、それぞれが瓶の形へと形を変える。ビャッコはそれらを確かめると、気功のようなポーズで園長の手の中へと射出した。落とさないようにガチャガチャと慌てて瓶を受け止めた園長に、ビャッコは提案する。


「園長とやら、ぬしにこの3本の瓶を授けよう。この瓶の薬を飲んだ者は遺伝子が変化し、強くなるための才覚を得る事が出来る。これを使えば、私とぬしらとの生まれながらの圧倒的な差を埋める事が出来るやもしれぬ……勿論、これを用いて私に勝っても、お主らの力を認める事には不都合無いぞ」


 真っ先にその話に飛びついたのはビャッコだった。園長のもとに駆け寄ると、一層真剣に、深刻な表情で頼み込む。


「園長、我は自分の誇りにかけて、何が何でもあのビャッコに勝ちたい。早速で申し訳ないが、瓶の薬を使わせてくれないか」


 普段なら、相手のハンデに乗る事は自分のプライドが許さない。だが、その歴然とした力の差の前にはなりふり構っていられない事も一番良く分かっていた。それ故の覚悟だった。


「わ、分かったよ。1つ目は…この“1”って書いてあるものかな……?はい、どうぞ」

「かたじけない。早速!」


 コルクの栓を豆の出来た手でしっかりと握って引っこ抜くと、瓶の中の液体をゴクゴクと飲み干す。瞬間、ホワイトタイガーの体が光り輝いた。サーバルたちは驚いて目を細める。


「何なのあの光?パワーアップしたってこと?」


 ……輝きが消えた瞬間。

 ホワイトタイガーはその場でピョンピョンと垂直跳びを何度も繰り返しては感嘆の声を上げていた。


「な、なんだこれは?凄い、体が軽いぞ!体中の筋肉がとても快調だ!」


 ルルは尋常でないレベルではしゃぐホワイトタイガーに目を丸くして驚く。


「わぁ!あの跳躍力私並みだよ!ホワイトタイガーはいったいどうなっちゃったの?」


 ガイドはメガネ型デバイスで情報を瞬時に検索すると、慎重な口調で解説した。


「推定でしかありませんが、ACTN3遺伝子……筋肉構造を決定づけるとされている遺伝子群です。極限まで瞬発力を高める組み合わせへと変化したのかもしれません……」

「流石だな。当たりだ。しかし、その代償として持久力は落ちる。とはいえ私に勝つには素早さがなければ話にならぬがな。さぁ、一つその力を試してみるがいい」


 滔々と説明を補足し終えると、ビャッコは石畳の上にスタッと飛び降り、自らの姿を巨大な化身の姿へと変化させ、咆哮する。


「うわぁぁぁん、怖いよ~!」

「な、なんて迫力、威圧感ですの!?」


 サーバルとシロサイは震え上がるが、ホワイトタイガーは思わず武者震いをしていた。


「フフ……いつでも来い!」


 ホワイトタイガーのその言葉と共に、ビャッコの化身の右手がホワイトタイガーの頭上へと振り落とされる。その巨体からは想像もつかないスピード、だが、彼女はそれを避けきっていた。


「体がついてくる!これなら戦える!」


2打、3打。両手と尻尾の鉄球が石畳をえぐっていく、が、ホワイトタイガーはその間隙を縫うように避け切る。10打、20打、30打。クレーターだらけになった地面の上で、無傷のビャッコは右に左に駆け回った。


「凄いわ、完全にビャッコの攻撃に対応してる、先程とはまるで違う!」


 ギンギツネは冷静さを失うほど、その豹変ぶりに感嘆した。他のフレンズたちも、目にも止まらぬスピードの戦いに目が点になる。

 だが、持久力に限界がやってきた。ホワイトタイガーの足が硬直する、その一瞬の油断をついて化身はその巨大な虎の面から低周波の音撃を繰り出した。


「くっ、これは避けられない!」


 体中の全細胞を震わせる轟に押し返されたホワイトタイガーは、首を横に振ると、膝をついて戦いを中断した。


「まだ力が足りぬ。2つ目の薬を使ってから、もう一度お手合わせ願おう」

『よかろう』


 化身から念波のような返答が返り、ホワイトタイガーは園長から二つ目の薬を受け取った。爪先で栓をポンと弾き飛ばし一気飲みする。再び体が光り輝いた、先程よりも一層激しく、勇ましく。

 

*   *   *


 ホワイトタイガーは自らの発する輝きが止むやいなや、一直線に化身へと突撃していった。無論、化身もその強襲に無抵抗なはずはなく、瞬時に殴打を振り落とす。

 しかし、今度は先程のようにひたすら逃げ続けることにはならなかった。ホワイトタイガーはぴょんと後方へと飛び下がり、そのつま先が付いた瞬間に踏み込みをかけ、パンチをめり込ませた。


「は、早いっ!?」

「あの打ち込みと渡り合うなんて……これはもう、反射ってレベルよ!」


 素早さに自信のあるルルやカラカルでさえも、その瞬間的な動きに舌を巻いた。だが、その言葉を受けてミライさんは厳しい表情を浮かべて考え込む。


「反射……神経伝達物質……ドーパミンなどの量に関する遺伝子!?」


 そんな心配をよそに、仲間のパワーアップに調子づいたサーバルは前線へと歩み出る。


「よ~し、これなら勝てるかも。ホワイトタイガー!私も一緒に戦うよ!」


 ホワイトタイガーの横に並び立ち、両手の爪を立てて構え……た瞬間、ホワイトタイガーの殺気が飛んできた。


「サーバルさん!危ない!」


 ホワイトタイガーは味方であるにも関わらず、サーバルに向かって白い爪を振り下ろしたのだ。すんでのところでサーバルは飛び上がって避けたが、その顔は予想もつかなかった行動に呆然としてしまう。


「そんな……ホワイトタイガー……どうして?」


 ミライさんは冷や汗を拭いながら自分の推察を元に状況を整理しようとする。


「きっと、神経伝達と攻撃性を極限まで高めたのでしょう。神経伝達に関わる遺伝子が過剰に働き過ぎたり、後天的に関連する遺伝子を欠損させることで、動物が攻撃的になるという実験結果は枚挙にいとまがありません……」

「どういう事?難しすぎてわかんないよ!ホワイトタイガーはどうなっちゃったの?」


 ギンギツネはサーバルを介抱しながら言い聞かせる。


「素早く攻撃を繰り出すために、何かが近づくと、自動的に攻撃のスイッチが入ってしまうの!誰であれ近づいた瞬間に倒されるわ!」


 その力のための大きな代償を知り、フレンズ全員は絶句した。


 その間にもビャッコとホワイトタイガーが攻撃の応酬を繰り広げていた。

 かち合う右手、飛び散る火花とサンドスター。

 振り落とされる鉄球を避けて、そのまま尻尾に何十発もの連打。

 ぐわんと振り上げられる尻尾、飛ばされるホワイトタイガー。

 だが、瞬時に宙返りして着地。着地と同時に加速。股ぐらに潜り込み直上へ連撃。

 ほんのすこしだが、化身はそのエネルギーで打ち上げられる、そのタイミングを見計らってホワイトタイガーも飛び上がり、化身の額の宝玉めがけて回し蹴りをする。

 ……が、咆哮の威圧で押し戻され不発に終わった。


「……足りぬ……」


 加速、右から回り込み化身の右手を後ろから攻撃、だが左から鉄球が飛んでくる。

 とっさに飛び退きビャッコの重心移動を予測、巨体故の姿勢制御のタイムラグを狙って今度は左手に打ち込み、だが、そこに左手は無かった。既に振り上げられていたからだ。

 ドン!打ち下ろされた左手から巻き上がる土煙。砕けた石畳の破片をもろに食らったホワイトタイガーは怯む。


「パワーも、リーチも、スピードも……何もかも……足りぬ!」


 半狂乱になりながらも退却したホワイトタイガーは、園長の足元に置かれた薬を掴み取った。


「ダメだよ!ホワイトタイガー!やめて!」


 サーバルは我を忘れたホワイトタイガーに呼びかける、しかし、その声は激しい衝動に邪魔されて全く届かない。一閃、ビンはその中心線で切り割かれ、ホワイトタイガーの体いっぱいに赤茶色の液体を飛び散らせ、染み込ませた。


「ホワイトタイガー!」


*   *   *


 光が止んだ。


 悠然とした誇り高きホワイトタイガーの面影は完全に消えていた。右手は不均衡に大きくなり、骨格はそれに引っ張られるように歪んでしまっている、体はもはや二つの足で支えることは出来ず、左手を加えてなんとかバランスを取っている、髪の毛はところどころ抜け落ち、血走った目は片目しか動かない。歯はボロボロになり、顎は上下で噛み合わない。

 体を動かそうとした時、体中を駆け巡る軋むような痛みにホワイトタイガーは驚いた。


「……これは……どういう……ことだ……」


 化身は淡々と答える。


『過去から現在まで最も強いトラ同士を延々と掛け合わせた、考えうる限り最も強いトラ……その成れの果てだ。強いトラの持つ近似した遺伝子が何度も何度も掛け合わされることで、それらに含まれる劣性遺伝子が顕現し、致命的な体の問題を抱える事になる』

「……図ったな…………キサマっ!」


 その真実を聞くや否や、ホワイトタイガーの瞳が怒りに震え細くなった。だが、化身は全く意に介さず、ひたすら冷酷に振る舞った。


『何を言う。これはお前の選択と、その結果でしかないぞ』


 激昂したホワイトタイガーは激しい唸り声を上げてビャッコに突進しようとする、だが、もう耐えられなかった。なんとか二、三歩前進するが、前のめりに倒れる。再び右腕を杖に立ち上がる……


「やめて!」


 サーバルが涙をボロボロと流しながら、痛々しくうめくホワイトタイガーに駆け寄った。今にも崩れ落ちそうなホワイトタイガーの肩を抱いて、しゃっくり混じりに泣き叫ぶ。


「ホワイトタイガーが壊れちゃう!……もう、ビャッコに勝てなくてもいい!いつもの堂々としてて、誇り高くて、かっこいいホワイトタイガーに戻ってよ!!!」


 カラカルも、園長も、誰も彼も。変わり果てたホワイトタイガーに悲痛な思いを抱いていた。


「そうよ、仲間がこんなふうになってまで勝ちたいとは思わないわ!」

「ホワイトタイガーがかわいそうだよ……」

「そうですわ!もう、こんな無意味な事は止めてくださいませ!」


 ガイドとギンギツネも哀しみの表情を浮かべて、ぽつぽつと漏らす。


「これは……もう“生き物”では……生物のあり方ではありません!」

「ええ。もはや、ただ一つ目的のためだけに、無理やり作り上げられた“機械”……」


 膠着したビャッコとホワイトタイガーの間、地面が掘り返されるほどの爪痕を残す戦場にトキは静かに降り立って、巨大な化身に物怖じする事無く相対した。


「ビャッコさん……ホワイトタイガーを元に戻してあげて。こんな結果をホワイトタイガーは望んでいないはず」


 トキの必死の言葉にも、ビャッコは冷徹な問いを突き返す。


『……では、諦めるという事で、よろしいか?』

「イヤだ!」


 ホワイトタイガーは唸り声ともつかない声でそう即答した。サーバルは一瞬驚いたが、小さく頷くと、微笑みを浮かべてその気持ちを汲んだ。


「そうだよ……大丈夫だよ!ホワイトタイガーはひとりじゃないから!ここには、たくさんのセルリアンを倒してきた私と、園長さんと、そして、他のみんながいるから!」


 足元に転がっている空っぽの瓶を掴み上げて、ビャッコへと力いっぱいに放り投げる。


「力を合わせれば、こんな薬なんてなくたって、絶対に勝てるよ!」


 その瞬間、園長の首元から、幾千もの閃光が放たれた。目がくらみ、誰もが思わず目をぎゅっと閉じる。そして再び目を開けた時には……

 穴だらけになっていた石畳も、片っ端から破壊されてしまった石垣も、一行が来た時の状態そのままになっていた。あれほどの激しい戦いの全てが嘘だったかのように。


「……元に……戻った……?」


 そして、その中心には、二本の足でしっかりと直立するホワイトタイガーの姿があった。白い髪とチェックのスカートが穏やかな風を受けてはためき、薄墨色の目はしっかりと前を見据えていた。ぶれることなく、ゆがむことなく。

 堂々と、誇り高い姿で。


 その向かいには元の姿に戻ったビャッコが、やれやれといった表情を浮かべてあぐらをかいていた。


「流石にサンドスターを意のままに操れるといえども、ここまでの奇跡は起こしようがない。起こせたとしても、こんな事は私のすべきことではない。安心せよ。全てはサンドスターを使って見せた一時の幻だ」


 片膝をついて、悠然と立ち上がる。


「だが、幻から学ぶ事もあるであろう。ぬしらがそれを学び得たか、今こそ確かめさせて貰おう!」


 再び化身へと姿を変えたビャッコ。だが、フレンズたちに恐怖心や諦めの心は一片たりとも無かった。ホワイトタイガーの迷い無き眼が光を帯びる。


「……行こう……みんな、我に力を貸してくれ!」


*   *   *


「園長!弱点は分かっている。額の蒼い宝玉だ!」


 ホワイトタイガーはそう結論づける。宝玉への攻撃を遮るために、ビャッコは手を尽くしている。あの宝玉には何かあると見て間違いない、と感じていた。


「攻撃するためには、あの素早い動きを止めないといけませんわ!」


 シロサイの指摘に、園長は素早く指示を出す。


「わかりました。サーバルさん、飛び跳ねながらビャッコの右手を、ルルさん、槍で距離を取りながらビャッコの左手を攻撃して下さい!」

「わかった!うみゃみゃ~!」

「おっけ~!てや~っ!」


 サーバルはジャンプ力を活かして右手の攻撃から一定距離を取って跳ね回り、ルルは自慢の槍を振り回し攻撃を牽制する。だが、尻尾の先の鉄球は手付かずだ。


『甘いぞ……』


 ビャッコがそうほくそ笑んだ瞬間、ギンギツネの甲高い号令が飛んだ。


「シロサイ、カラカル!急いで!」

「行きますわよっ!」

「仕方ないわねっ!」


 シロサイは鉄球の付け根をしっかりと掴むと、自分の全体重をかけて引っ張る。チーム随一の重さを誇る彼女にとってこれ以上無い適役だ。しかし、その必死の抵抗も虚しく……


『弱い弱い、その程度では私を止めることは出来ぬ!フンッ!』


ビャッコの気合と共に、鉄球はシロサイの手から離れる……その瞬間、カラカルはほくそ笑んだ。


「かかったわね!」

『……何だと!』


 シロサイが抑えているすきにカラカルはミライの常備している長いロープをぎっちり結び付けていた。振り回された鉄球の慣性をうけて、ロープがグルグルと巻き付く先は……当然、ビャッコの両手だ。

 二重、三重の拘束にもがくビャッコを見て、「化身の動きを封じたぞ!」と歓喜の声が上がった。

 しかし、その強大な力の前に、この小手先の罠は気休めでしかない。園長はすかさず待機しているトキに声をかける。


「トキさん!今です!ホワイトタイガーさんを持ち上げて!」

「分かったわ……いくわ、しっかり握って!」


 トキは羽ばたきながら、ホワイトタイガーの両手を掴んだ。一歩、二歩、三歩。ふわりと足先が浮く。そのままビャッコの周囲を旋回する、2周、3周。一回転ごとに速まるスピード、しかしどれほど速くなろうと、ホワイトタイガーはしっかりと宝玉に着眼し続けていた。


「トキよ、号令に合わせて手を離すぞ!」

「……分かった、出来る限り近づくわ!」


 瞬間、バツン!という破裂音と一緒にロープが粉々に千切れた。開放された腕はそのまま近づいてくるトキとビャッコに一撃を食らわせようと予備動作に入る。数秒後に放たれるパンチに為す術はない、と、誰もが思った。だが……


「うおおおおおおおおっ!」


 ホワイトタイガーは空中ブランコのように体を大きく前後させた、その振れ幅が最大になったタイミングで、彼女は叫ぶ。


「今だ!」

「はいっ!」


 トキから離れたホワイトタイガーは放物線を描いて宙を舞う。その間を縫って、トキは迫りくるパンチへと突撃した。二つの物体が高速で衝突し、その衝撃波で舞い上がった土煙がビャッコの視界を歪めた……だが、宝玉を一心不乱に狙いつづけていたホワイトタイガーにとって、視界が塞がれる程度で狙いがそれることはない。


「喰らえっ!」


 右足をピンと一直線に伸ばしたホワイトタイガーが黒々とした煙幕を突き破り、重力の速さで迫ってくる姿を目撃したときには、ビャッコには音撃を与えるための空気を吸い込む僅かな時間さえ残されていなかった。


『…………やるっ!』


 刹那、白い稲妻が一閃した。

 右足は宝玉の中心を撃ち抜き、極限まで高められたキックのエネルギーが化身の巨体を地震のように激しく揺り動かす。ホワイトタイガーが確かな手応えと共に一切の体幹のぶれなく着地した直後、化身はバランスを崩してふらつきながら、地面に無様に倒れ込んだ。


*   *   *


「……中々やる……良いだろう!」


 化身の姿を瞬時に解いたビャッコは、歓喜の表情で一行を褒めたたえた。


「よくぞここまで私を追い詰めた。それも、ぬしらの力だけで……その勇気、結束、称賛に値する。約束どおり、私の力を貸そう」


 その言葉で、全員の顔がぱっと晴れやかに輝いた。


「や……やったぁ!」

「やりましたね!ホワイトタイガーさん!」

「ああ!みんなのおかげだ」


 歓喜の言葉の花咲く古道。しかし、ビャッコは打って変わって厳粛な面持ちに変わる。園長の顔をしっかりと見据えながら。


「そのかわり……忘れるな」


 二、三歩歩み寄り、園長の首元に吊り下がっているけもののお守りをそっと掴み取ると、右手をそっと重ねた。


「私達は強くなるために生きてなどおらぬ。生きるために強くなろうとするだけだ。それを履き違えた者はもはや生き物とは言えぬ。如何に強い力を得たとしても、その生は薄く、脆い」


 一言一言の警句を語気を強めて発しながら、かざした右手からお守りに自分の力を流し込んでいくビャッコ。その表情には陰りがあった。手から放たれる燐光のせいだけではない、心の内から浮き出る陰りが。

 ……だが、光が消え、印が刻まれたことを確認した瞬間。ビャッコは安心して微笑んだ。何かに希望を見出したような表情でフレンズたちに振り返る。


「だからこそ……ただひたすらに生きよ。そのために必要な力は既にぬしらの中にある、それを信じるのだ。よいな!」


 感謝と別れの言葉を交わし、一行が古道を離れようとした瞬間、ビャッコはホワイトタイガーとすれ違い……そっと耳打ちした。


「だが……ホワイトタイガーよ。よくぞここまで強くなってくれた……ありがとう」

「…………はっ?」


 ホワイトタイガーが振り向いた瞬間、辻風が吹く。

 ビャッコの姿は忽然と消え、かつて誰かが通ったであろう、古い一本道だけが残っていた。

 

*   *   *


 人は目的を果たすため、時にその元々のありようさえも意のままに操ろうとする。より良いものを、より優れたものを、より強いものを求め、果ては自分たちの命のありようまで変えようとする。目に見えぬ大切な何かを踏みにじりながら。


 ホワイトタイガーはそうして踏みにじられた者といって差し支えない。その白い体をより白く、より美しく保たせるために、近親交配が繰り返され……結果、彼女は生まれながらに虚弱。誇り高き戦士になどなれる体では無かった……だが、彼女は不可能を可能にした。 


 ホワイトタイガーの渾身の蹴りを受けとめた時、私は希望を感じた。遺伝子が翻弄され、命の価値が崩壊したとしても……それでも、生きよう、前に進もうとする強い意思がある限り、生命に未来はある。 


……それで十分だ。

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