”The Disaster"

「てのひらをたいように」


 キョウシュウエリアのサバンナ。ジャパリバスの軌道が残る薄茶色の草原を踏み分ける足音が2つ、半拍ずれて響き合う。一方は確信を持って、もう一方は戸惑いながら。

 セルリアン女王を倒す長い旅を終えたサーバルが、久方ぶりに自分のなわばりに帰ってきたのだ。

 新しい友達を連れて。


「もうちょっとだよ!」


 サーバルは振り返り、後ろを歩く友達に元気な横顔を見せると、薄くみどりがかった影がコクリと頷いた。それを確認して再び歩き出したサーバル、その目線の先には目印の一本のアカシアの木が立っている。周囲にちらほらと立っている低木とさして違いはないように見えるが、その根本にはジャパリバスの廃車から取ってきたソファやパークの食堂にあった木椅子、小さなテーブルなどが据え置かれている。全部サーバルが調達してきたものだ。


「やっとついた~!」


 葉の傘の下にいそいそと潜り込み、2人は照りつける直射日光から避難する。陰に入った瞬間、耳の先から体中がひんやりと冷却されていく。その爽快感と心地よさに身を委ね、サーバルは吹き抜けるそよ風に倒されるように草むらに全身を投げ出した。


「ここが、サーバルのおきにいり?」


 興味深くあたりをきょろきょろと見回すセーバルの問いかけに、サーバルは大きく伸びをしながらも即答する。


「うん、いつもはここで他のフレンズとで遊んだり、ジャパまんを食べたり、お茶を飲んだり……」


 いつものサバンナでの暮らしを指折り数え上げるサーバル、だが、一瞬セーバルの顔を見上げると、真剣に聞いていた彼女の手を掴んで引き倒した。


「でも、今日一番したいのは、セーバルと一緒にお昼寝すること!」


 緑色のふかふかのクッションがセーバルを優しく受け止めると、木漏れ日が2人の体に同じ模様を浮かび上がらせた。サーバルはセーバルの驚いた顔を見ると、えへへといたずらっ子のように笑う。セーバルもそれを真似するように不慣れな笑顔を浮かべた


 寝転びながらサーバルはおもむろに長手袋を外し、肌色の手のひらをあらわにする。それを葉の陰から差し出すように太陽を覆う。


「こうやって手を太陽にかざすとね、手が真っ赤に光るんだよ」


 遮切れない太陽の光を後光のように放ちながら、サーバルの手には血の色が皮膚を通して浮かび上がった。サーバルは手のひらに熱さを感じながらも、それを穏やかな表情でしばらく見ている。


「私はこういうとき“生きてる~!”って感じがするんだよね」 


 セーバルはその様子を不思議そうに目をぱちくりさせながら見ていたが、サーバルと同じように長手袋に手をかけた。しかし、当然その下からは半透明の緑色の手しか出てこない。太陽に透かしてみても、セーバルの顔に緑色の光を落とすのみだ。赤い血の色はどこにも見当たらない。


「…………」


 サーバルはその無言の反応に気づいて、目線を手のひらからセーバルの顔に向ける。無表情のまま手を太陽にかざし続ける彼女に、サーバルは自分の言葉の至らなさに気づいた。


「あ……そっか……セーバルは……ごめんね」


 セーバルもサーバルの申し訳なさそうな口調に反応して、サーバルの顔を見返した。赤い目と黒い目、2人の目が通った瞬間、セーバルは左手を差し出す。


「サーバル……手、握って?」


 サーバルは戸惑い混じりに頷くと、言われるがままその手を右手で触れた。反発がまるでない、少しでも力を加えると粉々に潰れてしまいそうなゲルのような触感。サーバルは恐る恐る力を込めて握る。


「目、閉じて」


 見つめ合う2人の目、サーバルの目が先にぎゅっと閉じたのを確認して、セーバルも目を閉じた。

 まぶたの裏の暗闇の中で、サーバルは自分の心臓の音しか感じられなかった。凪の無音の中で、ただ一人ぼっち、不安な気持ちが心を覆っていく。

 だが、ふいに右手が握り返された、柔らかいながらも弾力のあるその感触に驚いたサーバルは神経を右手に集中させる。そこから伝わってくる温かい拍動、力強い鼓動。自分の心と重なり合い、響き合い、混じり合うそれは間違いなく自分の親友のものだった。

 風が吹いて草木を揺らす。その音を合図に2人は同時に目を開く。


「……これで、セーバル、サーバルと一緒」


 そう言うセーバルの肌はサーバルと同じ色だった。にこやかに微笑む彼女の頬がほの赤く染まる。突然の変化に驚くサーバルをよそに、セーバルは腕を懸命に伸ばして再び手のひらを太陽に透かした。


「……暖かい……眩しい……セーバル、“生きてる”感じる」


ふいにサーバルの左手も太陽を掴んだ。隣り合って広がる2人の手は、同じ色に輝いている。同じ赤色に、血潮の色に。


「でも、ちょっと熱い、かな」

「うん、手がヒリヒリするね」


 そんな2人を見守りながら、パークの太陽は西へと傾いていった。いつのまにか夕焼けになった空に園内放送が響き渡る。


『パークが5時をお知らせします……』


 2人は、全ては、まだ心地よく昼寝をしていた。

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