「ナカベ地方アニマルガールの流行性疾病対策協議議事録」


権限認証完了。


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本記録はアニマルガールの安全に関わる重要な情報が含まれているため、高度機密に指定されています。閲覧職員は徹底した部外秘が義務付けられます。

閲覧を続行しますか?


Yes/No


Yes


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ナカベ地方管理センター第一会議室


○Tナカベ地方管理委員長


全員お集まりのようですので、これより、ナカベ地方アニマルガールの流行性疾病対策協議を行います、予め資料にはお目通ししておりますでしょうが、共通理解を確かなものにするために、Yパーク医療主任に本件概要を説明して頂きます。どうぞ


○Y医療主任 


ご紹介に預かりました、Yです。


ナカベ地方の職員や飼育員の皆さまの本件による動揺は並々ならぬものでしょうが、地方の機能維持自体が時間の問題ですので、端的に済まさせて頂きます。


先日ナカベ地方で発見されたこの疾病を、私達はアニマルガール理性喪失症と記載していますが、簡便さを重視し、現地アニマルガールの付けた『ガオガオ病』の呼称に従い、G病、G病原体と呼ばせて頂きます。


G病はナカベ地方の水辺エリア周辺、また一部密林でも流行が確認されています。


感染経路はナカベ地方に流行発生直前に発見された虹色に輝く粘液と考えられ、粘液に直接触れることで感染します。また、粘液が水に溶け出し、その水を飲用、遊泳することにより感染するケースも確認されています。粘液はセルリアン由来と考えられ。アニマルガール以外の生物への感染は確認されていません


続いて主な症状について説明致します。


G病に感染したアニマルガールは、その感染直後から言葉を話すことができなくなり、それらは全て元動物の鳴き声に変換されます。また、筆記能力や意思疎通のための能力も同様に消失します。


大多数のアニマルガールは意思疎通が出来ない事から混乱状態に陥り、アニマルガール同士もコミュニケーションがとれない事を原因とする喧嘩やトラブルが発生することがあります。


G病に感染し、数時間が経過すると、アニマルガールの理性が徐々に消失し、動物的本能に従った行動が顕著になります。ただし、アニマルガール時の記憶は消失していないので、充分な生活環境と食事が確保されていれば、飼育員や他アニマルガールをむやみに攻撃する事は殆どありません。以上です。


○Tナカベ地方管理委員長


Y医療主任、ありがとうございました。続いて質疑に移ります、只今の内容に質問がある方はおりますでしょうか。


(Nキンシコウ飼育員挙手)


ではN飼育員どうぞ。


○N飼育員


病理の進行について質問があります。アニマルガールが完全に理性を喪失した場合、アニマルガールは動物的本能に基づく行動をより強める、という事で正しいでしょうか。


○Y医療主任


はい、動物的本能を自制する理性が消失しているので、結果的に外部に発露する動物的本能は強くなるでしょう。


○N飼育員


その時、周囲の人員や他のアニマルガールへの影響も心配されますが、アニマルガール自身の身体的、精神的影響は非常に大きくなると思いますが、そこについて詳しくお伺いします。


○Y医療主任


はい、結論から申し上げると、その通りです。例えるとするならば、人間としての行動や生き方を知りながら肉体がイヌやネコになる、という状況である訳です。思うような行動や仕草が出来ないというストレスは身体的にも精神的にも大きいものになることは間違いないでしょう。あまりにそのストレスが顕著な場合、自傷行為やノイローゼになってしまう場合があります。最悪、サンドスター補給飼料を遮断し、強制的に元動物へ戻す措置を取らなければならないことは、誠に勝手ながら、飼育員の皆さまにも覚悟して頂きたいところであります。


○N飼育員


概ね把握しました、ご説明ありがとうございます。


○Tナカベ地方管理委員長


では続いて、現在の病気に対する対策を、先程と同様にY医療主任にお願いいたします。


○Y医療主任


現在、治療薬の開発を急いでいますが、セルリアン自体がこの病気を介してアニマルガールから理性を奪っているという情報もあり、根本的な解決はセルリアン自体を破壊し、サンプルを採取してからでなければ出来ないと言えます。また、その間は、一般的な対症療法に加え、鳴き声解析などを通じてアニマルガールにストレスをかけないような対応を、病理の進行と共に行うことしか出来ません。


有効な打開策を出せず、本当に申し訳ありません。


○Tナカベ地方管理委員長


Y医療主任、ありがとうございます。では次にO水源管理員に現状での感染拡大防止のための対応を報告願います。


○O水源管理員


Oです、現在、粘液の拡大は時々刻々と広がっているため、区域閉鎖もままならず、水質浄化システム「ウンディーネ」による汚染水の流出阻止にとどまっています、しかし、ウンディーネ自体が粘液の汚染区域とセルリアンの大量発生区域内に位置しているため、容易に近づくことはできません。このままのノーメンテナンス状態では浄化システムは持って4,5日でしょう……


○Tナカベ地方管理委員長


ご報告、ありがとうございます。続けて、セルリアン対策チーム主任N飼育員、現在の状況をお知らせ下さい。


○N飼育員


はい、3日前のセルリアン襲撃時、攻撃対象に粘液媒介型のセルリアンが存在していた模様。撃退には成功しましたが、直後後衛の2人以外の全アニマルガールがG病を発症しました。現在、安全を確保するために強化アクリルの個室にて療養させています。同様の事態を避けることと、セルリアンの攻撃に対応可能なアニマルガールが存在しないため、現在あらゆる作戦行動は留保せざるおえない状況にあります。私の担当であるキンシコウも、言葉が喋れなくなったショックで寝込んでしまいました。何にもまして、まずは病気の完全な治療が必要です。どうかよろしくお願いします。


○Tナカベ地方管理委員長


N飼育員、報告ありがとうございました。


今までの話を纏めると、根本的な病気の治療にはセルリアンの破壊が必須だが、そのためには、アニマルガールの病気を治療しなければならない、という抜き差しならない膠着状態に陥っているという事ですね……。しかし、現状として病気は蔓延し続けている……。少なくとも、原因となるセルリアンの所在だけでも割り出しが出来ないでしょうか。O水源管理員、水質の汚染データを提示して、解説して頂けますか?


○O水源管理員


はい、ナカベには複数の水源が存在し、湖に流れ込んでいますが、それぞれの流入口にはpH測定器が常時作動しています。病気の発生と同時に、密林エリアの水源からのpHの値が微増しました。これはアルカリ性の液体が溶け出した事によるものと思われます。


○Y医療主任


つまり、密林エリアの深部に問題となるセルリアンが存在する可能性が高い、という事ですね。


○O水源管理員


はい、おっしゃる通りです。


○Tナカベ地方管理委員長


なるほど、只今のデータについては共有情報として発信しておきますが、異議はありませんか?


(「異議なし」の声あり)


異議が無いようですので、共有情報として、ナカベ地方の職員及び施設で発信致します。


それでは次に、セルリアン討伐に対する作戦について、N飼育員お願いします。


(Y医療主任、N飼育員を手で制する)


○Y医療主任


すみませんが、N飼育員の立案について、一つこちらから提案があります、先にそれについてN飼育員含む皆さまのご理解を得たいと思いますので、発言権をお願いします。


○Tナカベ地方管理委員長


N飼育員、異論はありませんか?


○N飼育員


構いません、Y医療主任、お願いします。


○Y医療主任


ありがとうございます。


……非常に申し上げにくいのですが、N飼育員の立案は他地方からの応援を必要とする時点で、病気の蔓延に対する時間的な問題が解決出来ていません。現状では突破出来るとしても、粘液の濃度が高くなり、より広範囲に広がった状況では、応援があったとしても、まともに戦えるとは思えません。なんとしても今日から2日以内にはセルリアンを倒さなければならないでしょう。


そのために、苦渋の決断ではありますが、打開案をご提案したいと思います。


「犀角」の使用です。


○N飼育員


「犀角」……意味がわかりかねます。説明して下さい。


○Y医療主任


「犀角」それ自体は皆さまご存知でしょう、動物のサイの角です。


爪と同様に形成されるケラチン質の角は、西洋医学的には薬効はない、とされています。しかし、漢方では、解毒、解熱、感染症による高熱、うわごと、痙攣、意識障害、出血、斑疹、発疹などに用いられ、特に麻疹の特効薬とされてきました。


その上、古代中国では、「鴆(ちん)」と呼ばれる体内に猛毒を持った鳥がいるとされ、その毒消しには犀角が有効という迷信が広まり、毒酒による暗殺を恐れた中国歴代の皇帝や高位の貴族たちは、犀角を争って求めました。


鴆が記録から消え去った後は「あらゆる毒の毒消しに有効である」「滋養強壮効果がある」「癌に効く」、などと喧伝され現在でも人気が高く、新興富裕層の間ではステータス・シンボルとしての価値が上乗せされ、金の倍以上のレートで取引されています。


○N飼育員


そのおかげでサイの密猟は絶えず……沢山のサイが無残に殺され、絶滅種も出てきました……現在生息しているサイもそのほぼ全てが絶滅危惧種です……


しかし、そのサイの薬効なんていうものは、最初に行った通り、根拠の無いもの、漢方としても解熱、解毒と、今回の問題に対処できるようなものじゃありません。


まさか、万能薬として使うとでも言うのですか?


○Y医療主任


そのまさか、といえば語弊がありますが、ご説明しましょう。


先程の通り、自然界に生息する動物のサイは、薬としての効果は皆無に等しいでしょう。


……しかし、アニマルガールのサイの角、あの武器として持つ角ならば、薬効がある可能性は大いにある、と言えます。


○N飼育員


何を言っているんですか!? そんなもの、ある訳ないじゃないですか!


彼女たちは元々の動物と同じ性質を持っています。当然、元々の動物に無い性質はありえません!


○Tナカベ地方管理委員長


N飼育員、落ち着いて下さい。Y医療主任も無根拠に言っている訳ではないはずです。


Y医療主任、続けて下さい。


○Y医療主任


先程N飼育員が主張した通り、”普通は”アニマルガールに元動物には無い性質は現れません。角が無い動物が槍を持ったり、羽の無い動物が羽を持ったりはしません。


ですが、我々がその動物に与えたイメージや考えが、そのアニマルガールの形質に現れるということは充分にありえます。


N飼育員、あなたの担当のキンシコウもそうです。頭の緊箍呪に如意棒のような武器。これはキンシコウが西遊記の孫悟空のモデルになった動物であるとの無根拠な噂話からでしょう。発端である日本モンキーセンター園長の小寺氏はこの仮説を後に撤回しています。


否定された、たった数年程度広まった噂話からでも、このような形質が顕現する……となれば、4000年以上喧伝され続けて今なお信じられている犀角の薬効……万能薬の性質を、サイのアニマルガールは備えていると考えるのは、そう飛躍した論理では無いはずです。


○N飼育員


なるほど、理解しました……ですが……


○Y医療主任


現在、G病に感染しているアニマルガールを、この犀角で治療します。アニマルガールが作戦行動に耐えられる状態になったことを確認して、N飼育員の作戦を実行します。


現在取りうる最も勝率の高い方法がこれだと、私は信じています。


○N飼育員


……申し訳ないですが、それは駄目です。


○Tナカベ地方管理委員長


N飼育員、異論があるようですが。


○N飼育員


私達飼育員は「動物ファースト」の下、動物やアニマルガールに尽くしてきました。現在、アニマルガールをこうして戦いに参加させる事自体、私達は彼女たちに対して申し訳ない気持ちで一杯です。それに加えてサイの武器を犠牲にするこの提案……最適解ではありますが、絶対に乗れません。


私達はサイの保護に対しても尽力してきました。無根拠な薬効のために最後の1頭まで殺されるサイを見てきました……私達はその脅威から彼女たちを守らなければならないはずです。それを……その無根拠な薬効を利用しようとするのは、密猟者達と同じ行為です。許されません。


○Y医療主任


N飼育員!今のこの状況を切り抜けられるのはこの方法しか無いんです。サイの了承もしっかり取ります、しかもサイの角は再生するんです。それに、私達は悪戯に犀角の薬効を使うわけじゃありません、他のアニマルガールのために、最後の手段として使うんです。


分かって下さい。


○N飼育員


では、Y医療主任。この犀角の秘密が外部に流出し、それによってサイに危害が及んだ場合、その責任が取れるのですか?今後パークに大量の客が来る中、サイの角を守りきることができるのですか?


私は知っています、2017年、パリのトワリー動物園でミナミシロサイが射殺され、角がチェーンソーで切り落とされました。それを受けてチェコの動物園は予め角を切り落としました。薬効のないサイの角でさえこうなんです。本物の万能薬と判明してしまったアニマルガールのサイの角を、あなたは守りきれるんですか!


……守りきれないならば、初めからその薬効の有無を明らかにすべきではありません。多少無理があっても、増援を集めてから戦うべきです。


○Y医療主任


では逆にその作戦が失敗し、ナカベ地方の病気が他の地方まで蔓延しまったら、その責任を負うことはできるのですか?それこそパーク自体が崩壊しかねない……絶対に避けなければならない事態です。


○N飼育員


こうしなければパークを維持出来ないならば、私達はパークを運営する資格はありません。崩壊しても仕方がありません!


○Y医療主任


無責任な事を言わないでください!


(机を叩く音)


○Tナカベ地方管理委員長


静粛に!


只今連絡が入りました。研究員所長権限での介入です。場所は……「ウンディーネ」!?


○N飼育員


なぜ?今は無人のはず……近づくのも容易ではないのに……。


○Tナカベ地方管理委員長


映像をプロジェクターに映します。


○ミライ臨時園内案内人(通信)


もしもし!ナカベ地方管理センターの皆さんですね!連絡が着いて良かったです。只今ウンディーネに到着しました。え~っと、『ガオガオ病』のこの虹色の粘液のサンプルと、フレンズ型のセルリアンのデータをそちらにお送りしますね。こちらは現在サーバルさん、カラカルさん、トキさん、アラビアオリックスさん、そして道中出会ったクロサイさんとシロサイさん、そしてゲストの方の協力とお守りのおかげで、なんとか密林の奥のセルリアン討伐も出来そうです。情報ありがとうございました!


○Tナカベ地方管理委員長


そちらこそ、連絡とサンプルデータをありがとうございます。直ぐに研究致します。道中気をつけて下さい。


……現状の我々には、あなた方の討伐の成功しか希望は残されていません。どうかよろしくお願いします。


○ミライ臨時園内案内人(通信)


了解しました、良い報告が出来るように頑張ります!それでは!


○Tナカベ地方管理委員長


……どうやら、我々に出来ることは、ミライ案内人がセルリアンを討伐することを祈りつつ、データを解析することだけのようです。これ以上の議事は意味がないでしょう。異論はありませんか?


○N飼育員


ありません。Y医療主任と共にアニマルガールのケアに努めます。


○Y医療主任


N飼育員に同じく、サイが2人とも同行しているならば、犀角は手に入らない。よってこの提案の実行は不可能です。それよりもデータからワクチンを開発するのが現実的です。


(その他異議なしの声)


○Tナカベ地方管理委員長


ではこれにて議事は終わりますが、本件議事の内容にはパークのアニマルガールに対して危険が及びかねない上、不確定な情報が入っています。よって本件議事は高度機密に指定、議事録は原則非公開とします。


お疲れ様でした。

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