「くちびるに歌を」


セルリアンをおびき寄せる自分の歌で悩んでいたトキさんが、皆の力を合わせて手に入れたコパイバの樹液と、私の……お守りのお陰でなんとかそれを克服し、一件落着のまま、私達は森林エリアを抜けた。


 次の目的地まで向かう途中の夜、サーバルちゃんとカラカルさんが寝しずまった後、私とミライさんはトキさんにそっと起こされた。


「ちょっと話があるの、いいかしら?」


*   *   *


「私の歌は、なんで下手なのかしら」


単刀直入の質問だった。

 ミライさんは申し訳なさそうに答える。


「やはり、元の動物の特性ですね……トキの鳴き声の喧しさや五月蝿さは昔から民話などに語り継がれる程です……それがフレンズになった時に現れてしまった、という事なのでしょうね……」

「これは生まれつき、という事なのね」


 トキさんは表情一つ変えず、達観した様子で頷く。私達は反対に俯いてしまう。


「それに、この体になる前はそんな事を気にしたことも無かったわ。この歌声が上手いとか下手とか、そんな事はよっぽどの事がない限り問題じゃなかった。セルリアンをおびき寄せてしまう事もだけど、周りのフレンズの苦しみに満ちた表情が、私に事実をだんだんと気づかせたわ」


 そう言うと、トキさんは正面を向いて、ため息を吐く。


「フレンズになった事で新しい喜びや楽しみを得る子もいますが、動物の頃には無かった感覚や価値観で傷ついたり、不幸になるフレンズさんもいます」


 ミライさんは頭に手を当てて、自分の力不足を痛感しているようだった。


「ごめんなさい、本当は私達がそういった問題を一緒に解決しないといけないんですけどね……」


 パーク職員としての責任感やプライドからの言葉なのだろう。精一杯の謝罪の意で紡がれた言葉を受けて、トキさんはミライさんの肩に手を当てて首を振る。


「謝らないで。今、余裕が無い事は、パークのフレンズはみんな分かってるわ。そういえば先代、というか、前にもいたのよね、トキのフレンズ、彼女は?」

「残念ながら……先代のは中国からの生体でしたが……やはり歌は下手でしたね。でも、今のトキさんと同じく、歌うのが本当に好きなフレンズさんでした」

「どうもこれはトキの運命のようね」


 トキは益々達観度合いに磨きがかかって、頷きもせずに聞いていた。


*   *   *


「とはいえ、サーバルやカラカルと、賢者さんと、そしてなによりあなたのお陰で、少しはマシになったみたいね、礼を言うわ」

「いや、私じゃなくて、このお守りのおかげですよ……」

「いいえ、賢者さんがあれだけいじり倒したのにお守りは反応しなかったわ、あなたがお守りの力を引き出した、そのおかげよ。でも何で、あのタイミングでお守りの力が引き出せたのかしら」


謙遜する私に、トキさんは理論的にちゃんと自分の謝意を伝えてくれた、だが、返された質問に私は戸惑った。


 セルリアンをおびき寄せる力が不都合だったから?五月蝿い歌を止めたかったから?いや、絶対にそんな軽薄で自己中心的な気持ちじゃない。

 あれだけ手を尽くしても、好きな歌で周りに迷惑をかけてしまう彼女は、とうとう「一生歌わない」と言った、言ってしまった。でも、サーバルちゃんやカラカルさんと同時に、私も「それだけは駄目!」と思った。


 なぜだろう。


「……歌うのをやめてほしくなかった、のかな。トキさんが責任を感じて、遠慮して歌うことを止めたら、私やフレンズの皆はトキさんのやりたいことを、夢を押しつぶしてしまうような気がして。やっぱり、それは駄目だと思った」

「そう……」


 トキさんは否定とも肯定ともつかない顔で、私の顔をじっと見た。一瞬静寂が流れて、私は言葉を急ぎ補った。


「……いつか、トキさんの歌がうまくなって、皆の前で楽しく歌える日が来てほしいんだ。歌うのをやめちゃったら、永遠にそうはならない……から……。うん‥…上手く言えないけど。あの時、そう思った……そしたら……」

「私の歌がセルリアンをおびき寄せなくなって、みんなの傷を癒せるようになった、というわけね」


 やっと口元を少し綻ばせたトキさんに、私は安心した。


「ありがとう」


 その言葉に、ミライさんも、私もやっと安心して笑った。


*   *   *


「そうね、私、これからも歌うわ。今ならみんなの役に立てるかもしれない、やっぱり五月蝿いかもしれないけど……それに」


 立ち上がって私とミライさんに向き合ったトキさんは少し俯く、でも、すぐに正面をしっかりと向いた。


「歌い続けていれば、あなたみたいに私の歌を良くしてくれる人に出会える気がする。いつになるか分からないし、そのトキのフレンズはもう私ではないかもしれないけど。それでも、歌いながら待ってるわ」


 そのハイライトが消えたはずの瞳には、間違いなく決意の光が灯っていた。


「トキは、歌い続けるわ」


 そう言い残して、彼女は夜の空に飛んだ。


*   *   *


「ご存知の通り、日本のトキ……ニッポニア・ニッポンは野生絶滅しました。彼女の瞳に光がないのはそのためです。明治時代以降、大幅に数を減らし、大正時代に消息を絶ったと報じられ、かろうじて佐渡ヶ島に100匹程度が生息しているだけでした……結局それも、水田の縮小や開発によって棲家を奪われ、彼女の元々の姿、最後の日本産トキの『キン』が、2003年に死亡したことで、日本のトキは絶滅したのです」


 ミライさんは夜空にうすぼんやりと浮き上がるトキの白い体とトキ色の尾羽根を後悔に満ちた目で見上げながら話す。


「絶滅の大きな理由は……田畑を荒らす害獣であるという理由からでした、食用とされていなかった江戸時代から既に、トキ駆除の上奏文はありました。加えて明治時代になって、肉や羽毛の需要増大によって乱獲されるようになり、日本中に分布し、天を埋めるほどだったトキはみるみるうちに減りました」


 私も一緒にトキの美しく空を舞う姿を目で追い続ける。


「人間の都合と、動物の都合が噛み合わない事は多々あります。そして、それが沢山の動物が駆除され、絶滅の道を辿ってきた原因でもあります。でも、動物たちは私達に迷惑をかけようとした訳ではありません。ただ純粋に生きたいという本能、命の持つ願いのままに生きているだけなんです」


「彼女の歌と、同じなんです」


*   *   *


 気がつくと、太陽が地平線の向こうから少しづつ登ってきていた。薄暗い森林の奥地を抜けた先の真っ平らな地平、遮るものも何もない、抜けたこの場所に。


「あなたはトキの歌を歌と見抜けました。私ですら出来なかった事が出来た……やはり、あなたはここに来るべくして招待されたのでしょう。きっと、あなたなら、彼女たちの願いを叶え、人間と動物の絆を取り戻す事が出来るはずです。」


 ミライさんの視線は私に移り、熱を帯びている。


「これからも、頑張りましょう」

「……はい、私でよければ、一生懸命頑張ります」


 伝わってくるミライさんの気持ちが、私をしっかりと動かした。

 これからは自分の足で、フレンズと一緒に、このパークを歩いていける、そんな気がした。


*   *   *


 太陽はその頭を覗かせ、眩しい光を放ち始める。その光を受けてトキの色はキラキラと輝き始めた。

飛ぶのを止め、空中で静止し、彼女は胸いっぱいに空気を吸い込む

 そして……


 わたしはトキ


 仲間を探してる


 どこにいるの


 わたしの仲間


その歌声は何も変わっていないはずなのに、とても真っ直ぐ美しく、朝日の空に抜けていった。

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