After "The Queen"

「入園資格」


 バスの運転はしばらくぶりだ、本当はもっと注意深く運転しなければいけないのだが、サンシェードに挟んだ写真に目が移ってしまう。


「本当に、この人なんですね。先輩」


*   *   *


 あの日、一瞬目を離したすきに、突然消えてしまった先輩。今もその行方は分からない。生きているのかどうかさえ……。

 いつだって先輩はこうだ、私には分からない事に思い悩み、突き動かされてはどこかへ消えていってしまう。

 私の気も知らないで。


 ただ一枚、忘れ形見のように残った先輩の白衣を、私は何度も投げ捨てては拾い、抱きしめた。

 だから、白衣のポケットの裏に入っていた一枚の写真に気づくのに、そう時間はかからなかった。


「……これは……何?」


ズレた眼鏡を直し、私は写真をまじまじと見つめる、その顔を。

誰でもない誰か、そんな言葉で形容できるほど、その写真の顔は平凡そのものだった。誰にでも置き換えられるような、ありふれた大衆の一人。

だが、その写真の裏には、先輩の筆跡で、強く大きく書かれていた。


「Dear Mirai. Find The Guest!」


「ゲスト?この人が……?」


 全く脈絡が掴めない。

 見ず知らずのこの人をなぜ、先輩は選んだのか。そしてこの人を何のためにパークに招待するのか。写真をどれだけ注視してもその答えは見つからない。

 だが、先輩のメッセージは、しっかりと私に向かって送られている。


 今、先輩は私を必要としている。


 理由は分からないが、この人をパークに招待する事が、先輩の為に私が出来る事ならば。


*   *   *


 数日後、ジャパリパークの特殊部隊と情報チームによって、写真の主が明らかになった。ジャパリパークやその関連機関とも無関係、獣医や飼育員のような動物と関わる仕事に着いている訳でもない、無論、専門知識や資格も持っているはずもなかった。

 小学生の頃に遠足で動物園に行ったきり、動物とはまとも関わっていない、動物を意識した事がない、そんな人物だ。


 そんな存在を、ただでさえ異常事態で混乱しているパークに迎え入れることは、常識的に考えて間違っている。パークの混乱に巻き込んでしまい、怪我や、それ以上の傷害を負わせてしまうかもしれない。それに……考えたくはないが、その人物がフレンズや動物に心無い行いをする可能性も0ではない。そんなリスクを抱えてまで、この人をゲストに迎えるべきなのだろうか。


 だが、状況は刻一刻と危機的な状況に陥っていた、飼育員とフレンズは固い絆に結ばれていたが、度重なるセルリアンの急襲で疲弊していた。このままでは、ゲストを迎え入れること自体がままならなくなる。


 私は自分のメガネ……兼ウェアラブル端末を起動した、ジャパリパーク内で即時行動可能な職員や特殊部隊隊員を捕捉すると、緊急連絡回線で命令する。


「職員の皆さん。ミライです。“ゲスト”の招待を私の独断で決定しました。これは最優先事項です、あらゆる任務よりも優先して必ず達成して下さい。」

『どういうことですか!?このラインを突破されては後々に響きます、何としてでも死守しなければ……』

「一時撤退して下さい、すぐに補給人員を送ります」

『ですが……』

「ジャパリパーク動物研究所副所長、カコの代理権限で再度命令します、”ゲスト”の招待を最優先事項にして処理して下さい!」

『……了解しました』


 端末画面の右上に追加されていた権限コードは、先輩から私への全権委任を示していた。何が先輩をそこまでつき動かしているのか、私には全く分からない。

 だが、私は約束した。先輩のために、私にできることなら何でもすると。

 今がその時なのだろう。


*   *   *


 もちろん、疑念は拭えない、この人物が本当に信頼に足る人物なのだろうか、この状況を打開……とはいかずとも、せめて好転させる事ができるのだろうか。この”ゲスト“……


 ……いや、違う。と、私は気づいた。


 この人はただのゲストなのだ。いつか、いつの日かジャパリパークが正式に開園し、来場してくる沢山のゲストのうちの、最初の一人だ。

 ならば、そのように接するのが正解なのだろう。


 そう、このジャパリパークに足を踏み入れる資格は、ただ、一つの質問に答えるだけだ。


*   *   *


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