「ヒトの輝き」


「……よくおいでくださりました。稲荷の神」


 眼前に現れたばかりの純白のアニマルガールに、私は話しかける。


「はい、私”オイナリサマ”に、何でもお申し付け下さい。ヒトの願いと信仰心、それが私の力の源ですから」


 その献身的な言葉に、私は思わずため息をつく。


「ああ、五穀豊穣に始まり、商売繁盛、恋愛成就、万病平穏……ヒトの欲望のカタログだな……だが、これが最後だ……」


 私はその足元にすっと跪いて、深々と頭を垂れた。


「汝、ジャパリパークの護りたることを願う、島の命を護り給え」


 そう言って、私は瞳を閉じる。


「……その言葉……これから起こる事を知っているのですね……これほど真剣な貴方をお救いできるほどの力があれば、どんなに良いことか……」


 私は彼女の残念そうなもの言いの中で、決意を固めた。


「……私の願いは私が掴む、何度でも」


 彼女はただ、深く頷くだけだった。


*   *   *


 夢の中で、私はすべてを知った。


 アニマルガールとは何か、サンドスターとは何か、セルリアンとは何か、


 この島の行方、人類の運命……


 そして、私は私に出会った。

 私の知らない私に。


 全細胞が混乱していた。体中が軋むように痛み、熱を帯びていた。

 だが、朦朧とした視界にしっかりと、その姿を刻んだ。


(ヒトと……その、友が……共に……)


 自分のなすべき事を悟り、私は懐に入っていたチケットを捨てる。


*   *   *


セルリアンに関する調査報告書の一行が、私の目に留まった。


『モノや生物から"輝き"を奪い、"形"をコピーする』


輝き……か。相変わらずパークガイド達は面白い言葉遣いをする……。

一瞬、心を惹いた。


そうだ、私が動物やアニマルガール達の研究を志したのも、開き直れば“輝き”としか形容の出来ない魅力を知ったからだろう。


 その個性溢れる姿かたち、人間には決して真似出来ない動き、驚くばかりの超能力、生き抜くための深淵なる知恵。その一つ一つが畏れ多くも美しかった。

 生命とは、これほどまでに可能性に溢れている……


 両親にその事を教わった私は、寝食を忘れて研究にのめり込んだ、目の前の輝きを、失われた輝きを、愚かにも滅ぼした輝きを追い続けた。


そして、その果てに今、私は立ち向かおうとしている。


 研究室の机の隅に置かれた両親の写真に、私は話しかけた。


「父さん、母さん、本当にありがとう。突きつけに行ってくるよ……ヒトの……」


 「先輩!避難の準備が整いました!急いで下さい!」


 急に入ってきたミライに目線を移し、私は頷く。


*   *   *


 大量のセルリアンのパーク・セントラルの急襲によって、中央管理センターはパーク・セントラルの放棄を決定した。職員、動物、アニマルガールは迅速に最寄りのエリアに避難した。幸運にも一週間前に行われた避難訓練が功を奏し、避難は順調に進められた。


「研究室のすぐ外に私の四駆があります。先輩は後部座席に座って下さい。殆どの避難経路はもうセルリアンによって封鎖されてしまっています。なので、正面突破しか手がありません」

「……分かった」

「全く……先輩が研究員の避難バスに乗っていないって報告が来たときはびっくりしましたよ……避難訓練の立案者としての自覚をもっと持って下さいね!もう……」

「……そうだな」


セントラルの建物やアトラクションの殆どは、セルリアンに吸収され、急激にその機能を失っていった。セルリアンはまるで、セントラルを無に帰そうとしているように見えた。


「先輩!しっかり捕まっていて下さいね!全力で飛ばしますからね!」

「ああ」


 私には、そんなセルリアンの行動が間違っているとは思えなかった。全てが灰燼になったセントラルにはやがて草が茂り、花が咲き、樹木が天へと伸びるだろう。それはとても自然な事だ。そして、動物やアニマルガールにとっても、その方が良いに違いない。


「先輩!伏せて下さい!上から来ます!」


 滅びゆく我々は、その流れに身を委ね、なすがままに翻弄されるべきなのだろう。これまで物言わぬ自然を、命を蹂躙してきた過去の報いを受けるべきなのだろう。この島に人類は不要である。その宣告を受け入れるべきなのだろう。


「もうすぐ出口です!……先輩!先輩!?」


 だが、それでも私達は抗うのだ。いつの日か彼女たちと手を繋ぎ生きていける、そんな未来の可能性を信じて抗うのだ。


「…………先輩……どこ……」


*   *   *


岩だらけの悪路を、迫り来るセルリアンから逃げるミライの車から飛び降りた私は、とっさに受け身をしたものの、その衝撃に数分ほど悶えた。息はショックで止まっていた。

だが、腹からなんとか息を吐き出し、肋骨の痛みに耐えながら冷たい空気を吸い込む。

 そして手近にあった木の棒を支えに立ち上がる。服は土で真っ黒だ。ところどころ破れたところさえある。膝は擦り剥け、ズボンに赤い染みを広げる。片方の髪留めは切れて、髪の毛が私の顔に重たく掛かる。すぐさま手で払う。


 何度も倒れそうになりながら、私は一歩一歩、迫ってきたセルリアンへと近づく、巨大な瞳、巨大な影。その威圧に飲まれそうになる。だが、ここで怖気づきはしなかった。ここで引くほうが、よっぽど私には恐ろしかった。


 セルリアンの目の前で、私は忍ばせていた発煙筒に点火する。セルリアンに対する武器やミライの車のエンジンの炎とはいかないまでも、セルリアンが取り込もうとする可能性は高くなる。

そして、もう片方の手で、使い捨ての注射器を取り出す。


 中に含まれているのはラッキービーストが運んできたサンドスターの溶液、つまり、ヒトをアニマルガール化させる因子が含まれているサンドスターだ。これを打ち込む事で、私は完全とはいかずとも、擬似的なアニマルガールにさせる事は出来る。


 準備は整った。


「セルリアン!いや、この星の大いなる意思よ!よく聞け!」


 発煙筒を高々と掲げ、私はセルリアンの瞳を見据えて啖呵を切る。


「確かにヒトは愚かだ、自然の摂理に反し、要らぬ苦労を背負い込む。その上我儘で横柄だ、この星の命を奪いつくし、世界を平らにするだけに飽き足らず、挙げ句の果てにお互いに殺し合う。沢山のものを蹂躙しながら……」


 一言一言に含まれる事実を、真実を噛み締めながら、私は吐き出す。


「そんな存在はこの世界に不要。確かにそうだろう。それが私達の運命なのだろう……」


 今までの私は、ここで立ち止まっていた。その日を畏れて、全てを諦めていた。


「だが」


 今は違う。


「どんなに困難な運命でも、どんなに小さな可能性でも、自らの命が犠牲になるとしても、それに果敢に挑み続ける!」


もう片方の手に注射器を握り、首筋めがけて思い切り差し込む。


「それがっ!ヒトの!輝きだああぁっ!」


 目を見開き、腹の底から叫んだ。


発煙筒の炎に照らされた溶液が虹色に輝くと、セルリアンの瞳が完全に釘付けになった。首筋から広がる痛みの手が麻痺しそうになる。だが、なんとか最後まで注射器をしぼりきった。


「喰らえ……」


そのまま私は倒れ込み、上から落ちるセルリアンの包むような重みを感じながら意識を失った……


*   *   *


 セルリアンがアニマルガールの輝きを吸収した後、その体が破壊されると、その輝きはサンドスターに変換されて自然に還元される。

 ならば、疑似的にアニマルガールとなったヒトがセルリアンに捕食されれば、ヒトの輝きも同様にサンドスターに変換される。

 サンドスターにヒトの因子を加える……ヒトのアニマルガールを誕生させるためには、これしか方法はない。それが結論だった。


 もちろん、セルリアンは吸収した輝きをコピーし、自らの力に換える。ヒトの輝きがどれほどの脅威になるかは全く計り知れない。

 だが、アニマルガールと人が強い絆で結ばれ、一丸となってこれを打ち倒さなければ、ヒトに未来は無い。


 見せてくれ、ミライ、そして名も知らぬ人よ。

 人とアニマルガールの絆を、奇跡を。


「頼んだ……ぞ……」


 そして私は、夢を見る。


*   *   *


 パーク・セントラルが完全にセルリアンに支配された後、セントラルの中心にあるアトラクション、『けものキャッスル』を防御するようにセルリアンが配置されている事が確認された。

 そして同時期に、志願したパーク職員とアニマルガールは、パーク・セントラル奪還に向けた準備を整え始めた。


 後に『女王事件』と呼ばれる戦いの幕開けである。

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