「果実」
ジャパリパークにおけるセルリアン目撃情報は、日を追う毎に倍増していった。
小型のものは毎日10件以上、中型、大型のものは1週間に1回は目撃されていた。
ジャパリパークはセルリアンによる被害の予測不能性から、試験解放区へのゲスト招待を1年前から全面的に中止、セルリアン対策のための方策が研究され始めた。
しかし、その努力もむなしく、フレンズは一人、また一人と取り込まれていった……。
* * *
「ミライ君」
カコ先輩が久しぶりに私を研究室に招いてくれた。
「セルリアンの出現情報のデータ、日に日に容量が大きくなっているね…」
「はい……」
先輩の冷静なもの言いは、目の前でフレンズがセルリアンに襲われたところを目撃した職員にとっては、冷徹に聞こえるかもしれない。
でも、私は知っている。カコ先輩はあえて、それを考えさせないように頑張っているのだ。
その証拠に、先輩の机の前には、おととい行方不明になったアードウルフの写真が張ってある。相当前に私が送った写真だ。探し出すのも大変だっただろう。
「第3次対セルリアン兵装試験部隊も想定外の事態を受けて開発を凍結……私が察するに、“取り込まれた”」
「はい、セルリアンは発射された銃弾や砲弾等を吸収し、そのまま自身を構築する物質に変換しているようです……また発射時の閃光や爆音はセルリアンを誘き寄せるだけでなく、フレンズや動物に対しても悪影響をもたらします……」
試験部隊は装備のテストを優先した結果、元々の大きさの2倍近くまで巨大化したセルリアンによってその装備を運搬手段を含めて破壊されてしまった。保険として待機していたパーク職員と対セルリアンチーム“オオカミ連盟”によって救助と討伐が成功していなければ、被害は計り知れなかった。
「でも、これでセルリアンはアニマルガールの力でしか倒せない、と先輩が言っていた事を上層部も理解するはずです。国防軍に技術協力を受ける前に凍結が決まって、一安心です」
「……そうだな、ここを戦場にする訳にはいかない」
先輩の言うとおりだ。南太平洋に突如出現したこの巨大な島は、周辺諸国の絶妙なパワーバランスの中にあった。領有権が日本にあることは、近隣に小笠原諸島が存在することから明白であったが、大規模な軍事基地や滑走路を十分に建設できることから、米国や中国などは、沖縄以上に重点を置いていた。
案の定、日本国防軍と米軍が共用基地の建設を計画していたが、調査チームの驚くべき発見と研究者たちの反対によって、無事阻止された。
しかし、他国の疑心暗鬼を払拭することは出来ず、そのしわ寄せは沖縄等に向かうことになった。
そういう経緯があるゆえに、ジャパリパークは軍事的介入に対して非常に厳格な態度を取っている。そこに生きる動物やフレンズたちの平穏な生活を、フレンズと人が手を取り合って護っていく。それが、この島のしわ寄せとなった自然に対する自らの義務であり、奇跡的に生まれた非武装の緩衝地域に住まう者たちのプライドだった。
そしてその為の備えも、着実に整いつつある。
「フレンズたちも現在、新しく対セルリアンのチームを結成しようとしています。小中型ネコ科を中心としたチームです。その名も……」
満を持して、私は宣言する。
「『にゃんにゃんファミリー』!」
うなづいていた先輩は、思わず脱力して、椅子からずり落ちてしまった。
「君……そのネーミングセンス、いまひとつ緊張感がないというか……」
先輩を引き上げながら、私はなんとか取り繕おうとする。
「そんなことないですよ、ほら、“ファミリー”って、マフィアのファミリーですよ、今はあのマヌルネコさんが暫定リーダーですから!」
「そういうものか……」
先輩は少しリラックスしたのか、背もたれに深くもたれこんだ。私は、先輩に向き直って続ける。
「それに、この名前、サーバルが付けたようなものですから」
「サーバル?」
「はい、サーバルが、ネコ科のフレンズさんたちが集まったときによく言っていたんです」
「ほう、そうだったのか」
先輩の顔が納得の表情に変わる。
「サーバルがサンドスターの枯渇によって元動物に戻ってしまってから、もう5年になります……また会いたいですね。今はジャパまんもありますから、もっと長い間一緒にいられるはずです」
「ジャパまん……か……」
その言葉が出てきた瞬間、眉間に皺を寄せ、先輩の表情に翳りが生まれた。私は焦る。
「ジャパまんが……どうかしましたか?」
「キタキツネ、彼女もジャパまんが好きだった。毎日のように食べていた。」
話の脈絡が掴めず、私はしばし呆然とする。先輩はため息を漏らすと、のどのつっかえを取るように言葉を繋ぐ。
「……私には偶然だとは思えないんだ、ミライ君。キタキツネがセルリアンの最初のターゲットになった事が」
「ど……どういう事ですか?先輩……」
先輩は机に手を突いて立ち上がると、思いつめた瞳で語り始めた。
* * *
「ヒトがいなかった頃には、この島にはアニマルガールしかいなかった。ジャパリパークの開発に着手されてからも、しばらくは僥倖が続いていた。
だが、私たちはまたしても、世界の摂理に反してしまった。
“ジャパまん”
長くて5,6年しか保てないアニマルガールの形質を、10年、いや、それ以上まで維持することのできる飼料。
その正体は、空気中や水中に含まれたサンドスターを濃縮したものだ。通常の野菜や果物とは比べ物にならないほどのサンドスター含有量を誇るジャパまんは。アニマルガールたちにとって最高のエネルギー源になった。
こうして私たちは、アニマルガールたちといつまでも仲良く暮らしました……とは、残念ながらならない。
思い出してくれ、アニマルガールは元の動物に戻ったときに、そのかりそめの体をサンドスターに還元して自然に放出することを。サンドスターはただ宇宙から降り注ぎ続けるものではない、地面や水の中に溶け込み、時に少女の姿になって、再び自然に帰る。
サンドスターはこの島を延々と循環しているのだ。いや、逆に言ったほうが正しいか。
『万物は流転する、サンドスターも然り』
これを踏まえて考えれば、私たちのやっている事の本質が見える。
「アニマルガールといつまでも一緒にいたい」
人間的な、短絡な理由で私たちがやっていることは「サンドスターの循環の環を断ち切る」ことだ。
少女の形で、サンドスターは私たちの周りに留まり続ける。
セルリアンは、そんな私たちからサンドスターを取り戻しに来た、そのための手段として、過剰にサンドスターが蓄積されたアニマルガールを吸収している。
そう考えれば、すべての辻褄が合ってくる。
キタキツネが最初に襲撃されたのも、彼女がもっともサンドスターを蓄積していたアニマルガールだったからに他ならない。
そして現在、ジャパまんがパーク全体に普及したことによって、キタキツネと同等、いやそれ以上のサンドスター蓄積量を持つアニマルガールはパーク中に散らばった。
それを吸収ないし、サンドスターの消費促進を図るためにセルリアンが島中に出現していることも、当然の結論として導かれる。
私たちはまた、やってしまったのだ……
過去から人類が、腹を満たすために、豪奢に着飾るために、自らの欲望を満たすために断ち切ってきた自然と生命の循環を、私たちは護るため、取り戻すために私たちはここにいるはずだったのだが……こうしてまた、彼女たちを危険にさらしてしまう。
これが、ヒトの“野生”なのだろうか……」
* * *
それだけ言うと、カコ先輩は背を向けて黙りこくってしまった。
先輩の言っている事は良く分かる。
だけれども、一つだけ根本的に違う点がある。
「先輩……一つだけ、言わせて下さい」
身勝手な人類が、悪戯に断ち切った循環とはまったく異なる点。
振り返る先輩に私は畳み掛ける。
「友達といつまでも一緒にいたい、それは欲望なんかじゃないです。フレンズと、私たち職員の共通の願いです!私はその願いのために、セルリアンと戦います。フレンズも、職員全員も、その願いの下に一つになって戦います!」
そのまま先輩の白衣をしっかりと両手で掴んで、
「だから、二度とフレンズを危険にさらしたなんて言わないで下さい!」
言い切った。
「……そうだな」
前のめりの私を軽く押し戻して、先輩は穏やかな声で返答した。
「いくら御託を並べても、私たちはそうする他ない……」
そして2,3度、諦めたように頷く。頷きながら、静かに言葉を漏らす。
「アニマルガールたちは本当に、強くて、優しくて、良い子ばかりなのだな……」
「当たり前じゃないですか!みんな、可愛らしくて、とても優しい子ばかりなんですよ!先輩も研究室に引きこもってないで、たまには一緒に遊んであげて下さいね」
先輩は机の、ブルーライトグラスを掛けると、
「ああ、そのうち……」
とだけ言った。
その瞳は、どことなく寂しけなにおいがした。
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