「夢-Ⅰ(仮)」


 夢を見ている。長い夢を。


 40億年の夢を。



 私は何度も生まれ、喰い、喰われ、老いて死ぬ。


 何億何兆もの命が本能のままに吼え叫び、駈けずり、這い回る。


 そして幾度となく、同じだけの歓喜と悲愴が渦を巻き私を飲み込む。


 人間の脳では処理できないはずの、間違いなくこの世で最も大きい情報量。


 しかし私の体の全細胞が、それを“追憶”していた。


 かつて猫だった、かつて亀だった、かつて蛙だった、かつて魚だった、かつて微生物だった。


 かつて、マグマの海のもやだった、私の細胞の夢。



……だが、“私”だった記憶だけが、欠落していた。


*  *  *


 目が覚める。


 気がつけば私は、ジャパリパークの入場ゲートの前にいた。地面のアスファルトは風化し、ゲートの塗料は剥げ、赤茶色の錆びが斑模様を描いている。

 誰もいない。だが、さびしい雰囲気はなかった。


 そのゲートの奥から楽しげな笑い声と歌声が聞こえるからだ。


 気づけば私は立ち上がり、その嬌声に誘われてゲートまでふらふらと歩いていく。

そこに行けば、彼らと友達になれる。友達と呼べる。

 こここそ、私の求めていた楽園に違いない。


 そっとゲートの格子の隙間から中の様子を覗き込む。


 黄色の耳


 赤い羽


 緑の髪


 白いスカート


 紺のパーカー


 茶色のボタン


 灰色の角


 黒い足


 鮮やかな少女たちが、互いの手を繋ぎあって色相環のようなひとつの輪を描いている。

 それはゆっくりと、広がったり小さくなったりしながら廻る。廻り続ける。

 私はしばらくその様子をただ見ていた。

 人見知りの子供のように。


 どのくらい時間が経ったのか、わからない。


 振り向きざまに私と目が合った一人の少女が環の中から外れた。他の少女たちは不思議そうな顔をしながらも、回転を止めて彼女を待つ。


 少女はゲートまで駆けていく。目を輝かせながら。

 そして私の前で急停止するやいなやゲート越しに元気よく話しかけてきた。


「あなたは何のフレンズ?」


 その勢いと問いかけに、私は呆然としてしまった。


「見たことのない格好…それに、お耳も尻尾もないなんて、珍しいね!」

「…あの、私は……」

「早く入って!一緒に遊ぼうよ!早く早く!」


 言葉をさえぎり、笑顔の彼女はしきりに手招きする。しかし、ゲートは閉じている。


「……どうやって入れば……」


 冷たいゲートに両手を掛け、押しても引いてもそれはびくともしなかった。


「わあ、ちょ、ちょっと落ち着いて!ここにくる途中、チケットを貰ったはずだよ!探してみて!」

「チケット?」


 白衣のポケットとズボンのポケットをあせって弄るが、そんなものは何処にもない。当たり前だ。


「無い……」


 ゲートの向こうの彼女の笑顔は、焦って自失していく私を見て恐ろしく寂しい顔に変わる。私は顔を上げて、懇願するように尋ねる


「どうすれば……いい……?」



「ごめん……ごめんね……」



 下を向き、首を横に振る彼女。一滴の涙。

 それが落ちると同時に、私は膝を折った。

 走り去っていく彼女を呼び止めようにも、ショックで声が出ない。

 聳え立つゲートをなんとか見上げると、意識が朦朧とし始めた。


 夢が、終わる。


*   *   *


 サンドスターの結晶体を飽和まで水溶させた液体を体内に直接注入することで、サンドスターと人体の反応に成功した。


 呆れるほど単純な方法だった。なぜ今まで誰もやらなかったのか。


 だが、今までやっていなかったからこそ、この絶望を知らずに私たちはこのパークで働いていけたのだろう。

 何の気兼ねもなく彼女たちを”フレンズ”と呼べたのだろう。


『ヒトは、アニマルガールにはなれない。そしてなおかつ、何かから排除されている』


 これが現時点での私の結論だ。


 私はこれから、何を為せばばいいのか。

 露になった報いの影で、私は自問自答する。


 答えは、出ない。

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