「おやすみなさい」
ジェーンの日記 ○月15日
「今日、私はとうとう告白してしまいました。
きっかけは私が丸い石を抱きしめてたところをミライさんに見つかってしまったことでした。なぜそんなことをしていたのかはよく解らなかったけど、変に思われないかと思ってとても恥ずかしかったです。
でもミライさんは親切に、なんで丸い石を抱きしめていたのか、図書館で教えてくれました。
私の元々の動物はこうやって卵を一生懸命温めて、生まれてきた赤ちゃんを大事に育てるのだそうです。
それがどういう意味があるのかはいまいちよく分からなかったけど、写真に写ったもこもことした赤ちゃんはとても可愛くて、自分の隣にこんな子供がいたらなあ。と、そこそこ強く思いました。
そしてつい『私、赤ちゃんが欲しい!』と言ってしまったのです。
ミライさんはそれに驚いた顔をしていましたが、すぐに頷いて
『そうよね、ジェーンがフレンズになってから、もう7年ですものね』
と、私の気持ちを受け止めてくれました。
ミライさんは私の希望を叶えるために、動物研究所に相談をしてくれることを約束してくれました。
その後はPIPの練習をしていましたが、これから自分がどうなってしまうのか、期待と不安が頭の中でぐちゃぐちゃになって、あまり集中できませんでした。
でも、何故かミライさんに言った言葉に後悔はありませんでした。」
* * *
ジェーンの日記 ○月16日
「ミライさんと一緒にカコさんに会いに行きました。
カコさんとは全く面と向かって話をしたことがなかったので、私は少し緊張してしまいました。健康診断のときにちょっと質問を2つ3つ受けたくらいだったかな。
でも、カコさんもミライさんも、私がフレンズの中では高齢だということや、PIPの一員として忙しいということを考慮して、いつも気がかりにしてくれたみたいで
した。
『いろいろと方法は考えてみた。だが、当然の事ながら男性型のアニマルガールは今のところ見つかってはいない、人間の男性とは遺伝的な適合に問題があるだろうし、安全性やその後の事を考えるとやっぱり無理がある。倫理委員会も認めないだろう。
そうなると、体内のサンドスターを段階的に減らして、元々の動物に戻る事が最善の結論だ』
そうカコさんは言いました。
私はその話についていくので精一杯でしたが、ミライさんが私のそばでわかりやすく解説してくれたので、ちゃんと理解できました。
でも、理解できると、それがつらい選択だという事も分かってしまいました。
元々の動物に戻ったら、PIPのみんなやミライさんや、他のフレンズともおしゃべりしたり、踊ったり歌ったり出来なくなります。そして、もっと悲しいのは、フレンズだった頃の記憶は、動物になったら消えてしまうという事です。
私はどうすべきかとても迷いました、今も迷っています。
カコさんは、もし動物に戻る気持ちがあるなら、段階的にサンドスターの配合量を減らしたジャパリまんじゅうを作ると約束してくれました。
明日、私の気持ちをPIPのみんなに話してみて、それから決めようと思います。」
* * *
ジェーンの日記 ○月17日
「PIPのみんなは、私のために練習をキャンセルしてくれました。
私が思い切って話しはじめると、みんなは真剣に聞いてくれました。みんなは赤ちゃんが欲しいなんて気持ちは分からないはずなのに、私に共感してくれました。
でも、私が動物になってPIPを引退することを話すと、みんな辛そうな顔を浮かべていました。私も話しているうちに涙が出て来てしまって、最後まで話すことが出来ませんでした。
だけど、みんな私のことを抱きしめて、どんな選択をしても、全部受け止めると約束してくれました。PIPの今後のスケジュールも、今後、何が起こっても大丈夫なように縮小すると言ってくれました。
最後にちょっとだけみんなとダンスの練習をして、私はミライさんと一緒に部屋に帰りました。
部屋に帰る途中、私は自分のわがままのせいでみんなに迷惑をかけているとこぼしました。でも、ミライさんは立ち止まって私の目を見て、手を握ると
『わがままなんかじゃない。子供が欲しいと思うのは自然な事だもの、だから、そんな風に思っちゃだめですよ』
と慰めてくれました。
みんなの優しさをとても実感した一日でした。」
* * *
ジェーンの日記 ○月18日
「ジャイアントペンギン先輩と会いました。
ジャイアント先輩は、私達が人間の都合に振り回されないように、ペンギンのフレンズ代表としてPIPのマネージャーになってくれた人です。
スケジュールが過密になったときは、ジャイアント先輩は真っ先に助けに来てくれて、スケジュールの調整や短縮をしてくれました。きわどい水着を着させられそうになったときに、依頼主にあの大きな手でビンタを食らわせようとした時は、ひやひやしたと同時に、ジャイアント先輩は私達の事を心から思ってくれているんだなと実感しました。
ジャイアント先輩は私の話を聞くと
『しっしっし、ジェーンもそういうお年頃なのな』
といつもの調子でからかいましたが、すぐに空を見上げて
『ま、その気持ちはとてもよくわかるよ』
と、寂しげに言いました。
私は先輩の目が少し潤んでいたのを見て、何かあったんですかと聞きました。
『もう、わたしの仲間はいないからね……』
そう言って、光の消えた瞳を指さしました。
『だからさ、後悔しないようにやりなよ。な』
私は心から頷きました」
* * *
ジェーンの日記 ○月19日
「私は動物に戻ることに決めました。」
ジェーンの日記 ○月20日
「今日からカコさんからもらった特製のジャパリまんじゅうを食べることになりました。味はいままでと変わりません。でも、中に含まれているサンドスターが減っているので、これからはPIPの活動や練習は難しくなりそうです。
急遽時間を取ってもらって、私の引退をセントラルの大きなホールで発表しました。たくさんのフレンズや職員や、お客さんが集まってくれてとても嬉しかったです。
みんなとの楽しかった思い出はこれからも忘れませんと言った時、本当は動物に戻ったら忘れてしまうことを思い出して、とても辛い気持ちでした。
でも、私がみんなのことを忘れてしまっても、みんなが私のことを忘れないでいて欲しいと思って、最後の“ペンペン・サンサン”はいままでで一番一生懸命踊りました。
4日後には私は動物に戻ってしまいます。だからその間に出来ることをいっぱいしておきたいと思いました」
* * *
ジェーンの日記 ○月21日
「今日はミライさんと一緒に、図書館でこれからの事を勉強しました。
ジェンツーペンギンがどこに住んでいるのか、何を食べているのか、どうやって狩りをしているのか。赤ちゃんが出来るにはどうすればいいのか、相手を見つけて交尾をして、石で巣を作って、つがいの相手と交代で卵を温めて……
相手が見つからなかったらどうしようと心配になった私に、ミライさんは
『大丈夫、ジェーンさんはとても美人だから、引く手あまたですよ。ケンカがおきちゃうかもしれないですね』
と冗談を言って励ましてくれました。
今日勉強したことはたぶん動物に戻ったら忘れてしまうと思います。でも、今こういう事を知っておかないと、不安な気持ちのまま動物に戻ってしまうと思います。それは絶対に嫌でした。
最後にミライさんは
『もし分からなくなったり、不安になっても大丈夫、心の声に従って頑張れば絶対うまくいきます』
と言ってくれました。
赤ちゃんが生まれたら、真っ先にミライさんに見せてあげたいです。」
* * *
ジェーンの日記 ○月22日
「だんだんと体の力が抜けたような気分で、歩くのも大変です。ミライさんにお願いして車椅子で押して行ってもらいました。
今日はPIPのみんなでジャパリバスを貸しきって、いろんな場所に行きました。サバンナやジャングルの面白い草花、暑い砂漠の風、高い山の気持ちのよい空気。にぎやかで明るい市街地。
みんなで色んなものを食べたり飲んだり、歌ったり笑ったりしました。
私が動物に戻ったら、もうこんな所に来ることも、こんな経験をすることもないんだろうなと思うと、残念な気持ちがあります。
でも、だからこそ、今日はそんな気持ちがなくなるくらい、めいっぱい楽しもうと思って過ごしました。
今日は部屋に帰らずに、みんなで一緒の部屋でお話して眠ります。
みんなありがとう」
* * *
ジェーンの日記 ○月23日
「今日はカコさんと面談をしました。
健康診断を受けると、カコさんは物憂げな表情で
『アニマルガールに生まれて、今日まで生きて、幸せでしたか?』
と聞きました。
私は、迷わずはいと答えました。カコさんは少し安心したような表情を浮かべましたが、それでもまだ悩んでいるように見えました。
その後はもう、誰とも会いませんでした。後ろ髪を惹かれるような迷いが無い気持ちで動物に戻りたいと思ったからです。
次に目を覚ましたら、わたしは元の動物…ジェンツーペンギンに戻って、みんなのことも、何もかも忘れてしまいます。
もしひとつだけ何か覚えていられるなら、とも思ったけれど、一つになんて絞れませんでした。それくらい、たくさんの思い出がいっぱいあります。
だから今夜はその思い出を思い出しながら眠ろうと思います。ひとつひとつの思い出にお別れを言いながら、動物に戻りたいと思います。
それでは、おやすみなさい」
* * *
カコとミライは、つたない足取りで歩き去っていく一羽のジェンツーペンギンを見つめていた。ペンギンの腕にはPIPのロゴマークが付いた腕章が付けられている。
「うまくいくといいですね……ジェーン」
ミライはその姿を穏やかな顔で見つめるが、カコは険しい表情のままだった。
「……ミライ、私たちは本当に正しいことをしているのだろうか。本来のアニマルガールとしての寿命を異常なほどに延ばし、動物に戻るべきときに戻れなくしている事は、許される行いなのだろうか」
ミライは視線を落とすと、黙りこくってしまった。カコは続ける。
「自然の摂理に反する事で、無駄な悩みや苦しみを抱えるのが人間の常だ。だが、動物たちをそれに巻き込むのは許されるのだろうか」
そしてミライに向かって言う。
「ミライ、忘れないでくれ、アニマルガールは仮の姿でしかない事を、彼女たちの本当の姿を……」
そのまま、カコは踵を返し、雪の上の自分の足跡を踏みながら、歩き去っていった。
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