第59話〈唯都・再会〉

冷たい空気に、 吐息が白く混じる。

 夏が終わり秋も過ぎ、制服も衣替えが済んで、気温が急速に下がっていく。

 唯都は、昨年よりもまた少し、冬が好きになっていた。

 冬になれば、結愛が寒さにかこつけて、夏頃よりさらに強く抱き付いてくるからだ。


 不意に空いた休日、唯都は結愛を外出に誘った。

 しかし生憎、結愛には先約があるらしい。

 非常に残念がる彼女を宥めて、唯都は一人買い物へと出掛ける事にした。


 マフラーでも編んで、結愛に使ってもらおうか。

 そんな事を考えながら、近所のショッピングモール内にある手芸屋で、毛糸を物色する。

 ふと顔を上げた時、低い棚を挟んで向かい側に、見知ったポニーテールが見えた気がした。

 揺れ動いた尻尾を追うように、よくよく確かめると、やはりそこに居たのは津田である。

 唯都には気付いていないらしく、津田はそのまま向かいの店に入っていった。


 思わぬ所で友達を見掛けて、そわそわとしてしまう。追いかけようか迷って、一旦毛糸を置いた。

 津田に話しかけたいと思ったが、瞬時に、唯都自身に置き換えて考えて、躊躇する。

 以前の唯都なら、休日に一人でいる時に声を掛けられても迷惑に感じただろう。

 彼女も教室の外ではそっとしておいて欲しいと思うかも知れない。

 結局、向かいの店で雑貨を眺める津田の様子を、手芸屋からこっそりと窺うだけに留めた。


 津田が雑貨店を離れてからも、特に追う事はしなかった。手芸屋で買い物を済ませた後は、ショッピングモールを出る事にする。

 帰り際、出入り口へ向かう途中で、また津田の後ろ姿を見掛けた。

 先ほど見たのと同じ服装なので、すぐに分かった。本人で間違い無いだろう。

 しかし今度は、彼女一人では無かった。津田より頭半分ほど背の高い男性が、歩幅を合わせて、彼女の隣を歩いているのだ。

 唯都は「まあ!」と小声で呟いてから、慌てて口を押さえた。


(彼氏かしら? いつも私の事からかうくせに、自分もしっかりいるんじゃないの!)


 少しわくわくしながら、気付かれないように間を空けて、二人の後ろを歩く。

 決して後をつけようとしている訳では無いのだが、恐らく津田達も出入り口に向かっているので、自然と進行方向が同じになってしまうのだ。

 二人の邪魔だけはしないように、学校で会った時にさり気なく聞き出そう……と思っていると、急に津田が振向いた。唯都には、隠れる暇も無かった。

 ばっちりと目が合ってしまう。見付かった、と焦る唯都を他所に、津田は学校にいる時と同じように、「やっぱり逢坂君だ」と目を細めて笑った。


 唯都は、いつも通りの津田の表情を見て、何も心配はいらなかったようだと、ほっと息を吐く。

 どうして気付かれたのだろう、と考えたが、津田の顔の向こうに、反射するものが見えてすぐに理解する。洋服店に置いてある鏡だ。あれに唯都の姿が映ったのだろう。

 普通に話しかけていいのだと思って、唯都はすっかり気を緩めた。

 津田の連れが、隣を歩く彼女が半歩遅れている事に気付いたらしい。

 足を止めた彼が振り返る前に、唯都はいつものお返しとばかりに、津田に探りを入れた。


「こんにちは、津田さん。デートかしら?」


「おお? そう見えたかね逢坂君。ご期待に添えなくて残念、偶然会った知り合いなのさ~」


 休日ならではなのか、いつもよりオーバーアクションで答えてくれる。外国のアニメ映画みたいに、大仰な動きと表情で、津田は隣の彼を指し示した。

 左右で違う動きをする津田の眉毛、目尻や口元が面白くて、素直に声を溢して笑う。だが、大分遅れて振向いた連れの男の顔を認識すると、唯都は笑顔のまま固まってしまった。


「……唯都?」


 驚愕を先に音に変えたのは、津田の隣を歩いていた男だった。


 ――唯都、今日帰り遊ばないか? 唯都の家行きたいんだけど。

(悪いけど、用事があるんだ)


 懐かしく耳に馴染む声と、中学生の頃からあまり変わっていない顔。


 ――ええ? お前いつも用事あるじゃん。何だよ、何か見られたらまずいものでもあるのか?

(本当に用事があるだけだって。俺の部屋、面白いもの何も無いよ。遊ぶなら、今度俺以外の家にしようよ)


 髪型には多少変化が見えたが、どちら様ですかと他人の振りを貫き通すには、些か無理がある程度に、唯都は彼を覚えていた。


 ――唯都のがり勉! だから成績が良いんだよ!

(褒めてんのか?)


 それに彼は、しっかり唯都の名前を呼んだ。

 逃れられないであろう事は、考えずとも分かる。

 中学生の頃、彼とは三年間同じクラスだった。

 唯都と最も交流が深かったのは、恐らく彼だろう。例えそれが、上辺だけでも。

 急に立ち止まった唯都達三人を、他の買い物客が避けて通っていく。

 唯都は津田を一瞥して、道の端に寄った。彼女は意図を正確に汲み取って、さり気なく連れを誘導して唯都に倣う。


「……久しぶり」


 意識せず、喉からは低い声が出る。

 笑顔はとっくに崩れていた。久しく感じていなかった焦りに、唯都は戸惑う。

 中学以来の再会となる彼に、どんな態度を取ればいいか、決めかねている。明るく挨拶する事が出来なかった。

 冬の気温に合わせて着込んでいる服の内側で、滲む汗がひやりと冷えた。


 察しの良い津田は、唯都の様子がおかしい事に、いち早く気が付いたようだった。

 いつもの茶化す言動は鳴りを潜めている。彼女は黙って見守る態勢に入った。

 唯都の覇気の無い挨拶に対して、彼はからりと元気の良い声を返した。


「おう、久しぶり! 一瞬誰かと思ったよ!」


 曇りの無い笑顔を向けられて、息が詰まる。感覚ごと、中学生の頃に戻ってしまったみたいだった。

 彼が唯都を分からなかったのは、姿を見ていない一瞬。背後から聞こえる声だけでは、知り合いだと判断出来なかったという事。つまり、次に言われるのは……

 彼が疑問を口にする前にと、唯都は必死で考えた。だが、碌な話の逸らし方を思いつかなかったので、苦し紛れに言葉を搾り出す。


「……か、髪切った?」


「え? 大分前だよ。そっか……唯都とは中学以来会って無いもんな。てか連絡しろよ、寂しいだろ。俺から誘っても断るし」


「ええと、忙しくて」


「ふーん……そうだそれより、びっくりした。唯都さっきの喋り方なに?」


 避けたかった話題だ。

 流していて欲しかった。

 高校では、もう周知の事実だが、以前の知り合いには、わざわざ教えてはいない。

 結愛と相思相愛で、毎日が充実していて、昔の事なんて、頭の隅に追いやってしまっていた。

 もう隠していないのだから、軽く言ってしまえばいい。心の、前向きな部分がそう言ってくる。

 だが心の重く沈んだ部分は、しぶとく、拒絶を恐れていた。


 正直、苦手だった。彼が唯都を遊びに連れ出そうとするたび、何とか避けようとして、用事を作っていた。

 だけど、同時に安心もしていたのだと、今では思う。

 彼は、唯都がクラスに溶け込めている、何よりの証明だった。

 もうクラスも、学校も違う。日常で殆ど会う事も無い。会おうとしなければ、幾らでも避けられる。

 失敗しても大丈夫。でも……


「さっきのは……ネタだよ。ノリでやっただけ。気にするな」


 唯都の口は、嘘を吐き出す。むかむかと、収まらない気持ち悪さが込み上げた。

 これは何だと聞かれれば、罪悪感だ。

 友達に嘘をついている。

 怖くて、本当の事を打ち明けられないのは、唯都が彼に嫌われたくないからだ。

 昔みたいに、小学生の時みたいに、変だぞ、と言われたくないからだ。

 上辺だけ?

 どの口が言うのだろう。

 何度も何度も思い知らされる。友達と遊んでも楽しくない、なんて、偉そうに。

 唯都はきっと、自分を受入れてくれるなら、友達が違う遊びをしていても、楽しかったはずだ。

 唯都の価値観を認めてくれるなら、否定されないなら、一人で居たいとは思わなかった。

 津田という友人を得て、家族から認めてもらえて、唯都は、今までの反動のように、人との心の繋がりを欲していた。

 自分に向けられる純粋な友情を、上辺で滑らせなくてもいい。跳ね除けなくてもいい。

 そのためには、心の重みを取ってしまわなければならない。


「ネタ? 唯都ってあんまふざけないのにな。高校入って変わった?」


 何の気なしに聞いてくるのだろう。だが、言葉の裏を探ってしまう。

 本当に? と、疑われているような。

 無意識だった。唯都は縋るように、津田に視線を送った。

 静観していた津田は、唯都の助けを求める目に対して、片目を閉じて答えた。

 楽観的なウインクだった。

 津田が言うなら、大丈夫な気がする。

 言葉で応援された訳ではないけれど。


「……ごめん」


 胃がある辺りの服を掴みながら、唯都は俯いて謝罪した。


「嘘ついた」


 昔みたいに、きりきりと痛みはしなかった。


「……俺、本当は、普段から、あんな感じなんだ」


「あんな感じって」


 突然始まった、深刻そうな唯都の告白に、中学時代の友人から戸惑いの気配が伝わってくる。


「……さっきの。ずっと隠してたんだけど。女みたいな喋り方のほうが、楽なんだ」


 自分から、改まって言うのは初めてだった。

 捨て置くには大きすぎる存在の友人に、どんな言葉を掛けられるのかと考えると、固定されたように首が動かなくなる。

 顔を上げられない唯都に、驚きを含んだ声が降ってきた。


「……マジで?」


 意外な事実に驚いているだけなのか、それとも嫌悪を抱いたのか。

 どちらとも取れる声音だった。


「えー、マジか……マジの方だったのか……」


 友人の声がくぐもる。

 どうやら、手の平で顔を擦るようにして、口元を覆ったようだ。


「……え? マジなの? 冗談じゃないの? うわーうわー、俺めっちゃ恥ずかしい奴じゃん」


 友人は本気で、己を恥じているような言い方をした。

 唯都の言っている事が、冗談の類ではなく事実だと、認識してくれたようである。

 だが唯都は、友人の言葉をどう受け取ればよいか分からなかった。

 ここで線引きされてしまうのだろうかと、まだ心臓は落ち着いてくれない。

 自分からこの先の交友を望む事は、拒絶を早めるような気がして出来なかった。だから唯都は、彼の反応が一通り終わるまで待つしかなかった。


「ちょっとショックなんだけど……」


 友人の沈んだ声に、ああ自分は嫌われたのだ、と唯都は思った。

 これは、逃げ続けて、友人ときちんと向き合ってこなかった代償だ。

 今の自分のあり方が、他人にとって受入れ難いものであると、理解はしている。拳を強く握り込んで、彼からの否定を受入れる覚悟をした。


「じゃあ、唯都に関する噂って大体合っているって事か?」


 友人が回答を求めて疑問を口にしたので、唯都はのろのろと顔を上げた。


「……噂?」


 短く聞き返す。自分に関してどんな噂があるというのか、そもそもどの範囲の話なのかも分からない。


「知らねえの? 唯都って有名人じゃん。他校にもファンクラブあるだろ。俺の学校にもある」


「何それ」


「信者を名乗れるのは公式だけだって聞いている」


「初耳だけど」


「ファンの間で、唯都がオネエだって噂があってさ、いやそれは無えよ、って思い切り否定しちゃったんだよな~」


 友人は「やっちまったー」と頭を抱える仕草をする。


「俺、唯都から何も聞いて無いから、そんなん絶対ガセだって、豪語しちゃったよ……マジで恥ずかしい」


 あっけないほど、飲み込みの早い友人を前に、唯都は暫し放心した。

 思考停止した唯都の視界に、肩を震わせて口を押さえる津田が目に入る。どう見ても、笑い出すの堪えていた。

 何となく、彼女は事情を全部知っているような気がする。

 今度ははっきり、恨めしげな目で津田を見やると、彼女は企みが成功したような満足顔で、唯都を見返してきた。

 唇の端が、にやり、と上がっている。

 唯都と津田の視線のやり取りなど露知らず、友人はしょんぼりと眉を下げた。


「俺って唯都に嫌われてんの? 俺だけ知らなかったの、かなりへこむんだけど」


「えっ、そんなわけない」


「だったら、まず俺に言えよ! 地味に傷つくだろ!」


 友人は文句を言いながらも、以前と変わらぬ態度のまま、唯都の肩に体重を乗せてきた。

 思い切り圧し掛かられて、「うわ、ちょっと」とたたらを踏む。

 何とか体を安定させるが、重い。肩越しに友人が「なんだよー、俺だけのけ者かよ、ひどくねえ?」と非難してくる。

 でもそれは、唯都を拒むものでは無かった。


「じゃあ何、学校でもオネエ言葉なのか? 全然イメージわかない。ちょっともう一回喋ってみて」


「いや、あの……」


「なんだよ、遠慮すんな! 一瞬分かんなかったけど、さっきめっちゃナチュラルに喋ってたじゃんか!」


「えっと……」


「あとこれファン情報なんだけど、唯都、彼女居るってマジ? イケメンでオネエな唯都が選ぶ彼女ってどんな?」


「その……」


「あ~分かった分かった、照れるな。先に俺の彼女見せてやる。ほら、これ。美人だろ? 付き合ってもう二年目~」


 唯都の肩を捕まえていない方の手で、ポケットから端末を取り出し、画面を見せてくる。待ち受け画面には、友人と、隣に制服姿の女子が、おそろいのピースサインで映っていた。

 不意に、体が軽くなる。

 友人が体を離したためだが、それだけでも無かった。


「ま、唯都も元気そうで良かったよ」


 友人は、自由になった腕で唯都の背中を軽く叩くと、中学の頃と同じ笑顔で言う。


「いやあ、でも何かすっきりした。噂の真偽がはっきりして」


 唯都の想定していたものと、あまりに違う態度に、掛ける言葉を忘れてしまう。

 不安な疑問が、沢山あるはずなのに、友人の笑顔が全てを物語っていたので、余計な言葉を言う必要は無かった。

 晴れやかな表情が、唯都の心のもやをまとめて取り払っていった。


「俺このあと彼女待たせてるんだ、ゆっくり出来ねえや。じゃ、津田もファンクラブに顔出す時は声かけろよ」


「分かった。たまには様子見とかないとね。非公式ファンクラブは躾がなってないから」


 男二人のやり取りを、にやにやとしながら眺めていた津田が、友人の要望に応じる。


「津田はすっかりマネージャーだな。そんで唯都はアイドル」


「そうだよー。全く、逢坂君はもっと私という存在に感謝するべき!」


 ここでも交わされる想定外の会話に、唯都は頭痛を覚えた。

 いつの間にか、勝手にアイドル扱いされていたらしい。

 そしてやはり、ここでも津田は事情通だ。

 友人は、時間を気にした様子で端末の画面を見た。それから、「やべ、行くわ」と慌てて出口の方向へ向き直る。

 乱暴な手つきでポケットに端末をしまうと、駆け足で、その場を去って行った。

 最後にもう一度、唯都と津田に手を振ることも忘れずに。

 立ち止まったままの唯都は、人込みに埋もれる友人の背中に、手を振り返して見送った。


「……津田さん」


「なんだい、逢坂君」


「何が起こったのかしら」


「理解あるお友達で良かったじゃない?」


 唯都は、今頃になって友人の本質に気が付いて、何となく気まずい気持ちと、少しの高揚を味わった。

 そうだ。あいつはそういう奴だった。

 彼はお調子者に見えるけれど、案外細かい所まで目を配っていて、度量は大きい奴なのだ。

 今まで本当に、彼の事をちゃんと見てこなかったのだと、申し訳なく思うのだが、躍るような、恥ずかしいような、そんな気分が勝ってしまう。とにかくそれは、嬉しいという感情に繋がっていた。

 そんな薄情者だった自分と、彼の交友関係は、この先も続いていく。

 友人の姿が完全に見えなくなると、唯都は振り返り、訳知り顔の津田へ疑問をぶつけた。


「ところで、ファンクラブって?」


 津田はわざとらしく、ふぉっふぉっふぉ、と笑い声で答える。知恵を授ける仙人のような態度だ。


「高校生のコミュニティを、なめちゃいけないよ。逢坂君の人気は思ったよりヤバイからね」


「いやそういう事じゃなくて……」


「逢坂君はちょっと自己評価が低すぎる。さっきなんて、この世の終わりみたいな顔しちゃってさ。中学生の頃仲良かったんでしょ? 怖いのは分かるけど、友達からの好意はさ、信じてもいいと思うよ。……全く、世話が焼けるなあ! もっと私を頼ってくれたまえ!」


「……津田さん、今日会ったのは本当に、偶然なの?」


 思わず聞かずには居られない。

 津田がどこから情報を集めてくるのかと、常々考えさせられる。

 その情報源は、唯都の叔母だったり、菊石だったりした訳だが、今日の再会に津田が一緒だったのは、本当に偶然なのだろうか。

 津田が、唯都の情報に関して詳し過ぎるくらいなのは、今に始まった事ではない。

 一体、彼女はどこまでかんでいるのかと、唯都は改めて彼女の事を侮れないと感じた。


「さすがに偶然だよ~」


「そ、そうよね……。でもほら、津田さんって何でも知っているから」


「――たださ、めろんちゃんが、結愛ちゃんとお出掛けするって言ってたから、逢坂君はフリーかなって思ってね。

 逢坂君、マフラー編みたいな~って言ってたじゃない。

 だからここらへんに毛糸とか買いに来るかな? って予想したわけ。

 それで、前に友人君が、新しい通学鞄買いたいって話をしていたから、今日ならこのショッピングモール、メンズ鞄安いよ! ってついでに教えてあげただけだよ~」


「津田さん、それは、偶然とは言わないわ……」


 明らかに色々と企てていた。

 一歩間違えればストーカーである。

 津田の事は良き友人だと思っているので、別に不気味には思わないが、何が彼女をそこまでさせるのか、理解出来ない。

 そもそも、唯都のため……と言っていいのか、お節介を焼くためだけに、津田は貴重な休日の時間を割いている。

 自分にそこまでされる価値があるのかと考えてみても、自信を持って肯定するのは難しかった。


「私はさ、逢坂君が思っている以上に、君の事が好きだよ。勿論、友達としてね」


 唯都は自分を卑下する事を告げなかったが、津田は表情から何を思ったか察したらしい。

 急に真面目な顔をするものだから、唯都は返事をするのを忘れてしまった。


「私こう見えて、全然友達居ないんだよ。めろんちゃんの事もさ、本当に感謝しているんだ」


「……何よ、急に」


「逢坂君の家族って、良いよね。昔から、私の理想なんだ。だからまあ、気にしないでよ。ずっと友達で居ればいいだけだからさ」


 理想なんだ、の所で、津田は自分のポニーテールを撫でた。首を軽く振って、同意を求めるように、唯都の目を下から覗き込んでくる。

 津田は、唯都と、ずっと友達で居てくれるらしい。

 彼女の言っていることは、理解が及ばない部分もあったが、特に深く考えなくてもいいように思えた。


「……まあ、別に……友達でいてあげても良いけど?」


「なんでそこで、ちょっと上から目線なのさ!」


 津田は、あははと声を上げて笑った。

 端に寄っているとはいえ、何人かの客の目が津田に集まる。

 唯都と津田は二人して、ばつの悪そうな顔を見合わせた。周りからの視線が痛くて、肩身が狭い。

 少し煩くし過ぎたなと、反省した。





 帰り道、足取りは軽い。

 結愛に贈るマフラー……になる予定の毛玉を抱えて歩いた。

 こんなに顔が緩んでいたら、きっと結愛に「何か良い事があったの?」とすぐ見破られてしまうだろう。


 唯都は今、口ずさみたいくらい、とても気分が良かった。












 〈終わり〉


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