第51話
心の性別も男で、恋愛対象も女性だと、叔母達は分かってくれたようだ。
本人達を置いて、彼らは将来の話を始める。
「結愛が遠くへ嫁に行かないで済むのは確かに嬉しいな。唯都が相手なら安心だ」
叔父が笑いかけるので、唯都は照れてしまった。再び俯いて、赤くなった顔を隠す。
「まだちょっと早いけど、良い誕生日プレゼントになったじゃないの」
叔母も笑いながら叔父に視線を送った。
「そうだなあ、また一つ年寄りになるな」
叔父の返事はいまいち噛み合っていない。
そのまま別の話題に変わってくれと願うも、また叔母が「名実ともに唯都がうちの息子になるのよ~めでたいわ~」と話を戻してしまったので、唯都の顔はずっと火照りっぱなしだった。
ずっと冷やかされて、身の置き場が無い。
食事が終わると、唯都は結愛の顔も見ずに、針の筵(むしろ)から逃げ出した。
部屋に下がった唯都の所へ、来訪があった。
小さく控えめなノックの音に、唯都も釣られて小声になって、「どうぞー」と返す。
予想通り、入って来たのは結愛だった。
ゆっくりとした動作でドアを閉め、やけにこそこそと、唯都の座るベッドへ寄ってくる。前にも見たような動きだ。小動物みたいである。
音も無く歩く猫のような可愛い動きを目で追う。唯都の隣に、結愛はそっと腰掛けた。
唯都を上目で見つめてくる。
「ねえ、唯ちゃんは女の人が好きなんだよね」
あれだけ人を追い詰めておきながら、結愛は今更な質問をする。
「恋愛対象は元々女性だと思うけど、好きなのは結愛だけよ」
結愛だけ、という部分に、少し彼女の口元が歪んだ。
緩みそうなのを慌てて引き結んだようだった。
「考え方も、男の人と同じなんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、男の人だと思っていいの?」
まさか結愛も、唯都が女性になりたいのだと思っていたのだろうか。
以前、「男性が好きとは言っていない」と否定はしたが、それだけでは伝わらなかったようだ。
確かにこんな喋り方をしていれば、結愛に誤解されても仕方が無いとは思うのだが。
つい先ほどの叔母とのやり取りは忘れ難い。
「そう思ってくれないと困るわ」
唯都の意思はここではっきりさせておく。
結愛も「嫁にもらって欲しい」と言うくらいなのだから、唯都が「女になりたい」なんて言い出したらどうしよう、と不安に思っていたという事だろう。
「……私の事は、女の子として好き?」
結愛の確認はまだ続く。お預けをされているような気分だ。
自分は結構、言葉にしたつもりなのに。
約束は貰えたと、考えてもいいのだろう。だが、唯都も言葉で褒美が欲しかった。
「……そうじゃなきゃ、結婚したいなんて言わないわよ」
それは結愛も同じはずである。
少し拗ねたような声が出てしまった。
自分だけが、焦らされているみたいだ。
質問形式の長い前置きが終わると、急に結愛の雰囲気が変わった。
次に彼女が口にしたのは、唯都を蕩かす気持ちの吐露。
「あのね……唯ちゃんと外で喋ると、凄くドキドキしたんだよ。家にいる時も。私、もうずっと、こうなの。唯ちゃんが大好きで、独り占めしたかった」
二つ年下の従兄妹は、唯都の知らぬ色気を漂わせる。
脳を溶かす声に、体が動かなくなった。
金縛りにあった事など無いが、恐らくこんな甘美な戒めでは無いだろう。
「唯ちゃんもそうならいいのに。唯ちゃんも、私にドキドキするの?」
硬直は解けない。
中学生に翻弄される。
少しずつ距離を詰めてくる彼女。
唇に触れるのかと思った。しかし、情けなくも期待して目を閉じた唯都が、次に感触を感じたのは、額だった。
互いの黒髪が触れる。
額がぶつかって、目を開けると、かつてない程近くに、結愛の瞳があった。
そして、唇も。
「――私と、キスとかも、出来るの……?」
奪ってと言っているようにしか聞こえなかった。
「あああああああもう!! 何処で覚えてくるのそんなの!!」
持てる純情をかき集めて、顔を逸らす。だが打ち勝てなかった本能が、結愛をベッドに押し倒した。
結愛を抱きしめて、柔らかい布に沈む。下敷きになった結愛を潰さないように、唯都は肘をつくようにして体を浮かせた。
これ以上優位に立たれる前にと、結愛の頬に手を這わす。親指で彼女の唇を撫でて、鼻で彼女の頬を突付いた。
まだ理性を崩壊させる訳にはいかない。
耐えるために、唯都は声で誘惑してくる小さな唇を、口で塞いで黙らせた。
結愛は酷く満足そうに、色めいた吐息を溢した。
このままでは叔母達に顔向け出来ないと思い、唯都は己のわき腹を抓りながら結愛を部屋から出した。
痛みで幾らか冷静になれる。
この先、この距離で耐え続ける自信が無い。唯都は自分に、相手は中学生、相手は中学生……と言い聞かせた。
唯都の激しい葛藤を知らぬ顔で、結愛は無邪気に微笑む。
「津田さんが一緒でもいいよ」
一瞬とんでもなくいかがわしい勘違いをして、どういう事だと結愛を責めようとしてしまったが、今度は自分の腕を抓って気を落ち着かせた。違う、そういう話じゃない。
夕食の時、結婚云々の話になる前、どんな話をしていたか思い出す。
だが、結愛は津田の事が苦手だったのではないだろうか。
「あ~……いいの? どっちにしてもお菊ちゃんの了承が取れてからだけど……」
ちなみに誘った場合、津田に断らせるつもりは無い。
「津田さんに、ちゃんと私の事を彼女だって紹介してくれるならいいよ」
それが狙いだったらしい。
結愛によると、津田の名前が引き金となって、「従兄妹は結婚できるのか」という発言が出たという事だった。
結婚は遠い話に感じるが、彼女という、より身近で現実的になった響きに、確かな関係を手に入れたと実感する。
「そうね。紹介するわ。結愛も、私の事彼氏だって紹介してね。芥子川に会った時にでも」
芥子川には釘を刺して置かねばならない。
「じゃあ、まずお菊ちゃんに報告するね」
結愛の憂いは完全に晴れたようだ。
彼女は最後にもう一度唯都に抱きついて、「おやすみなさい」と笑いかけると、ぱたぱたとスリッパを鳴らして、自分の部屋に戻って行った。
部屋に一人になると、唯都は「はあ~~~」と大きく溜息を吐いてしゃがみこんだ。
心臓が持たない。
熱い顔を緊張で冷えた指先で冷ましながら、冷静に別の事を考える。
彼には懸念が残っていた。
決定的な言葉を貰った訳では無いが、菊石は確実に、恋愛的な意味で、唯都の事が好きだ。
言葉では振り切るような事を言っても、菊石がどれだけ唯都に心を傾けていたのかは分からない。
彼女が結愛を大切に思っている事も知っているが、これがきっかけで、菊石と結愛の仲が拗れないように祈った。
(心配し過ぎるのも、失礼かしら)
今誰かに心を覗かれたら、自惚れが過ぎると、呆れられるだろうか。
菊石はとっくに、唯都への恋心を消し去っているかも知れないし、友情は割り切って考えているかも知れない。
だが彼女の気持ちを軽んじる事は出来ないのだ。
それと、もう一つ。唯都はお節介を焼きたい相手が居た。
(友達だもの。いいわよね)
唯都から津田へ働きかける事は少ない。大抵は向こうからやってくるからだ。だがこれからは、積極的に絡んでいこうと思う。しかも今回は家に招くつもりだ。彼女の最愛の妹をだしにして。
計画を実行するために、唯都はまず菊石に津田同席の許可を取る事にした。
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