舐めプ
そしていよいよ対決第一日目がやってきた。
「持ち時間などの基本的なルールはFIDEの公式ルールに準じるものとします。競技会場は会議室とし、対局者以外はTVモニターを通してこの生徒会室から見守ることとします。自分の対局の番になったら、スマホ等を私に預けて会議室へ向かってください」
「時計係は、
副会長の草加
「では第一試合を始めます。黒川ケイさん、会議室へご移動をお願いいたします」
ケイが退室して程なく、会議室を映したモニターにケイが映し出された。対戦相手であるチェスソフトが動かすロボットアームの準備も完了し、対局の準備が整った。
「では、第一戦、白、黒川ケイ、黒、KH一号。始め」
副会長の号令で、いよいよ最初の対戦が始まった。生徒会側のチェスソフトは、KH一号という名前らしい。ケイが
お互いが数手指したところで、俺はかすりに解説を頼んだ。
「ここまではどんな戦局なんだ?」
「スラヴ・ディフェンスちゅう形やな。わたしは白の時にこの形になるの苦手やけど、黒川は戦形による得意不得意はあまりないから大丈夫やとおもう」
KH一号は組み込まれた定跡通りに戦局が進んでいる間は、ほとんど時間を使わずに定跡どおり指す。元となった将棋ソフトの時もそのようになっていた。序盤から常に五手先まで総当たりで読んでいくと時間を使い過ぎてしまうからだ。定跡から外れてKH一号が時間をかけて先読みを始めた頃、ケイも一手ごとに長考するようになり、一手一手の間が長いじれったい展開となった。
「なんやあの手」
ケイが指した手を見て、かすりが声をあげる。次にKH一号の指した手を見て、確かにまずい手だと俺にも分かった。ケイの
チェスの各駒の価値は、歩兵を一点として、
なにか回避策を打つでもなく、ケイは僧侶と騎士の交換に応じる。ケイらしくないミスだ。
棋譜はKH一号が記録しているが、一応こちらでも紙に棋譜を書いており、その役目は俺が担っている。僧侶と騎士の交換から後の数手は、ケイはあまり持ち時間を使わずに迷いなく打っていた。失敗したならそれを取り返すために長考しそうなものだが、逆に思考時間が短くなったのはどういう事だろうか。
と思っていると、今度は逆に相手の僧侶とケイの騎士の交換が起こった。棋譜を確認すると、白の僧侶が取られてから黒の僧侶と白の騎士の交換までがきっかり五手。KH一号が読める限界だ。
「あ、そうか」
俺がつぶやくと、かすりが「なんや? なんかわかったんか」と尋ねてきた。ケイの意図が読めたのだが、生徒会に聞かれたくないので、LINEで説明する。
ケイは、KH一号の思考の特性を解析しようとしているのだ。直後に起こる駒交換と、五手先に起こる駒交換とを比べた時に、目先の交換の方を重視するようなロジックになっているかどうかを確かめた。もし両者を等価値と判断したなら、他にもっと良い手があったはずだからKH一号は駒の交換をしに来ない。交換に応じたということは、目先に起こる駒交換の方が価値が高いと判断していることになる。
ケイはただ勝つだけでなく、少しでも相手のチェスソフトのロジックを解明しようとしているのだ。余裕で勝てると踏んで勝敗と関係のないことをするという意味では、舐めプとも言える行為だが、彼女は相手をおちょくるためにやっているのではない。後続の俺たちに少しでも情報を与えるためにやっているのだ。
「そんな馬鹿な。いくらケイでもそんな事ができるんかいな」
かすりはまだ半信半疑だが、そんな事ができてしまうのが、黒川ケイという人物なのだ。
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